第297話 皇帝の相談役
皇帝の相談役に任命されたゲンサイは、帰宅すると居間で
「難しい顔をして、どうされたのです?」
妻のヨウランがお茶を持って来て尋ねた。ヨウランはアマト国の忍びである。
「今日、陛下の相談役に任命された」
ヨウランが首を傾げた。
「その相談役というのは、健康に関する事でございますか?」
「そうだったら良かったのだが、全てに関してだ」
「まあ、それでは孝賢大将の代わりではございませんか」
それを聞いたゲンサイが笑う。
「孝賢大将ほどの権力はない。軍を動かす事もできなければ、官僚に命じる権限もない。だが、あらゆる事に関して皇帝が助言を求めるらしい」
ヨウランが驚いた顔をする。
「しかし、それでは陛下の側近の方々や将軍方が、不満に思うのではないですか?」
「その恐れがある。そこでお前と子供たちは、ホクトへ行って欲しい」
「まさか、暗殺の危険が有ると?」
「今は、その危険はないが、将来的には分からない。私だけなら逃げる事もできる。だが、子供たちが巻き込まれるのが怖い」
「あなたの判断に従います。急いだ方がよろしいの?」
「ああ、急いだ方がいいだろう」
ゲンサイは妻子をホクトに向かわせた。
その数日後、ゲンサイは晨紀帝から呼び出されて御前の間に入った。先に来て皇帝を待っていた高級官僚たちが、ジロリとゲンサイを見た。
ゲンサイは黙って末席に立つ。晨紀帝が部屋に入り玉座に座ると、会議が始まった。
「今日の議題は、漢登省の北部で起きた一揆についてでございます」
その一揆が起きた原因は、長雨で洪水が起き作物が育たず食糧不足になったためである。飢えた民は食料を求めて、その地方を治めている郡長官へ施しを頼んだ。
郡長官の屋敷の倉には、大量の穀物が保管されていると噂されていたからだ。その噂は真実だった。不作だと分かった時点で、郡長官が食料を買い集め始めたのだ。
その地方は長雨になると、不作になり食糧不足が起きるという事を繰り返している土地だった。それを聞いていたゲンサイは、その郡長官が何をしているのか理解に苦しんだ。
晨紀帝がどう対応すればいいか尋ねた。
「すぐに軍を送り込み鎮圧すべきです」
官僚の一人が言い出した。これまでも一揆になれば、鎮圧するために軍を出していたのだろう。
「ここの地方の者は、毎年のように一揆を起こす連中です。容赦なく鎮圧すべきでしょう」
官僚たちは鎮圧が妥当だという声が多かった。しかし、ゲンサイはそう思わない。その地方の産業は紙だった。紙の原料となる
但し、この三椏紙は国が安く買い上げるので、ここの民は儲からないらしい。だが、冬期の屋内作業でできるので、これを仕事とする者は多いようだ。
皇帝はゲンサイが黙っているのに気付き声を掛けた。
「周医官は、どう思う?」
ゲンサイは背筋を伸ばし、顔を皇帝に向けると意見を述べ始めた。
「私は医者でありますので、民を殺す事になる軍の投入は賛成できません。それしか方法がないというのなら、仕方がないのですが、その地方ならば他に方法が有るように思います」
官僚の一人が怒った顔でゲンサイを睨む。睨まれて、ゲンサイはホッとした。これで発言を封じられるだろう。
「ただの医官が大きな事を言う。陛下に逆らう者を制圧する。当然の事であろう」
それを聞いた皇帝が、議論を止めた。
「まあ、待て。周医官は他にやりようが有ると言う。どうすれば良いと思うのだ?」
陛下の言葉を聞いて、ゲンサイは困った。こうなれば思い付いた事を並べるしかない。
「そこの住民は、飢えて仕方なく一揆を起こしたのです。十分な食料を届ければ一揆は収まるでしょう」
「そのような事をすれば、一揆を起こせば施しがもらえると勘違いする者たちが増えます」
官僚が反論した。
「一揆が起きた原因は、長雨で不作となったからです。それを変えねば、一揆が無くなる事はありません」
言った後にゲンサイは後悔する。医者としての生活が長かったせいで、人命に関わる事にムキになってしまった。
皇帝がゲンサイに視線を向ける。
「原因は長雨なのだ。天候は誰も変える事はできぬ。周医官は変える事ができると言うのか?」
「神でない人間に、天候を操ることなどできません。ですが、長雨の被害を小さくする事はできます」
「面白い、それはどうするのだ?」
「あの地方を縦断するように流れる洋河は、あの地方から流れ出る地点で狭くなっております。それを広げ堤を築けば、水害による作物の被害は減るでしょう」
「それには大金を投じなければならない。そこまでして助ける価値はない」
「そうでしょうか。あそこは三椏紙の生産地です。その産業を育成すれば、国にとっても大きな利益になると思います」
利益になるという言葉が、皇帝の興味を惹いた。
「利益になるとはどういう事だ。詳しく話してみよ」
ゲンサイは三椏紙を本格的な産業として育成し、生産量を今の十倍ほどに上げるのだと説明した。
「生産量を増やしても、書類が増えるだけではないのか?」
「宮殿に納める紙は今まで通りで、増えた分は民に売るのでございます。その売った代金の中から税を取るのです」
「なるほど、その税が国の利益となるのだな」
「その通りでございます」
「面白い、この件は周医官に任す事にする。いや、医官というのは相応しくないな。新しい役職を考えよう」
非常にまずい事になったとゲンサイは後悔する。
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