第293話 ユナーツの勢い
狼梅平原で対峙したユナーツ軍と桾国軍は、しばらくの間小競り合いだけで全力でぶつかるという事はなかった。
桾国軍は怪我を負った者の手当てや敵の火器に対応する戦術を話し合っていたのだが、ユナーツ軍は何かを待っているようだった。
その何かが分かったのは翌々日の事である。ユナーツ軍の陣営に野戦砲が届いたのだ。
「しまった。大砲が敵陣に届く前に、勝負をかけるべきだったか」
敵陣の動向を監視していた者から、大砲らしきものが届いたと聞いた孫将軍が声を上げた。
張軍師はそれを否定する。
「それは違いますぞ。鉄砲の対策を考えずに戦えば、大きな被害を出していたはずでございます」
孫将軍は鉄砲対策として、弓隊を用意させた。鉄砲に対して弓で対抗しようというのだ。鉄砲にはできないが、弓矢ならできるという攻撃のやり方がある。
遠くから一斉射撃を行って、放物線弾道を描くように矢の雨を降らせて、面を制圧するように攻撃するのだ。それに加え、弓兵の正面は重い盾を持った盾兵に守らせるという事も決まった。
その盾が銃弾を防ぎきれるかどうかが問題だが、その盾は桾国で使われている盾の中で最も頑丈なものだった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺と評議衆は、ホシカゲから桾国軍とユナーツ軍との戦いについて報告を受けていた。
「二度目の戦いは、最初に桾国軍が優勢だったのだな?」
俺が確かめるとホシカゲが頷き、詳しく話し始める。
「大勢の弓兵を用意した孫将軍は、山なりの軌道で矢を射させたのでございます」
その攻撃でユナーツ軍に大勢の死傷者が出たらしい。古い武器でも使い方次第なのだと俺は思った。
「それからどうなった?」
「予想外の損害を受けたユナーツ軍は、後退して野戦砲を前面に出したのです」
榴弾を撃ち込んで、弓兵を倒そうというのだろう。やはり野戦砲が届かないうちに桾国軍は仕掛けるべきだったな。
「結果は?」
「最初は的外れな場所に着弾していた榴弾が、弓兵の隊列に命中するようになると一気に形勢が変わりました」
ユナーツ軍は桾国軍を打ち破り射杯省の西部を支配下に置いたようだ。
報告を聞いたトウゴウが暗い顔で俺に視線を向ける。
「上様、このままではユナーツが桾国を植民地にしてしまうかもしれませんぞ」
「そうだな。一時的に桾国を植民地にするかもしれない」
「長くは続かないと言われるのでございますか?」
「桾国民は、心の中で自分たちは世界で一番優秀だと思っている。その考えに、どんな根拠があるのかは知らぬが、それは本能のように強烈な思いなのだそうだ」
桾国民は幼少の頃に、自分たちは世界の支配者だったのだと教わるらしい。歴史を知っている俺から言わせると、世界の支配者だった事など一度もないはずなのだ。
トウゴウが頷いた。
「なるほど。そのような強い考えを民の全てが持っているなら、最初は武力でおとなしくなっても、後に反抗するようになりますな」
「そうだ。支配者であるユナーツの文明を学び、それらを真似して強くなっていくだろう。俺が大陸に手を出したくないのは、そういう者たちだからだ」
評議衆が納得したような顔をする。
「敗戦を知った晨紀帝は、どうした?」
「孫将軍をハイシャンへ呼び出し、その首を刎ねたようでございます」
「敗戦の責任は、晨紀帝にも有ると思うのだが、全ての責任を孫将軍に押し付けて殺したのか。それでは桾国の将来も暗いな」
「同感でございます」
トウゴウが言うと、他の評議衆も頷く。
「孫将軍の代わりは、誰になったのだ?」
「
この報告は、桾国の宮殿に潜り込んだ医師のゲンサイからの報告だった。
「そう言えば、ゲンサイの息子がホクトへ来て、医学を学んでいるそうだな?」
「はい、将来立派な医者になるでしょう」
ゲンサイには三人の息子が居り、その中の次男がホクトで勉強している。長男はゲンサイから教えを受けているようだ。
「イングド国とユナーツの間はどうなのだ。上手くいっているはずはないと思うが」
「はい。ユナーツ軍が射杯省の西部を手に入れたと聞いたイングド国のアルバーン総督は、ユナーツを罵る声を上げたそうでございます」
「そうなると、イングド国軍とユナーツ軍が戦うという事もあり得るのか?」
ホシカゲが頷いた。
「十分にあり得ます」
「ならば、イングド国とユナーツの間で、どんな交渉があったか注意しておいてくれ。内容を探り出すのは難しいだろうが、どんな人物が交渉したかは押さえておきたい」
「承知いたしました」
「さて、次は鄭将軍か。どんな手を打つのか楽しみだな。トウゴウなら、どうする?」
「拙者なら、ユナーツ軍を調べ上げて夜襲を仕掛けます」
「なるほど、夜襲なら単発銃の脅威が半減するだろうからな」
「最初に弾薬庫を襲い爆破するのが一番効果的でしょう」
トウゴウの言葉を聞いた評議衆も納得したようだ。
「コウリキ、鄭将軍はどうすると思う?」
鍛え上げられた身体をピンと伸ばしたコウリキが苦笑いする。
「そうでございますな。鄭将軍がどういう人物か分からないので判断できません」
「それはそうか。馬鹿な事を聞いてしまった」
俺はホシカゲに視線を向けた。
「それでは、ユナーツ本国の様子を聞こう」
ホシカゲからの報告では、極東地域で戦争が起きそうだと聞いた国民が、『兵士を守れ』という掛け声を上げ始め、奮起して生産能力が上がっているらしい。
今回の戦争がユナーツ本国に伝われば、その声が大きくなり兵器を生産する勢いが増すだろう。
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