第292話 ユナーツ軍と桾国軍

 ホクトでユナーツの忍びが問題になっている頃、大陸では桾国の混乱が増していた。蘇采省で反旗を翻した成王は西へと進み明華省を奪い取った後、皇帝は無能だと噂を流したのだ。


 桾国の皇帝である晨紀帝は、雷王・イングド国・成王に取り囲まれた格好となる。晨紀帝が持つ兵力は八十万ほどで、まだまだ巨大である。


 だが、広大な領地を支配する晨紀帝は、その兵力を分散して配置せねばならず、必ずしも圧倒的に有利という訳ではなかった。それ故に首都のある漢登省に配置している三十万の兵を動かす事を嫌った。


「孝賢大将、まだ蘇采省の成を始末できぬのか?」

 玉座に座る晨紀帝の前で、孝賢大将が頭を下げた。

「申し訳ございません。呂将軍の傷も治りましたので、これからだと思われます」


 面白くなさそうな顔の晨紀帝は、孝賢大将を睨んだ。

「仕方ない。呂将軍の力量を信じよう。それで李成省の雷はどうなった?」


 尋ねられた孝賢大将の顔が曇る。

「雷喜順ですが、北西に位置する李成省・百布省・常陽省の三つの省を支配下に置き、防備を固めているようでございます」


「どういう事だ?」

「イングド国の存在でございます。イングド国は百布省を狙って、再び動き出したようなのです」

「どいつもこいつも勝手な事を……それで、何か打つ手が有るのか?」


「雷喜順とイングド国の戦いに関しましては、放置する事が最善であると考えております」

「放置だと、どうしてだ?」

「両方を噛み合わせて、それぞれの力を削ぐのでございます」


 晨紀帝が頷いた。

「なるほど、孝賢大将の言う通りだ。それが最善であろう」

「それより気になる事がございます」


 晨紀帝が嫌そうな顔をする。

「何だ?」

「ユナーツという国が、射杯省に手を出しているのでございます」

「手を出すとは?」


「射杯省の事をいろいろと調べ回り、最後には射杯省に配置している兵の数まで調べているようなのです」

「むっ、ユナーツまでも我が帝国を荒らそうというのか。ユナーツめ! この屈辱は我慢できぬ」


 激昂した晨紀帝は近くにあった物を投げ散らかし、陶器などを破壊した。それで少し落ち着いたようだ。


「はあはあ……射杯省の防備はどうなっておる?」

「孫将軍率いる五万の兵が、射杯省の湊を中心に守っております」

「湊か……それだと船から攻撃されるのではないか?」

「確かに、そうなのでございますが、湊を守る兵が居なければ、敵兵が上陸し湊を占領してしまいます」


「ならば、船からの攻撃に耐えられる城を築くのだ」

 晨紀帝は城というか要塞を築き始めた。現在ある城の周りにある家を取り壊し、そこに防壁を築き始めたのだ。沖合に浮かぶ船から砲撃した場合、どれほどの高さにすれば命中弾が出ないか計算したらしい。


 大砲の射程と撃ち上げる角度なども計算して高さを決めたらしいが、完全に民家の事を無視している。晨紀帝にとって民の家など、どうでも良かったのだ。


 その工事が進んでいる間に、チュリ国のオサを停泊地としているユナーツ海軍は、万を超える兵をオサに移動させた。普通の国なら少しずつ兵を増やしていくものだが、ユナーツは膨大な船舶と資金で一気に兵を移動させたようだ。


 射杯省を守る孫将軍は、ユナーツの動きに注目しながら射杯省にある城の防備を固めた。その御蔭で兵は安全になったが、兵が駐留していない町や村は不安になった。


 守りが手薄な場所にユナーツが攻め込むのではないかと、住民は思い始めたのだ。ユナーツは射杯省の湊に停泊する許可が欲しいと晨紀帝に要求した。


 晨紀帝がそんな要求を飲むはずがなく。その要求を拒否すると、ごね始めるユナーツ。桾国に無理な要求を突き付け、晨紀帝からユナーツを侮辱する言葉を引き出した。


 ユナーツはそれを理由に宣戦布告した。列強諸国などがよく使う手だが、専制政治を行う発展途上国は必ず引っ掛かる。


 こういう手を使うのは、相手国が弱い場合なので、アマト国にこの手を仕掛ける国はなかった。しかし、桾国も兵八十万を持つ強大な国である。


 ユナーツはよほど自信が有るのだろう。

 最初の戦いは、射杯省の海岸沿いにある小さな漁村から始まった。ユナーツの兵たちが、その漁村に上陸し占拠した。


 それを知った孫将軍は、二万の兵を率いてユナーツ軍に向かう。漁村に上陸したユナーツ兵は五千ほどであり、通常なら桾国軍が圧勝するはずだ。


 しかし、ユナーツ軍が装備している銃は単発銃であり、ライフリングされているので命中率が高かった。それに比べ桾国軍が装備する銃は、一世代前の火縄銃であり命中率が低い。


 狼梅平原で両者は激突した。最初に攻撃したのは、ユナーツ軍である。単発銃の銃弾が桾国軍に撃ち込まれ、多数の死傷者を出した。


 孫将軍はすぐに火縄銃による反撃を命じる。火縄銃の発射音が戦場に響き渡り、ユナーツ兵も死傷する。だが、その数は桾国軍に比べて少なかった。命中率の差が出たのだ。


 ユナーツ軍は桾国軍の鉄砲兵を集中的に攻撃した。そのせいで桾国軍の鉄砲兵が次々に倒れ、それを見詰める孫将軍の顔が歪む。


「何という事だ。少し性能がいいだけの鉄砲だと思っていたが、これだけの差が出るとは、一旦下がれ。下がって陣を敷くぞ」


 桾国軍はユナーツ軍から攻撃を受けながらも後退し、土嚢を積み上げた防壁を用意した。こうなるとユナーツ軍も簡単には攻められなくなる。


「ふうっ、ようやく敵の攻撃が収まったか」

 孫将軍が防壁の後ろで一息ついた。

「将軍、省都から援軍を呼んでは如何ですか?」

 張軍師が提案した。それを聞いた孫将軍は首を振って拒否する。


「まだ一戦交えただけではないか。援軍を呼ぶのは早すぎる」

 敵は五千、味方はまだ三倍以上健在なのだ。鉄砲兵の多くが死傷したが、鉄砲に頼らずとも敵を倒す方法は有るはずだと孫将軍は考えた。


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