第291話 チガラ湾の諜報員

 アマト国のチガラ海軍造船所では、ドウゲン型戦艦の建造が始まっていた。全長百十メートル、排水量が四千五百トンの鋼鉄製戦艦である。


 この戦艦には新しく開発された砲塔付きの主砲五基が搭載され、その砲により敵艦を葬るだろうと言われている。


 だが、アマト国海軍の主力は、ドウゲン型戦艦ではなかった。本当の主力艦はアワジ型駆逐艦と呼ばれるもので、主力兵器が魚雷の軍艦だった。


 アワジ型駆逐艦は全長六十二メートル、レシプロ式蒸気エンジン二基を搭載し、四十口径八センチ砲三基と四十五センチ単装魚雷発射管二基を装備していた。


 アマト国海軍では単装魚雷発射管と魚雷の開発に力を入れており、近海においては、数多くの魚雷艇で敵を迎撃し、遠海においてはアワジ型駆逐艦が敵を沈めるという戦術を構築している。


 なぜそういう事になったのかというと、二十センチ速射砲の命中率の悪さが原因だった。これでは敵艦に命中しないと思われるほど、命中率が悪かったのだ。


 これはアマト国海軍に限った事ではなかった。アマト国海軍は長射程の艦載砲を開発したので、さらに命中率が悪くなったのである。


 但し、海岸から陸上を攻撃する場合、二十センチ速射砲は威力を発揮した。動かない標的に命中させる事は割と簡単だったからだ。


 海軍工廠のナガツカは、開発した砲塔が戦艦に固定されるところを確認していた。

「ナガツカ殿、心配無用ですぞ」

 チガラ海軍造船所の所長であるミズノ・タケオミが声を掛けた。


「それは分かっているのですが、某が開発したものが戦艦に搭載されるのを見るのが、嬉しいのです」

「その気持ちは分かります」


 ナガツカとミズノ所長は、ドウゲン型戦艦が建造されている様子を見ながらユナーツについて話し始めた。


「上様から聞いたのでござるが、ユナーツでも鋼鉄製の軍艦を建造し始めたようですな」

 ミズノ所長が言うと、ナガツカが顔をしかめる。

「列強諸国で、我が国のサナダ型戦艦が大暴れしたと聞いて、研究したようです。ただアーク溶接は知らないはずです」


「なるほど、サナダ型戦艦を真似た戦艦という事ですか。しかし、スクリュープロペラはどうしたのです?」


「チガラ湾でユナーツの忍びが逮捕されました。どうやら定期的に海軍の船を調査していたようです」

 ナガツカの話を聞いて、ミズノ所長が驚いた顔になる。

「なんと! ユナーツの忍びにスクリュープロペラの秘密を盗まれたというのか?」

「列強諸国も薄々気付いているようですが、今回はユナーツの忍びに出し抜かれたのです」


 ミズノ所長が溜息を漏らす。

「軍機と言っても、海軍基地の奥に隠しておく訳にはいかんからな」

 海軍において新しい発明をしても、それを使い熟すには海に出て訓練しなければならない。長期間秘密にしておくというのは、難しい事なのだ。


 ただ防諜という観点で、アマト国側に抜けがあった点は事実なので、海軍の将たちの間で警戒を強めようという話が進んでいる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホシカゲとハンゾウが俺の部屋に来た。

「ん、珍しいな。二人が揃って来るとは」

 俺がそう言うと、ホシカゲとハンゾウが深々と頭を下げて謝罪した。


「申し訳ございません。ユナーツの忍びが海軍基地近くに侵入している事に、気付くのが遅れてしまいました」


 ユナーツでスクリュープロペラを組み込んだ軍艦が建設中だと分かり、チガラ湾を調査してユナーツの諜報員を逮捕したのだ。


「すでに穴を塞いだのであろう。この先、気を付ければ良い。それより、ユナーツの軍備は何のためだと思う?」


 ホシカゲが厳しい顔で告げる。

「このアマト国に戦を仕掛ける準備だと思われます」

「そうだろうな。戦をせずに交易でいい関係を築けるかもしれない、と思っていたのに、どうしても植民地が欲しいようだ」


「上様、列強国やユナーツが持っている植民地は、将来どうなるのでしょう?」

 ホシカゲが尋ねた。

「人々の意識が成熟すれば、植民地という存在が悪だと考えられるようになるだろう。現在の植民地は独立し、一つの国家として新しく発展を始めるはずだ」


「独立した国の人々は、元宗主国をどう思うでしょう?」

「どういう統治をしたかによる。宗主国は凄いと思わせる事ができれば、独立しても一定の尊敬を勝ち取れるが、搾取ばかりを行い、鬼畜のような仕打ちをすれば憎悪だけが残るだろう」


「独立した国が、元宗主国を攻めるという事が起こるでしょうか?」

「それはないだろう。独立した国は、最初は貧しい国として出発する事になる。元宗主国に援助を要請する国も出て来るのではないかな」


「ならば、植民地になる事だけは、避けねばなりませんな」

 ホシカゲが強い意志を込めて言ったので、俺は頷いた

「それには人口を増やし、国を富ませる事だ。そうでなければ、巨大な軍を維持できない」


 アマト国では凄い勢いで人口が増えていた。国の医療体制が急速に整備されて、幼少時代に亡くなる子供の数が急減したのだ。


 俺は教育を受けるように指導したので、学校が次々に建設され子供たちが通うようになっている。学費の多くを国が負担するようにしたので、貧しい家庭でも子供を学校に通わせられるようになった。


 未開拓の土地が次々に開拓され始めたが、俺は自然のままの土地を残そうと考え、国立自然公園のような土地を指定して、開発しないようにした。


 どうやら環境問題を考えなければならない時期に来たようだ。


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