第8章 アマト文明編

第274話 クルル島の難民村

 アマト国と列強諸国の戦争は終わり、交易が盛んになり始めた。フラニス国の商館が再び活動を始め、イングド国の商館も建設される事になった。


 ただイングド国は桾国と戦をしているせいで、極東地域全体で見ると赤字になっているらしい。交易部門は極東同盟との交易で利益が上がっているので喜んでいるのだが、軍事部門は大赤字になっているようだ。


 桾国の黒虎こくこ省と江順こうじゅん省を攻め取ったのは良いのだが、江順省の北にある百布ひゃっぷ省で、李成省の雷王と呼ばれるらい喜順きじゅんと戦い始め、苦戦しているという。


「イングド国陸軍は、なぜ苦戦しているのだ?」

 俺は情報部門の長であるホシカゲに尋ねた。イングド国陸軍の方が優秀な銃を装備しており、有利なように思えたからだ。


「やはり兵数が違います。雷王軍は兵力十五万、イングド国陸軍の兵力は六万ほどなのです」

「植民地軍を加えても六万か。ならば、苦戦して当然か」

「イングド国陸軍は、植民地軍には旧型の武器しか渡していないようです。完全に植民地軍を信用していないのでしょう」


「そのような状況なら、雷王には勝てんな。それにイングド国が占領した土地から、領民が逃げているのだろう。異国人の支配を受けたくないという者が多そうだ」


「はい、それから驚くべき報せがあります」

「驚く? どんな報せだ?」

「チュリ国のオサに居るハン王が、領土を拡大しております」


 この報せには正直驚いた。

「馬鹿な、ハン王が軍を組織して、イングド国陸軍を蹴散らしているとでも言うのか?」


「あっ、いや、そうではございません。イングド国陸軍は百布省に戦力を集めるために、チュリ国に置いている戦力を百布省に移動させているのです」


「とすると、ハン王は空き巣狙いの泥棒か?」

「その通りでございます」

「イングド国陸軍が兵を戻したら、ハン王は兵がないのだから追い出されるだろうに、何を考えているのだ?」


「取り戻した領土の産物を集めて、元メラ家当主ヨリチカ殿がコンベル国やバラペ王国へ売っているようです」


「ヨリチカ殿がハン王を動かしているのか、ちょっとした小遣い稼ぎのつもりなのかな」

「そのようです。ただチュリ国の国民にとっては、それが有り難い事のようです」


 何が有り難いのか分からなかった。詳しく聞くと産物を集める時に、代金をアマト国の銅貨や銀貨で支払っているという。それらの貨幣は信用があり、どこの店でも使えるので歓迎しているらしい。


「面白い事をしている。チュリ国をアマト国の経済圏に入れるつもりなのかな」

「ヨリチカ殿は、単なる金儲けでしょう。手持ちの金がアマト国の貨幣なので、それを支払っているだけです」


 俺は頷きチュリ国に何か手を打った方が良いのか考えた。やはり放置する事にしよう。それより桾国だな。桾国の皇帝は何をしているのだ?


「桾国の晨紀帝は何をしている?」

「ハイシャンの都を、難民から守ろうとしているだけのようでございます」

「守ると言っても、流れ込んでくる難民を、兵に追い払わせているだけだろう」


「そのせいで、難民の一部が海を渡って、チトラ諸島のクルル島へ渡っております」

 俺は顔をしかめた。以前はホクトの交易区に桾国の難民が流れ込んできたので、別の難民村を造ったのだ。


「クルル島の難民村か。あそこの難民が増えているのだな」

「左様でございます。二万ほどだった住民が二万五千に増えております」

 クルル平野に建設中の難民村は、村という規模を超えて町になっているようだ。このまま増えれば十万を超え、都市の規模になるだろう。


「困ったな。それほど増えると、食料が足りなくなる」

 俺が愚痴のように零すと、ホシカゲも深刻な顔になった。


「このままでは難民村が破綻いたします」

「ふむ、あの島で食糧生産を増やすのには時間が掛かる。何か仕事を与えて、その賃金で食料を買わせるようにするしかないな」


 俺は評議衆を集めた。トウゴウやクガヌマ、フナバシなどが大広間に現れると、俺に頭を下げてから座った。


「呼んだのは、クルル島の難民村の事だ。あそこに流れ込んでくる桾国の難民が増えているそうだ」

 クガヌマがうんざりした顔をする。

「上様が寛大にも難民村を造られたので、図々しくも甘えておるのです。放置したら如何でございますか?」


 それを聞いたトウゴウが首を振った。

「放置はいけません。桾国人は予想以上に逞しい人種でございます。図に乗らせるとクルル島を奪われかねません」


「そうすると、アマト人がクルル島を支配しているのだと分からせる事が必要だな」

 イサカ城代が俺に目を向けた。

「ホクト城のような支配を象徴する建物を建てるのはどうでしょう」


 それを聞いたクガヌマが首を傾げた。

「桾国人たちが、その建物とアマト人を倒せば、島が自分たちのものになると、勘違いしなければ良いのでござるが」


「それは教育と行政の問題だろう。そのような事を主張する桾国人が現れたら、逮捕して桾国に送り返す。そして、クルル島に舞い戻るような事が有れば、厳しい刑を言い渡せばいい」

 トウゴウが主張した。


 俺は皆の意見を聞いてから、難民たちに与える仕事について尋ねた。

「組立て産業が良いと思います」

 フナバシが意見を述べた。組立て産業とは、部品や材料を組み立てて完成品を生産する産業だ。フナバシは割り箸やマッチなどの簡単なものを製品化する仕事を桾国人に任せようと言うのだ。


「面白い、いいだろう。フナバシは部下に命じて、計画を纏めてくれ」

 工場を建てねばならないが、それくらいは簡単だ。


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