第273話 ユナーツのボーナム

 列車がコベラ郡の宿場町スズカに到着した。

「今晩は、どこに泊まるのだ?」

 ボーナムがカズヒサに尋ねる。


「スズカで一番の草月ホテルに泊まろうと思っています。食事が美味しいと聞きました」

「ほう、食事が旨いのはいい。どんな料理が評判なのだ?」

「コベラ郡は、『山里牛』という食肉牛の畜産が盛んで、この山里牛の肉を使った料理が旨いのです」


 幸いにも部屋が空いていたので、無事に泊まる事ができた。部屋が空いてなかったら、もう少し安い宿を探さなければならなかっただろう。


 部屋で少し休んでから、夕食を食べに食堂へ行く。

 カズヒサは品書きメニューを見て、牛鍋という料理を選んだ。この牛鍋は後に『すき焼き』に発展する料理であり、牛肉と野菜を鍋で煮て食べる料理だった。


 この牛鍋にはボーナムたちも満足したようだ。翌日、また列車に乗ってタビール湖を目指す。ミザフ郡のミモリ駅に到着した時、ボーナムたちはミモリが予想以上に大きな街だったので驚く。


「ここの街は、どうしてこれほど発展したんだね?」

「ここがカイドウ家発祥の地だからです。上様はこの地で生まれ、領地を広げていったのです。生まれ故郷を大切にされているのですよ」


「ほう、そうなのか。この町で盛んな産業というのは何かね?」

「養蚕です。絹糸を生産しているのです」

 以前は硝石を生産していたが、現在はアンモニアの生産方法について研究している。空気中の窒素を使ってアンモニアを生産する方法で、このアンモニアを肥料にして使う事が目標である。


 但し、この研究は国の極秘事項となっており、一般人であるカズヒサは全く知らなかった。


 カイドウ郷を過ぎて、夕方にトガシに到着。列車から降りたボーナムたちは湖が見えるホテルに部屋を取った。そのホテルの窓から見える景色が、ボーナムたちを感動させる。


 夕陽で赤く染まった湖の上を多くの船が航行している。岸辺では水鳥が飛び交う幻想的な絵のような風景を暗くなるまで眺めていたそうだ。


 暗くなってから、食堂へ下りてきたボーナムたちをカズヒサは待っていた。

「アマト国というのは、美しい国だ。だが、同時に恐ろしい国でも有る」


 カズヒサが首を傾げる。

「恐ろしい? どうしてです?」

「イングド国で聞いたのだが、アマト国の遠征艦隊というのが、イングド国の首都アドラムとフラニス国の首都リスタルを火の海にしたそうじゃないか?」


 それを聞いたカズヒサが頷いた。

「その事ですか。でも、恐ろしいのはイングド国とフラニス国だと思いますよ」


「なぜだね。火の海になったのは、その二国の首都だよ」

「その二国は、植民地が欲しいというだけで、我が国や同盟国を攻撃したのです。それに比べて我が国は、攻撃を受けた報復として、両国の首都を攻撃しただけです。恐ろしいのはイングド国とフラニス国ですよ」


 それを聞いたボーナムは笑う。今まで列強国二国の言い分しか聞いていなかったので、アマト国は怖い国だと思っていたが、いきなり襲ってくる国と攻撃されたので報復した国とどちらが恐ろしいか自明の事だった。


「なるほど、アマト国が攻撃したのには、明確な理由が有るという事だな」

「当然です。そうでなければ、莫大な費用を掛けて、あんな遠くまで行きません。上様は二度と自国民に被害者が出ないように、あの二国に罰を与えられたのです」


 カズヒサが罰という言葉を使ったので、アマト人が列強国人を対等な相手だと思っている事を、ボーナムたちは感じた。


 美味しい食事を食べてホクトへ戻ったボーナムは、蒸気機関の凄さを学んだ。あれだけの重量を運べる機関車を故国に導入すれば、大きな利益になると思ったのである。


 そんな時にボーナムはホクト城へ呼び出しを受けた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は初めてユナーツ人に会った。

 ドウセツの通訳で話を始めたのだが、ユナーツの大陸がどうなっているのか気になった。

「ボーナム殿の故国であるユナーツは、どんな国なのかね?」

「桾国の二倍ほどある国で、この国の遥か西にあります」


 それを聞いて、俺は腑に落ちないものを感じた。西? なぜだ? アメリカ大陸にある国なら東じゃないのか。そうか、こいつら太平洋を横断した事がないのか。


 それに桾国の二倍というのも気になる。昔のアメリカ合衆国は、現在の桾国より三倍ほど大きかったはずだ。地殻変動でどうかしたのだろうか?


 詳しく聞いてみると、ネバダ州やカリフォルニア州などの西海岸が海に沈み、フロリダ州もなくなったようだ。ただ西海岸の内陸部まで海になったので、気候が安定し海の周辺地域は穀倉地帯となったらしい。


 広大な穀倉地帯が生まれた御蔭で、人口は一億人ほどを養えるようになったが、この国も文明が退化したようだ。


 シリコンバレーは海に消え、中世前期の文明からやり直す事になったらしい。国名はユナーツに変わり、人々は聖トアンプ教を信仰している。


 聖トアンプとは悪の支配者を打ち倒し、真のユナーツを建国する聖人らしい。ちなみに、この国は大統領制である。


「貴国の首都は、何という町なのだ?」

 俺が尋ねると、ボーナムが誇らしそうに、

「ヌーヨークでございます」

 たぶんニューヨークなのだろうが、地殻変動でよく沈まなかったものだと感心する。


「ほう、ヌーヨークか、一度行ってみたいものだ。大統領の名前を教えてくれ」

「クリフォード・ギネス大統領でございます」


 それからユナーツの事を詳しく聞いた。その事でユナーツは侮れない国だと分かった。人口と経済規模が世界一なのだ。


 造船技術は列強国とほぼ同等で、銃も使っているらしい。火薬については教えてくれなかったが、独自の生産能力を持っているようだ。


 列強諸国が一段落したら、今度はユナーツか。敵対するような事にならなければ良いのだが、俺はハチマン諸島の警備を増やす事にした。万一太平洋を渡ってハチマン諸島に来た時に備えるためである。


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