第275話 ユナーツの動き
「孝賢大将は居らぬか?」
桾国の皇帝である晨紀帝が声を上げると、召使いの一人が慌てたように孝賢大将を探しに行った。
「陛下、如何されましたか?」
孝賢大将が急いで晨紀帝の部屋に現れた。
「部下から報告があった。桾国の住民が、チトラ諸島に逃げているというのは真か?」
顔をしかめた孝賢大将は、誤魔化す事もできずに肯定するしかなかった。
「本当でございます。戦を嫌った民が、アマト国の領土であるクルル島に逃げ込んでいるようでございます」
「おかしいではないか? 桾国の民が他国に逃げるなど、余を愚弄しておるのか」
晨紀帝は他国に自国民が逃げたという点を怒っているらしい。
「しかし、我が国では戦乱が続いており、民は混乱し逃げ惑っております。民が他国に逃げる事を回避するには、首都ハイシャンを開放して、避難民を受け入れるしかありません」
晨紀帝が渋い顔になる。
「それはダメだ。避難民の中に刺客が紛れているかもしれん。特に雷王が居る李成省から来た避難民は信用できぬ」
晨紀帝は雷王に憎悪を燃やしており、李成省の民は刺客に違いないと信じていた。晨紀帝が雷王を敵視する理由は反逆者だというだけではなく、雷王が晨紀帝の弟である広栄親王を殺したからである。
広栄親王が李成省の視察に行っていた時に雷王の反逆が起き、その騒ぎの中で広栄親王は死んだらしい。殺した犯人は分かっていないが、雷王の部下だろうと言われていた。
「雷王を懲らしめる事はできんのか?」
「今は無理でございます。東方の蘇采省で反乱を起こした成王を討ち取り、反乱を鎮圧するまでは、戦力に余裕がないのでございます」
「呂将軍の鎮圧軍が、一度敗北したというのが信じられぬ」
鎮圧軍は成王軍に一度破れており、東方で戦っている桾国軍は敗軍を立て直し、五万の増援を加えた軍である。
「敗北したのは、成王がアマト国より武器を購入していたからでございます」
「気に食わんな。アマト国の将帝と称しておるが、元は小さな豪族の
孝賢大将は溜息を漏らしたくなった。文句ばかり言っているが、解決策や方針が一言もないのだ。
「陛下、まずは成王を討ち取り、東の領土を取り戻す事が肝要かと存じます」
「分かった。成王を討ち取り、雷王を平定した後に、アマト国の将帝を懲らしめてやろう」
頭を下げた孝賢大将は、桾国も長くないかもしれないと思った。耀紀帝の息子である晨紀帝は、あまりにも凡庸で皇帝の器ではなかったのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
桾国の皇帝も以前は強大な力を持っていた。だが、衰退する桾国は消えていこうとしている。一方、現在でも強大な力を持つ存在が、太平洋の彼方に居る。
ユナーツのクリフォード・ギネス大統領である。大統領執務室で仕事をしていたギネス大統領は、一枚の報告書を読んで首を傾げる。
国務省長官であるクライド・スペンサーを呼んだ。
「国務省から上がってきた報告書の中に、極東地域のアマト国という国が何度も出てくるのだが、報告書に間違いが有るのではないか?」
五十歳ほどのスペンサー長官は、指摘されている点が分からなかった。
「どこが間違っていると、言われているのでございますか?」
「ここだ。世界最強の国家としてアマト国の名前が書かれている。最強の国家は我が国だ。そうじゃないのかね」
「何の実績もない我が国が世界最強とは言えませんな」
ギネス大統領は溜息を漏らす。
「だが、アマト国は一度だけ列強国のイングド国とフラニス国に不意打ちの攻撃を仕掛けただけだ」
スペンサー長官が首を振った。
「これは未確認の情報なのですが、極東地域でイングド国海軍の艦隊とフラニス国海軍の艦隊が敗北しているようです」
それを聞いたギネス大統領は、真剣な顔になる。
「それは真なのか?」
「イングド国とフラニス国の海軍が弱体化したのは、アマト国のせいだと分かったのです」
「アマト国海軍は、どのような軍艦を所有しているのだ?」
「鋼鉄製の船体に長射程の艦載砲を装備した戦艦だそうです」
「寝ぼけた事を……鋼鉄製の船が海に浮くはずがない」
スペンサー長官はゆっくりと首を振った。
「学者に確かめたところ、鋼鉄製でも重量に釣り合う浮力が有れば、船は浮くそうです」
「……そうなのか。ならば、認めよう。我が国でも鋼鉄製の軍艦を造れるか?」
「時間と費用を掛けて開発すれば、可能だと思います」
ギネス大統領は思考が柔軟だった。定説や常識に囚われず、間違いだと気付いたら考えを修正するだけの能力を持っていた。
「アマト国を徹底的に調べねばならんな。優秀な人材を極東へ送ってくれ」
「承知いたしました」
スペンサー長官は四人の男女を選んで、極東への旅を命じた。
一人目は物理学者であるグラント教授、二人目は軍人であるリッチモンド大佐、三人目は官僚のローランズ次官、最後は紅一点の社会学者パトリシア教授だった
「しかし、スペンサー長官も酷い人だ。こんな魅力的な女性を遠い極東へ行かせるなんて」
リッチモンド大佐が船の上で紅茶を飲みながら言った。
この船はイングド国へ行く交易船である。それを聞いたパトリシア教授は嬉しそうに笑う。
「そんな優しい言葉を聞くのは、久しぶりですわ」
三十代後半で教授になった才媛パトリシアは優しそうで温和な顔をしているが、相手が泣くまで徹底的に叩きのめす能弁な人物として有名だった。
「皆、アマト国について予習して来たかね」
グラント教授が尋ねた。この人物は物理科学に関して広範囲の知識を持つ人物である。
「グラント教授、我々は教授の生徒ではないですぞ」
ローランズ次官が学生扱いされたと思い文句を言う。
「アマト国について詳しい者が居るか、確認しただけではないか。君たちの事を教え子だなどと思っておらんから安心してくれ」
「それは良かった」
そう言いながらリッチモンド大佐が肩を竦めた。
「本当にアマト国について知っている事が有れば、教えて欲しい。私も調べたのだが、ほとんど情報がなかったのだ」
パトリシア教授がリッチモンド大佐へ視線を向けた。
「アマト国は新しい国のようです。桾国や列強国の資料の中にアマト国が出て来る程度です」
「ほう、良かったら教えてくれないか」
「いいですわよ」
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