第272話 タビール鉄道

 ユナーツの商人であるボーナムは、極東のアマト国という国が異質であると感じた。周囲の国々と文明度が違い過ぎるのである。


 例えば、一番近い国である桾国などは、遠洋航海できる船を建造できないが、このアマト国では遠く列強諸国まで航海して、攻撃までしている。


「どういう事なのだろう?」

 ボーナムの呟きを聞いた案内役のミキ・カズヒサが答える。

「それは上様が凄いからですよ」


 ボーナムは上様と呼ばれる支配者が、国民から崇拝されていると聞いていたので苦笑いする。未開の国では、王を神の子孫だとか、聖人だとする迷信が信じられている事が多いと知っていたからだ。


「そうか、上様がそんなに素晴らしいのか」

 カズヒサは商人の息子で学校で勉強中の学生である。ただ交易商を目指しているので、将来のためと小遣い稼ぎに案内役をやっているのである。


「そうですよ。上様はアマト国を建国した方ですから」

「ところで、ホクトで見物しておくべきところというのは、どのような場所だ?」

 ボーナムのユナーツ語は、基本イングド語と同じである。カズヒサはイングド語を勉強して一般的な会話はできるようになっていたので、会話に不自由はなかった。ただ単語や言い回しに違う点があり、戸惑う事もある。


「そうですね。タビール鉄道に乗りませんか?」

「そのタビール鉄道というのは、何だね?」

「ホクトとタビール湖を繋ぐ鉄道です。あ、鉄道というのは、鉄で出来た道を大きなポンポン自動車が走るようなものです」


「というと、それは焼玉エンジンを載せた車が鉄の道を走るのか?」

「違います。蒸気機関を載せた機関車が走るのです」

「蒸気機関……それは興味深いな。いいだろう、そのタビール鉄道に乗ってみよう」


 このタビール鉄道は先月完成したばかりの交通機関だ。まだ単線であり、正式な完成は五年ほど先になるのだが、単線でいいから動かしたいうという要望で、片方のレールだけを先に完成させたのである。


 単線だけの運行なので列車の本数も少ないのだが、アマト人たちは凄いと言っていた。ホクトからタビール湖沿岸のトガシまでは、徒歩だと半月ほど掛かる距離なのだが、タビール鉄道だと二日で到着するのである。


 カズヒサはボーナムから金を受け取り、ホクトからタビール湖までの往復の切符を四人分購入した。ボーナムとカズヒサ、それにボーナムの使用人二人である。この使用人はヘイデンとケヴィンという男で、ボーナムの親類だという。


 タビール鉄道はホクトのイセボリ町駅から出発となる。このイセボリ町はホクト城と交易区の中間に位置する町で、ホクトで一番賑やかな町となっていた。


 カズヒサは一人ひとりに切符を渡して、失くさないように注意する。駅員に切符を渡して一部が切り取られて戻って来る。ボーナムは面白いシステムだと感心する。


 そして、駅の構内に入り一番線ホームへ行く。と言ってもまだ一番線ホームしかないのだが、将来は増えると言われている。


 ボーナムたちはプラットホームから初めて鉄の道というものを見た。

「鉄の道というのは、鋼鉄の棒が敷いてある道という事だったのだな」

 ユナーツ人たちは、全部が鉄で舗装されている道を想像していたようだ。


 車両基地から煙を吐き出す機関車に引かれて列車がホームに入ってきた。それを見たボーナムたちはゴクリと唾を飲み込んだ。


「これほど大きなものなのか?」

 どうやら列車の大きさに驚いたらしい。

「これが普通らしいです。乗客が増えてきたら、繋ぐ車両の数を増やすと聞いています」


「馬鹿な、これでも動いているのが不思議なものなのに、どれほどの力が有るのだ?」

「百五十馬力ほどだと聞きました」

 蒸気機関車は将来的に千馬力を超えるものが出て来ると予想されている。まだ発展途上の動力機関なのである。


「さあ、乗りましょう」

 カズヒサたちは指定席なので、後ろの方の車両に乗り込む。発車時間が来て、蒸気機関車が走り出すと窓の外を景色が流れ始めた。


「贅沢だな、窓ガラスを使っているのか」

「蒸気機関は煙が窓から入ってくる事が有るので、窓を締めていても光が入るようにガラスにしたそうです」


 ホクトの町を眺めながら進行方向を見るとホクト城が見えてくる。

「あれがホクト城です。ボーナムさんは登城した事が有るのですか?」

「いや、私は一介の商人だからね。城に呼ばれる事はないだろう」


 カズヒサが首を傾げた。

「上様は好奇心が旺盛ですから、ユナーツから来たと聞いたら、城に招くかもしれませんよ」


「ほう、そうなったら嬉しいね」

「自分だったら、緊張して気を失うかもしれません」

 カズヒサはそう言って笑った。


 ホクトの町を出た列車は、緑豊かな山々を眺めながらコベラ郡へと向かう。コベラ郡がタビール鉄道の中間地点であり、その中間地点の町スズカが宿場町として栄え始めていた。


 カズヒサたちもスズカで一泊する事になっており、カズヒサは楽しみにしていた。

「列車というのは快適な乗り物なのだね?」

 馬車なら整備されていない道を通ると、舌を噛みそうになるほど揺れる。それに比べて、鉄道は定期的にガタゴトと揺れるが、それは眠りを誘うような揺れで快適だった。


 ボーナムは顔に出さなかったが驚いていた。これほど進んだ文明国が極東の辺境に存在するとは信じられないほどなのだ。


 単線なので、反対側から列車が来た時は、駅で長時間止まる事がある。その時には、ホームに出て身体を動かし、カズヒサは昼の弁当を買いに走った。


 駅弁が売っており、カズヒサは幕の内弁当を選び、他の三人にはカツサンド弁当というのを選ぶ。飲み物は水を購入した。カズヒサはお茶にしたかったのだが、他の三人がお茶を飲むか分からなかったからだ。


 お昼に出した弁当を三人は美味しそうに食べていた。カツサンドにして正解だったようだ。


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