第266話 遠征艦隊の成功
イングド国を攻撃したアマト国の遠征艦隊は、フラニス国へ向かった。イングド国との戦いで数隻の艦艇が軽い損傷を受けたが、航海に支障はなく修理を始める。
フラニス国の首都リスタルには、まだイングド国と遠征艦隊との戦いが伝わっていなかった。遠征艦隊がリスタルの湊に姿を現すと、イングド国の艦隊と誤認されたらしい。
その時、元老院では議会が開かれていた。フォルチエ議長は伝令から報告を受けて議会を中断すると、海が見える場所まで移動した。
元老院の隣の建物は四階建てのビルで、近辺では最も高い建物だ。元老院を守る衛士たちが使っているもので、物見台もある。その物見台に登ったフォルチエ議長とオズボーン伯爵は湊に目を向ける。
「あの軍艦はイングド国のものなのか?」
フォルチエ議長の質問に、オズボーン伯爵は首を傾げる。見覚えのない軍艦だったからだ。イングド国とフラニス国の軍艦は、形が似ている。
だが、湊にある軍艦は全く違いうものだった。
「まさか極東のアマト国の軍艦なのか?」
オズボーン伯爵が呟くように言った言葉が、フォルチエ議長の耳にも届いた。
「馬鹿を言うな。極東の者が、ここまで来れる訳がない」
「そうとは限りませんぞ。アマト国の商船が、リスタルに来たという情報を掴んでおります。商船が来れるのなら、軍艦も来れるでしょう」
「そうだとして、何をするつもりだ?」
「決まっています。我々を攻撃するのですよ」
フォルチエ議長が絶句した。そうしている間に、フラニス国海軍の軍艦が遠征艦隊の進路を邪魔するように姿を現す。
アマト国の遠征艦隊とフラニス国海軍との間で海戦が始まった。激しい砲撃戦がありフラニス国海軍の軍艦が被弾して海に沈む。
遠征艦隊にも被害が出たが、沈んだのは装甲巡洋艦が一隻だけ。一方フラニス国海軍は、戦列艦一隻が海に沈み、他の艦艇三隻が大破する。
「まずい、まずい事態だぞ」
フォルチエ議長が呻くような低い声で言う。住民に避難命令を出し、軍事施設には警告を送った。
だが、避難命令も警告も遅すぎた。何の対応も取れないうちに、遠征艦隊が近付き海軍基地に砲弾の雨を降らせ始める。海軍基地から爆炎が上がり、瞬く間に大きな火災となって基地を飲み込んだ。
遠征艦隊は次の目標に移動した。フラニス国が世界に誇る大型造船所に砲弾を撃ち込み始めると、それを見ていたフォルチエ議長が、悲鳴のような声を上げる。
「議長、陸軍に出動命令を」
「陸軍の出番などない」
「違います。陸軍に住民の避難を手伝わせるのです」
「今更、避難してどうなる」
造船所を壊滅した遠征艦隊は引き上げ始めていたのだ。
「今日は風が強い。民家に飛び火した火が広がりそうなのです」
やっと理解したフォルチエ議長は、陸軍を出動する命令を出した。
「リスタルを守る艦隊が、アムス王国との戦いで不在の時に……」
「それを知っていたから、攻めてきたのでしょう」
伝令が矢文を持って駆け込んできた。中身はイングド国に送ったものとほとんど同じである。
数日後、イングド国の首都も遠征艦隊により攻撃されたと知ったフォルチエ議長は溜息を漏らす。
「列強国が世界の中心だった時代は、終わったという事のなのか?」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
同じ頃、アムス王国が支配している極東の島オルソ島では、マレイン・ブリンクマン総督がヴィンケル提督を呼んだ。
「お呼びでしょうか?」
「提督、私のミケニ語も上達した。そろそろアマト国の将帝に会って挨拶をしておくべきだろうか?」
「はい。その方がよろしいかと存じます」
「何か贈り物を用意した方が良いか?」
「原住民が作った織物などの民芸品でいいでしょう。それよりも将帝と話をする時は、落ち着いて話をしてください。鋭い方ですので、嘘は見抜かれます」
ブリンクマン総督とヴィンケル提督はホクトに向かった。
ホクトに到着した二人は、将帝の都合を聞いてから、次の日の午後から会う事になる。翌日の午後に登城した二人は、大広間に案内された。
その大広間には絨毯が敷かれ、テーブルと椅子が置かれている。椅子に座って待っていると、数人の武人と一緒に将帝が姿を見せた。
挨拶が終わり、桾国の状況からチュリ国について話題が移ると将帝が笑い出した。ブリンクマン総督は首を傾げる。
「なぜ、お笑いになっているのですか?」
「いや、済まない。こんな時に会いたいと言って来られたので、てっきり遠征艦隊の件を聞きたいのだと思っていたのだが、中々話が出ないので、勘違いだと気付いたのです」
ヴィンケル提督が目を光らせた。
「その艦隊というのは?」
「我が国が、イングド国とフラニス国を罰するために送った艦隊ですよ」
総督と提督は目を丸くして驚いた。
「本当に、そんな艦隊を送ったのですか?」
「ええ、イングド国は我が国を攻撃し、フラニス国は同盟国のコンベル国を攻撃しました。このまま許したのでは、あの二ヶ国は同じ間違いを犯すでしょう」
「ですが、イングド国やフラニス国までの長旅をして、戦うのですぞ。大丈夫なのですか?」
ヴィンケル提督が尋ねた。
「イングド国やフラニス国にできる事が、このアマト国にできないと思われますかな」
「そういう意味ではないのです。艦隊を送るというのは初めての事だったはずです」
「そうです。その点は心配になりますが、無事に到着すれば、その二ヶ国には当然の報いを受けさせる事ができるでしょう」
その瞬間、将帝の全身から気迫が滲み出る。ブリンクマン総督に比べると小柄な極東の支配者が、突然巨大化したかのように見えた。総督の背中に嫌な汗が噴き出し流れ落ちる。
二人は話をそこそこに切り上げて城から戻った。交易区のホテルの部屋に戻った二人は、酒を用意させて話し始める。
「先ほどの話、本当だと思うか?」
総督の問いに提督が頷いた。
「ここの商館長であるファルハーレンから聞いたのですが、大きな艦隊が編成されて、アマト国から出発したのは、事実のようです」
「それが本当に列強諸国へ行ったのかが問題だな。どうやって確かめればいい?」
「その遠征艦隊が戻って来るのを待つしかないでしょう。もしかすると、電信機で報せが入るかも」
「また電信機か。開発したのがアマト国で、我が国でないのが残念だよ」
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