第265話 遠征艦隊の砲撃

 バンジャマン王はアマト国からの矢文を読んで、燃え上がる怒りを感じた。

「極東の猿に、そんな事ができるはずがない。ここは神に選ばれし民が住む国なのだぞ」


「陛下、どういたしましょうか?」

 ギボンズ軍務卿が尋ねた。

「何の事だ?」

「その矢文でございます。伝令に聞きましたところ、それ以外に十数本以上の矢文が町に届いたようでございます」


 同じ文面の矢文なのだろう。多くの国民がアマト国の矢文を読んだ事になる。

「まずいな。アドラムへの攻撃が、我らが行ったアマト国への攻撃に対する報復だと知られてしまう。すぐに回収させろ」


「承知致しました」

 ギボンズ軍務卿は他の矢文も回収するように命じた命令文を書いて伝令に渡した。


 伝令が走り去るのを見送った国王が、

「軍務卿、この城は大丈夫なのか?」

「この城は海岸線から十分な距離があります。敵の砲弾も届かないはずでございます」


 その時、海の方角から砲撃音が聞こえてきた。アマト国海軍の砲撃が始まったのである。イングド国で最大規模の海軍基地に爆炎が上がる。


「あ、ああっ」

 海軍基地を見詰めるバンジャマン王の口から、悲鳴にも似た声が漏れる。その視線の先では、海軍の壮麗な軍事施設が燃え上がり、黒い煙を吐き出し始めていた。


 倉庫に命中したらしく一際大きな爆発音が響いた。火薬庫に火が点いたのだ。首都に住む住民たちが恐怖で狂ったように逃げ回っている。


 海軍基地が火の海となった後、アマト国海軍の艦隊は移動した。そして、再び砲撃を始める。

「あそこには何がある?」

 国王が質問すると、軍務卿が顔を歪めた。


「あれは造船所でございます」

 その時、伝令が走り込んできた。

「陛下、か、海軍基地が壊滅いたしました。海軍の将校が大勢亡くなられたようです」


「……嘘だ。こんな事が起こるはずがない。これは悪夢だ。そうに違いない」

 将校まで死んだと聞いた国王が嘆き、軍務卿は何も言えずに顔を伏せた。


 またアマト国の艦隊が移動を始めたのを見て、国王が不安そうな声を上げる。

「今度は何だ。何を狙っている?」

 軍務卿は艦隊が移動している先を目にして、天を仰いだ。その場所には陸軍の軍需工場があったからである。


 軍需工場に砲弾が撃ち込まれ黒煙と炎が立ち昇る。

「何とかできんのか?」

「海軍の軍艦が沈められておりますので、海に居る敵には手が出せません」


「そうだ。砲台はどうした。何の反撃もせんではないか?」

「そう言えば……」

 軍務卿は部下を呼び砲台の様子を見に行かせた。その結果、砲台から砲兵が逃げている状況が報告された。


「どういう事だ?」

「砲台がアマト国の艦隊から砲撃される、という情報が流れたようです」

「馬鹿な、そんな情報だけで逃げたというのか?」


「あそこの砲兵は、植民地から連れてきた者を訓練して配置しておりました。やはり信用してはいけなかったのでございます」


 国王が渋い顔になった。これは砲兵の中に影舞が入り込み、扇動した結果だった。

「造船所、軍需工場が燃えている。この国は滅びるのか」

 国王が嘆くと、軍務卿が首を振った。


「それはありません。砲撃されるのは海に近い場所だけでございます。陸軍基地は元の姿で残るはずです」

 国王が軍務卿をジロリと睨んだ。

「今大事なのは、陸軍より海軍なのだ。その海軍が燃えているのだぞ」


「それは……陛下の命令でアマト国を攻撃したからでございます」

「予を非難するのか?」

「そうではございません。誰であっても、極東から艦隊が来て攻撃するとは、予想できなかったのです」


 誰も予想できなかったから仕方ないというのは、責任逃れである。一国の王ならば、戦を仕掛ける相手を念入りに調べ上げ、どれほどの戦力を持つのか、分析させるべきだったのだ。


 アマト国の艦隊は最後に湊の倉庫に砲弾を撃ち込んでから去って行った。

 イングド国の首都アドラムは、半分ほどが火に包まれていた。遠征艦隊は軍事基地や造船所などを中心に砲撃したのだが、そこには火薬や可燃物が大量に蓄積されており、大きく燃え上がった火が民家に飛び火したのである。


 その日は東からの風が吹いており、軍事施設の西側に有る民家の多くが焼けた。

 遠征艦隊の攻撃があった数日後、海賊狩りに出ていたイングド国海軍の第二艦隊が戻ってきた。


 第二艦隊の指揮官であるジェペック提督は、無残な姿になっている海軍基地や造船所の姿を目にして驚愕した。そして、急いで登城する。


 提督は城の最上階にある展望台に案内された。そこには焼け焦げた首都の姿を見ている国王が居た。


「陛下、これはどういう事なのですか?」

「極東のアマト国が艦隊を送ってきたのだ」

 提督は苦い顔になり、

「我々が追い掛けて、報復をいたします」


 国王は首を振った。

「報復は無用だ。そちの第二艦隊はイングド国にとって、黄金より貴重なものになった。一隻でも失いたくない」


 これだけの被害を出したので、国王が弱気になっていると感じた提督は、完勝してみせると断言した。


 それを聞いた国王が溜息を漏らす。

「そちの言葉が信じられぬ。第二艦隊は極東に送り出した第一艦隊より強いのか?」

 そう尋ねられたジェペック提督は言葉を失った。イングド国海軍で最強の艦隊が第一艦隊だったからだ。


「敵はアマト国だけではないのだ。フラニス国やアムス王国にも備えねばならん」


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