第263話 ヨリチカの思惑

 フラニス国海軍のバルニエ提督は、厄介な事になったと唇を噛み締めた。アマト国と戦いチュリ国のオサから叩き出されるような事になれば、フラニス国の勢力は中東まで後退する事になる。


 それを知った元老院の議長たちは激怒するだろうと考えたバルニエ提督は、溜息を漏らす。こうなった原因は商人たちに大麻を取引する許可を与えた元老院にあるのだ。


 その事を忘れて海軍に責任を押し付けようとするだろう。

 提督が予想した通り、アマト国がオサに攻めてきた。パンチャナ沖海戦で沈まなかった軍艦も、オサ沖で沈んだ。アマト国海軍が誇る主力艦サナダ型戦艦の集中砲火を浴びたフラニス国海軍の軍艦は耐えきれずに海に沈んだのである。


 フラニー人たちは商船に乗って、中東へと逃げた。アマト国海軍は商船を攻撃しないと決めているようで、多くのフラニー人は逃げ延びた。


 オサを制圧したアマト国だったが、永続的に支配する意志はなくオサの混乱が収まった後に撤退した。支配者が居なくなったオサは、また混乱を始めたが、それはチュリ人の責任でありアマト国の責任ではなかった。


 すぐにイングド国が制圧するかと思ったが、イングド国もオサを支配しても利益が得られないと判断したらしい。


 そこで奇妙な事が起きた。バラペ王国のベクに滞在していた元チュリ国のハン王が、オサに行き暫定政府を樹立したのである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「それは真なのか?」

 俺が尋ねると、ホシカゲが肯定する。

「本当でございます。ハン王がオサに暫定政府を作りました」


「オサには、財源も兵もない。ハン王は何を考えておるのだ?」

 俺が腑に落ちないという顔で尋ねると、

「元メラ家当主ヨリチカ殿が、支援しているようです」


「ヨリチカ殿の目当ては何だ?」

「オサの湊に残っているフラニス国の商品だと思われます」

「まさか、大麻を狙っているのではないだろうな」


「そうではなく、フラニー人たちは、湊の倉庫に大量の火薬と石炭を備蓄していたようです」

「ふむ、フラニー人が火薬と石炭を備蓄していたのは、不思議ではないが、ヨリチカ殿はどうやって知ったのだろう。それが不思議だ」


 ヨリチカは一筋縄ではいかない人物であり、何らかの手段で情報を手に入れたのだろう。それは良いとして、ハン王はオサだけを手に入れてどうするつもりなのだろう?


「ハン王は、自分がオサに行って声を上げれば、チュリ人たちが喜んで集まってくると考えているようです」

 悲しくなるほど空虚な自信だった。結果が目に見えるようで、哀れである。


 俺は船奉行のツツイを呼んだ。

「上様、遠征艦隊の件でございましょうか?」

「そうだ。準備は進んでいるか?」


「後一ヶ月ほどで準備が整います。ですが、フラニス国の首都リスタルも砲撃すると聞きました。それは本当でございますか?」


「今回のコンベル国の件で、列強国が極東の国を舐めていると分かった。これを見過ごす事はできん。コンベル国を攻撃した報復として、フラニス国にも犠牲を払ってもらう」


「しかし、イングド国とフラニス国を攻撃すれば、連合して極東に攻めてくるかもしれません」

 ツツイもソウリンと同じ心配をしている。


「分かっている。だが、イングド国とフラニス国の軍事施設・造船所を破壊すれば、それを再建するには数年の歳月が必要になる。その頃にはアマト国海軍は、もう一段強化されるだろう」


「と言うと、サナダ型戦艦を超える戦艦を開発するのでございますか?」

「ああ、艦載砲を徹底的に改良して、その艦載砲の土台となる砲塔も開発する」


 俺が砲塔について説明すると、ツツイは何とか理解したようだ。

「砲塔のような重いものを搭載すると、船足が遅くなるのではありませんか?」

「そうだな。蒸気機関も改良して出力を上げる事になるだろう。石炭ではなく重油を燃料にするように変えた方がいいかもしれない」


「ですが、重油はアマト国でしか手に入りません」

 ツツイは他国へ行った時の燃料を心配しているようだ。だが、俺は新戦艦を極東海の守りとして使うつもりだった。


「次の戦艦は極東艦隊の主力になるだろう。航続距離よりも速度と砲撃力を重視したものにする」

「なるほど、極東海を守る艦隊という事ですな」


「将来の話はここまでにして、もうすぐ冬が来る。遠征艦隊の冬の準備も大丈夫なのだろうな?」

「その事でございますが、出発を春まで延期する事はできませんか?」


 俺はジロリとツツイを睨んだ。

「不安が有るのか?」

「冬の海は荒れると聞いていますので」

「だが、春に出発すれば、台風、向こうではハリケーン、の季節となる。不案内な航路でハリケーンと遭遇するのはまずい」


 ツツイが頷いた。

「分かりました。予定通りに遠征艦隊を出陣させる事にいたします」

「そうしてくれ。但し、航海中に何かあったならば、引き返すように指示してくれ」

「承知いたしました」


 ツツイが出ていくと、ホシカゲが俺に目を向ける。

「極東の辺境国が、列強国の首都を攻撃したと知った時、フラニス国の議員やイングド国の国王がどういう顔をするか、見とうございますな」


「さぞかし驚くだろう。そして、怒り狂うはずだ。だが、軍事施設・造船所を破壊すれば、すぐには反撃できない。その間に冷静になり、考えるだろう」


 自分たちの艦隊がアマト国や極東同盟国を攻撃した報復として攻撃されたという事実を、列強諸国が考え始めた時、初めて極東に住む者たちも同じ人間なのだと考え始めるのではないか。そうあって欲しいものだ。


 ホシカゲとの話を終えて、奥御殿に戻ると妻のフタバと子供たちが出迎える。

「父上、学校で星について学んだのですが、本当に太陽と同じものなのですか?」


 俺は笑顔になって頷いた。

「そうだ、同じものだ」

「でも、夜にしか見えません。太陽と同じなら昼間に見えるはずです」


 七歳になったばかりのハヅキは、星の事が不思議だったらしい。

「昼間でも星は輝いている。だがな、昼は太陽の光が強すぎて見えぬのだ」


 ハヅキは頷いたが、本心から納得した訳ではないようだ。今度大掛かりな実験でもやってみようかな。

「そんな事より、夕食にしましょう」

 フタバがハヅキの肩に手を置いて、食堂へ歩き出す。俺もフミヅキと一緒に食堂へ向かった。


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