第264話 遠征艦隊

 中東から西へ行くアマト国の商船が増えた。アマト国海軍が確保した寄港地に石炭や食料を運び込んでいるのだ。


 そして、冬が始まった頃、列強国遠征の準備が整う。万全の準備をした遠征艦隊がアマト国を離れ、列強国へ向かった。


 その陣容はサナダ型戦艦五隻、アケチ型巡洋艦八隻、小型艦艇が十二隻、輸送艦五隻という編成である。


 遠征艦隊の旗艦では、総指揮官のソウマ提督が副官の一人であるイサカ・サコンと話していた。

「サコン、上様から遠征の様子を報告しろ、と言われているのか?」


「そうではありません。上様からは自分の目で列強国を見て来い、と言われているだけです。それに写真を撮って来いと言われています」


「写真、それは何だ?」

「光に反応する薬品を硝子板に塗って、湿板というものを作り、カメラというレンズが付いた箱の中に入れて、光景を写し取るものです」


 ソウマ提督は理解できなかったようだ。サコンが現像した写真をソウマ提督に見せると驚いた。ホクトの交易区の風景が紙に写し出されていたからである。


「これが写真か、絵とは違うものだな」

「はい、絵ではこれほど精密なものは描けません。上様は列強国の様子を知りたいというので、影舞たちに写真を撮るカメラを持たせているようです」


 ソウマ提督が首を傾げた。

「影舞たちが既に写真を撮っているのなら、必要ないのでは?」

「いえ、砲撃前の町の様子を撮ったものと、砲撃後の町の様子を撮ったものが欲しいと言われました」


「なるほど、砲撃でどれほどの被害を与えたか、知りたいと思われたのだな」

 サコンが報告するより、正確な状況を把握したいという事だ。ソウマ提督は厳しい顔になった。


 遠征艦隊は極東海を抜け、中東の海に入った。そして、アボリカという地域の海岸沿いを進み始める。このアボリカは、昔はアフリカと呼ばれていたらしい。だが、大変動の時に南半分が海に沈み、現在はアボリカという地名に変わった。


 そのアボリカの国々は、列強諸国の植民地となっている。ただ全ての国々は植民地になった訳ではなく、国として生き残ったところもあった。


 アマト国が寄港地にしたのは、そういう生き残った国の湊だった。それは小さな島や砂漠の国などの場合が多く、列強国の食指が動かなかった場所だ。


 海が荒れた日もあったが、遠征艦隊は無事に列強諸国がある地域にまで到達する。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 イングド国の首都アドラムでは、バンジャマン王がギボンズ軍務卿を呼んで話をしていた。

「海軍を立て直すには、どれほどの時間が必要だ?」

「最低でも、四年は必要かと思われます」


 バンジャマン王が渋い顔して溜息を漏らす。

「フラニス国は極東海から叩き出されたと聞いた。極東の辺境国には、手を出さぬ方が賢明だったようだ」


 軍務卿は今更遅いと思ったが、口には出さなかった。

「我が国でも、鋼鉄製の船が造れそうか?」

「第一艦隊の生き残りから聞き出した敵艦の特徴から、学者どもが建造方法を考え出しました。それによれば、リベット接合という方法で、鋼鉄の板を張り合わせ、船を建造するのだという事です」


「方法はどうでもいい。造れるかどうかが問題なのだ」

「その方法ならば、木造船より大きな船を建造できるという話でした」

「なるほど、極東の猿どもが浅知恵を出して開発したとは思えんな。後ろに誰か居るのではないか?」


「誰かというと、孤立主義とか申して、国内に引き籠もっているユナーツの連中ですか?」

「そうだ。あいつらは我々が送り出した交渉団の全てを送り返しおったからな」


「しかし、我々が鋼鉄船を建造できるようになれば、その戦力であいつらを交渉の場に引きずり出してやれます」


「ふふ、そうだな。そうなれば、ユナーツの連中が支配している広大な土地を奪えるかもしれん」

「ユナーツには、石炭が豊富にあると言われております。その炭田が手に入れば、膨大な利益となるでしょう」


 バンジャマン王とギボンズ軍務卿が『取らぬ狸の皮算用』的な話をしている時、アマト国海軍遠征艦隊が、首都アドラムの近くまで迫っていた。


 そして、湊で働いていた人々が遠征艦隊を見付けた時、大騒ぎになった。その事は王城へも知らされる。

「陛下、大変でございます。湊に正体不明の大艦隊が近付いています」

 バンジャマン王が顔を強張らせた。


「それはフラニス国か、アムス王国の艦隊なのか?」

「分かりません。ですが、その艦隊の主力艦は鋼鉄船だと思われます」

「馬鹿な! 鋼鉄船と言えば、極東の猿どもの船ではないか。あり得ん」


「軍務卿、確認せよ」

 国王の命令で軍務卿は、部下を湊に走らせた。その部下が青い顔をして戻ってくる。


「陛下、あれは間違いなくアマト国の艦隊です。極東から攻めて来たのです」

 その部下は第一艦隊の生き残りだった。軍務卿が選んで確認に向かわせたのである。


「軍務卿……奴らは何のために、アドラムへ来たと思う?」

 そう尋ねられた軍務卿は青褪めた顔で、

「これは自国を攻撃された報復のために来たとしか思えません。陛下、臣民に避難命令を」


「その前に、何とかするのが貴様の仕事だろう。海軍は何をしておるのだ?」

「現在、首都には少数の軍艦しか残っておりません。第二艦隊は海賊狩りに出ているのです」

「すぐに呼び戻すのだ」


 国王の命令は実行された。だが、無線式の電信機を所有していないイングド国では間に合わない。例え無線式の電信機があったとしても、間に合わないと軍務卿は判断した。


 国王は城の最上階にある展望台へ登った。アマト国から輸入した望遠鏡を使って湊を見る。自国の軍艦とは少し異なる軍艦が湊で暴れていた。


 イングド国の軍艦が勇敢にも立ち向かったのだが、残っていた軍艦は旧型で少数だった。アッという間に海に沈められてしまう。


 その様子を展望台から見ていた国王は、拳を壁に打ち付けた。その手から血が流れ落ちる。

「陛下、冷静に」

 軍務卿の声が響いた。


「冷静でいられる訳がなかろう。何か方策が有るとでも言うのか?」

 尋ねられた軍務卿が目を伏せた。そんな方策など思い付かなかったのだ。


 その時、伝令が走ってきて紙を国王へ渡した。

「何だこれは?」

「はあはあ……て、敵艦から町に飛んできた矢文でございます」


 それを読んだ国王の身体が震えた。落ちた矢文を拾った軍務卿が読むと、イングド国がアマト国を砲撃し無辜むこの民を殺した報復として、首都アドラムを攻撃すると書かれていた。


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