第261話 パンチャナ沖海戦

「その電信機というのは、どこにある?」

「アマト国が同盟国にも教えないものだ。我々も知らない」


 ジョルジュ少佐が提督に顔を向けた。

「如何いたしますか?」

「アマト国海軍が、援護に駆け付けるとしても、グルサからだろう。到着するまでに時間が掛かるはずだ」


 提督は族長たちを拷問し、何とか署名させようとした。だが、族長たちはかたくなに拒否する。無駄に時間が過ぎて、陽が西に沈もうとする頃、見張りの水兵が船を見付けて報告した。


「艦長、戦闘艦と思われる数隻の船が近付いてきます」

 その報告を聞いた旗艦艦長のギャロワ中佐が、提督に報告した。


「チッ、アマト国海軍の連中か。早すぎる」

「提督、戦いますか?」

「敵の規模はどれほどだ?」


「我が方の三十二門艦と同等だと思われる軍艦が三隻、それより一回り小さなフリゲート艦だと思われるものが五隻で、後は小型艇だと思われます」


 ギャロワ中佐が三十二門艦と同等と判断したのは旧型装甲巡洋艦であり、フリゲート艦だと判断したのは旧型装甲砲艦だった。


「その程度なら勝てるな」

「提督、私は逃げるべきだと考えます」

 それを聞いたジョルジュ少佐が顔を歪める。


「馬鹿な……提督は勝てると仰られたのだぞ。勝ち戦なのに、逃げてどうする!」

「この海戦で勝てたとしても、アマト国海軍は本格的な艦隊を編成して、オサに攻め込んでくるでしょう」


 その言葉を聞いた提督が顔をしかめた。

「艦長はアマト国海軍と戦いたくないというのだな」

「最終的に負ける戦いは、避けるべきだと言っているのです」


 提督が頷いた。

「なるほど、君の言いたい事は理解した。だが、あまりにも消極的だ。敵艦隊を撃破し、多くの敵艦を拿捕すれば、族長たちが言っていた電信機も手に入るかもしれない。これはチャンスなのだ」


 バルニエ提督が戦闘準備を命じる。それを聞いたジョルジュ少佐がニヤリと笑う。ギャロワ中佐は溜息を漏らした。


 アマト国海軍の艦船を見ていたギャロワ中佐は、おかしな事に気付いた。後方に居た小型艇八隻が味方の主力艦を追い越し、前に出てきたのである。


 煙突から煙を出しているので動力船だと思われるが、外輪船ではない。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 コンベル国のグルサに停泊していた派遣艦隊は、数隻の軍艦を残してパンチャナに向かった。パンチャナがフラニス国海軍から攻撃されているという報せが入ったのだ。


 派遣艦隊を指揮しているのは、トオノ・マサチカ海将である。提督であるクゼ・ヒデノリの弟子のような存在で、優秀な艦隊指揮官だ。


「トオノ海将、砲戦だとこちらが不利ではありませんか?」

 ムラカミ参謀が声を掛けた。

「分かっている。だが、今回の主力は、アサギリ型魚雷艇だ」


 チガラ海軍基地で開発されたアサギリ型魚雷艇は、焼玉エンジンを載せたスクリュープロペラ船である。二本の魚雷発射管と手回し式多砲身機関砲一門が搭載されており、その魚雷一発で大型軍艦を沈めるだけの威力を持っていた。


 そのアサギリ型魚雷艇八隻が、艦隊の前方に飛び出しフラニス国海軍の主力艦を目指して速度を上げた。搭載されている焼玉エンジンが、快調にポンポンというエンジン音を響かせる。


 敵のフラニス国海軍の連中は、魚雷艇の存在に戸惑っているようだ。こんな小さな船を近付けさせるなど自殺行為だと思っているのだろう。


 しかし、この小柄な船は強烈な毒を持っていた。戦列艦に近付いた三隻の周りに砲弾が集まり始める。魚雷艇の近くに落ちた榴弾が海水を噴き上げて爆発すると、魚雷艇が大きく揺れた。


 それでも懸命に戦列艦に近付こうとする魚雷艇の様子を、トオノ海将が旗艦の上でジッと見守っていた。


「もう少しだ。行け行け!」

 水兵の声が耳に届いた時、一隻の魚雷艇から魚雷が投下された。海に入った魚雷は戦列艦に向かって海中を進み始める。


 戦列艦の敵兵たちには、何をしているか分からなかったはずだ。時刻は夕方であり、薄暗くなっている。魚雷艇が海に何かを落とした事は分かっただろうが、それが意味するところは理解できなかったはず。


 魚雷を投下した魚雷艇が舵を切って敵から逃げようとする。それを逃すまいと砲弾を撃ち続けるフラニス国海軍艦隊。


 だが、魚雷の一発が戦列艦に命中した時、大きな火柱が立ち昇り強烈な爆発音が海上に響き渡る。その後も魚雷の命中が続いた。


 魚雷艇は一隻に二本の魚雷を積んでおり、その二本を同時に投下した。八隻で合計十六本である。そして、命中したのは五本。戦列艦に二本、三十二門艦に三本だった。


 被弾した敵艦の甲板では、狂ったように大騒ぎしている敵兵たちが見える。ただ魚雷艇も無傷ではなかった。あまりにも近付きすぎて、敵の砲弾を浴びてバラバラになった魚雷艇が二隻出た。


 トオノ海将は瞑目してから、総攻撃を命じた。装甲巡洋艦が戦列艦に襲い掛かり、装甲砲艦が三十二門艦に艦載砲を向けた。


 魚雷攻撃で混乱していたフラニス国海軍艦隊は、この砲撃で大きな被害を出した。しかし、フラニス国海軍が敗北した訳ではない。


 大きな被害を出しながらも立ち直ったフラニス国海軍艦隊は、派遣艦隊に向けて砲撃を始めた。だが、反撃を始めた直後に日が落ちて、海戦が終わった。


 フラニス国海軍はチュリ国のオサに戻り、派遣艦隊はパンチャナの湊に入り被害状況の調査を始めた。その調査の結果、族長たちがフラニス国に捕らえられた事が判明。


 その情報がホクトに報告された。その報告を聞いたソウリンが、慌てて登城する。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「上様、コンベル国の族長たちがフラニス国の連中に捕らえられたというのは、本当でございますか?」


「そのようだ。困ったものだ」

「申し訳ございません。用心するように言ったのですが」


 俺はソウリンの責任ではないと慰めた。

「族長たちは、敵を前にして逃げたくないという気持ちが強かったのだろう」


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