第260話 コンベル国の族長たち

 チュリ国のオサを出たフラニス国海軍のオサ駐留艦隊は、コンベル国の首都パンチャナに近付いた。そこにはコンベル国海軍の艦艇が待ち構えていた。


 アマト国から警告を受けて、待ち構えていたのである。コンベル国の軍艦は、フラニス国の軍艦と比べて小さかった。


 コンベル国のダオ提督は、間近でフラニス国海軍の戦列艦を見て、顔を強張らせる。

「戦列艦とは、これほど大きなものだったのか?」


 ダオ提督も海軍の幹部として、戦列艦の大きさくらいは知っていた。だが、戦場で見る戦列艦の大きさは違うように感じたのだ。


 オサ駐留艦隊が砲撃を開始。砲弾が近くに落ちて大きな水飛沫を上げる。ダオ提督は一刻でも早く敵船に取り付くように命じる。


 ダオ提督たちが距離を詰めようとして間に、砲弾の一発がコンベル国海軍の一隻に命中した。甲板に命中した榴弾は近くの水兵たちを巻き込んで爆発。その船から炎と煙が上がり始める。


「アマト国海軍の者たちは、こんな化け物と戦って勝ったのか?」

 ダオ提督はコンベル国海軍とアマト国海軍の実力の差は、それほどないと思っていた。だが、アマト国海軍がコンベル国に送った軍艦は二線級のものだったようだ。


 コンベル国海軍の軍艦が懸命に距離を詰めようとすると、敵軍艦からの砲弾が命中するようになった。次々に炎を噴き上げ海に沈む味方の船を、歯を食いしばって見守るダオ提督。


 そして、もう少しで敵船まで手が届くという時に、フラニス国海軍の軍艦から単発銃による一斉射撃が行われた。


 その一撃で多くのコンベル兵が死んだ。

 コンベル国海軍は敗北した。ダオ提督が乗る旗艦ともう一隻だけが逃げ切り、残りのコンベル国海軍の軍艦は全て沈んだ。


 それを確認したオサ駐留艦隊のバルニエ提督は、パンチャナへ向かえと命じる。

「提督、コンベル国海軍はゴミみたいな存在でしたね?」

 ジョルジュ少佐が提督に声を掛けた。


「ふん、辺境国の海軍など、こんなものだ」

「次はパンチャナの町を火の海にしてやります」

「おいおい、族長たちを捕らえるというのを忘れるな」


「そうでした。必ず捕らえてコンベル国を手に入れましょう」

 オサ駐留艦隊がパンチャナの湊に近付き艦載砲を町に向けた。バルニエ提督は町を睨んで、砲撃開始の命令を下す。


 舷側に並べられた艦載砲が一斉に火を吹き、連続した凄まじい発射音が海岸線に響き渡る。榴弾が宙を舞い町へと飛翔して、民家に着弾する。


 爆発音が響いて屋根が吹き飛んだ。避難せずにパンチャナに残った住民が、右往左往する。その光景を見たバルニエ提督が、どんどん撃ち込めと命じた。


「提督、部下を率いて上陸します」

「必ず族長たちを捕らえろ」

「承知しました」


 ジョルジュ少佐が二百名の部下を率いて、上陸し族長討議堂へ向かった。そこに族長たちが集まっているはずなのだ。


 情報通り族長たちは族長討議堂に集まっていた。三百人ほどの兵で警備していたが、そこにフラニス国の兵が攻め込んだ。


 単発銃の攻撃でコンベル兵が次々に倒れ、族長たちも戦ったが、そのほとんどが捕縛された。族長たちはオサ駐留艦隊の旗艦に連行され、バルニエ提督の前に引き出される。


「ティック議長は誰だ?」

 バルニエ提督が桾国語で尋ねた。アマト国が台頭する前は、極東へ行くなら桾国語の学習は必須だと言われていたので、フラニス国海軍の将官たちは桾国語を話せるのだ。


 そして、もちろん族長たちも話せる。

「私がティック・ティ・ハンだ」

 ティック議長が鋭い目で提督を睨んだ。


 ジョルジュ少佐がティック議長を殴った。

「提督に、そのような目を向けるとは無礼だ」

 口から血を流して倒れたティック議長が立ち上がる。


「極東同盟が黙っていないぞ」

 バルニエ提督がティック議長に顔を向けた。

「その前に植民地条約を結べばいいのだ」


 提督が植民地条約に署名させてやると伝えると、ティック議長が笑った。

「馬鹿な事を……祖国を植民地とするような書類に、我々が署名するとでも思っているのか?」


「ふん、強がっていられるのも、今のうちだ」

「どういう意味だ?」

「私の部下が、お前たちの家族を探しに行ったぞ。人はそんな強い存在ではない。家族が殺されると思えば、祖国の事より家族を優先するのが人間だ」


 ティック議長が唇を噛み締めた。何もかもが、ソウリンが言った通りになったからだ。同盟国会議を開いて、フラニス国を同盟の敵国認定するべきだった。


 今更、後悔しても仕方がない。潔く死のうとティック議長は覚悟する。

「まず、議長から署名してもらおう」

 提督は甲板に机と椅子を持ってこさせ、机の上に書類を載せる。


「絶対に署名などしない。無駄な事だ」

「ほう、そういうのなら、フラニス流の責め苦に耐えられるか試してやろう」


 提督は鞭を持ってこさせた。この鞭はフラニス国海軍で使われる伝統的なものである。提督は水兵の一人に鞭でティック議長の背中を叩かせた。


 鮮血が飛び散り、ティック議長の背中に赤い線が刻まれる。十回ほど叩かれた議長の目が虚ろなものになっていた。痛みで意識が飛びそうになっているのだ。


「どうだ。署名する気になったか?」

 提督の冷たい声が響いた。ティック議長が弱々しく首を横に振る。

「まあ、いいだろう。他の族長たちにも聞いてみよう」


 捕らえられた七人の族長たちが鞭打たれ、血を流して甲板に倒れた。提督は族長たちの家族を捕らえに行った船が戻ってくるのを確認した。


「ほう、全員が鞭の痛みを耐えたか。いいだろう、次は家族の命と祖国を天秤に掛けて、どちらを取るか確かめさせてもらおう」


 その時、士官の一人が提督とジョルジュ少佐の傍に来て報告した。

「提督、族長たちの家族は全員が避難しておりました」

「何だと……」

 ジョルジュ少佐が目を吊り上げて、ティック議長を睨んだ。


「睨んでも無駄だ。家族はアマト国の忠告で逃した。……どうする? もうすぐアマト国海軍が来るぞ」

「馬鹿な、まだ時間が有るはずだ」


「そうかな。お前たちはアマト国の電信機というのを聞いた事がないのか?」

 バルニエ提督の顔が厳しいものに変わった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る