第259話 オサの襲撃
コンベル国の首都パンチャナでは、住民の避難が始まった。多くの者は南のグルサ経済特別区へ向かう。但し、パンチャナの住民の中には、そんな騒動を無視している者たちも居た。
族長を殺された者たちである。彼らは復讐の念に燃え、どうやってフラニー人を殺すか作戦を立てていた。族長会議のティック議長は冷静になれと伝えたのだが、聞く耳を持たなかった。
その者たちの纏め役が、父親であるフェナン族長を殺されたティエンだった。
「今度こそ、敵を討つ。そのためにはフラニー人に気付かれぬように、チュリ国へ上陸する必要がある」
ティエンの片腕となっているフォンが頷いた。
「前回は待ち伏せされて、仲間が死んだ。今度は必ず復讐してやる」
ティエンたちは仲間と武器を集め、船に乗ってチュリ国へ向かった。チュリ国の湊町オサの西にテグハンという寒村がある。
ティエンたちは、夜中にテグハンに上陸。総勢五十名ほどの兵たちが、山越えの道を進み始めた。山を越えたティエンたちは、そのまま東に進んだ。
「ティエン殿、今度もオサの総督府を襲撃する予定ですが、本当に良いのか?」
オサが近付くにつれて不安になったフォンが確認した。
「どういう意味だ?」
「また待ち伏せを食らうのではないかと、思ったのです」
「確かに、その恐れはあるが、その場合は海からの攻撃を予想して待ち伏せているだろう。我々は裏をかいて逆側から襲撃する」
フォンが納得した顔になる。
「なるほど、そういう事ですか」
コンベル国の者たちが、山側からオサに入ると警備の兵などは居なかった。海側を重点的に警備しているのだろう。
オサの中心近くまで侵入したティエンたちは、総督府の近くで警邏中の兵と遭遇した。
「何者だ?」
フラニス国の兵が
敵を殺した事で全員が興奮して慎重に進む事ができなくなったのだ。十数人の兵で守られていた総督府に襲い掛かり、警備の兵を殺して中に躍り込んだ。その結果、新任の総督は殺され多くのフラニー人が帰らぬ人となった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
この事を知ったオサに駐留しているフラニス国海軍の将兵は激怒した。
冷静に考えれば、自分たちがやった事をやり返されただけの話である。だが、選民思考の強いフラニー人は、極東の原住民に高貴なフラニー人が殺されたと考えた。
許すべき事ではないと感じたのだ。オサに停泊しているオサ駐留艦隊の指揮官であるバルニエ提督は、主だった将校を集めて会議を開いた。
「提督、このような暴挙が許されるはずがありません。総督を殺したコンベル人どもを罰しなければ」
「分かっている。我が艦隊はパンチャナを攻撃する」
部下の一人が慎重論を唱えた。
「お待ち下さい。コンベル国は極東同盟の一員です。アマト国が出て来るかもしれません」
「ギャロワ中佐、アマト国が怖いのか?」
提督の幕僚であるジョルジュ少佐が、馬鹿にするような目をして言った。
「怖い、怖くないの話ではない。アマト国海軍の戦力は我々の艦隊より上です。その点についても考慮して行動せねばならないと言っているのです」
バルニエ提督が頷き、
「コンベル国は、なぜか同盟国会議を開こうとしないらしい。今ならコンベル国を攻撃しても、同盟の条約に縛られたアマト国は手を出せない」
ギャロワ中佐が首を振った。
「それは違いますぞ。同盟国が他国に攻撃された場合、自動的に同盟諸国は援軍を出せるはずです」
ジョルジュ少佐が鼻で笑う。
「それは同盟国を守るために、援軍を出せるというだけです。同盟国会議を開かなければ、オサを攻める事はできない」
極東同盟の条約に、こういう条項を組み込んだのはコンベル国の要望だった。部族の掟を考慮して、こうなったとジョルジュ少佐は聞いていた。
「しかし、コンベル人たちに砲弾を浴びせるだけで、土地を占領できないという事ですか?」
将校の一人が不満そうな声を上げる。
「コンベル国を攻撃すれば、アマト国海軍が動き出す。我々は素早く戻らねばならない」
提督が仕方ないというように返事をした。
ジョルジュ少佐が薄笑いを浮かべて、
「それについても、考えがあります」
「聞こうじゃないか」
「コンベル国の族長たちを捕縛して、植民地の条約書に署名させるのです」
「おお、中東のベツラ王国で使った手だな。あの時は国王一人に署名させたと聞いた。だが、コンベル国に国王は居ない」
「ですから、なるべく多くの族長を捕らえて署名させるのです」
族長の署名が増えれば、その条約書の有効性が増すと考えたようだ。
バルニエ提督が艦隊の出港準備を急がせた。オサに停泊しているフラニス国海軍の軍艦は、戦列艦二隻、三十二門艦五隻というものだった。
ほとんど海軍力がないに等しいコンベル国を攻めるには十分な戦力である。準備が終わり、湊から軍艦が出たのを監視していた者が居た。
影舞のイゾウである。
「ホクトへ報せねば……また忙しくなりそうだ」
イゾウはオサの町に近い山の隠れ家に戻ると、電信機を使ってホクトへ連絡した。
ホクトだけでなく、コンベル国のグルサ経済特別区に駐屯しているアマト国海軍へも報せる。
「これでよし、グルサの守りは大丈夫だろう。だが、パンチャナはどうなるのだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます