第255話 大敗北の報せ

 敗走するイングド国海軍の第一艦隊を追って撃滅せよ、という命令を受けた迎撃艦隊はバイヤル島付近からチュリ国へ向かった。


 指揮官であるクゼ・ヒデノリは、厳しい顔で海を見ていた。

「クゼ提督、ここは寒いです。中に入りましょう」

 副官であるトオヤ・シゲノブが声を掛けた。


「ここに居ても仕方ないのは分かっているが、敵の第一艦隊がチュリ国へ逃げ込む前に捉えられるか、心配なのだ」


 第一艦隊がエナムの湊に逃げ込めば、簡単に手を出せなくなる。イングド国海軍はエナムの湊に砲台を築き、防備を固めているからだ。


「敵の艦隊より、我が艦隊の速度が上です。必ず先にエナムに到着して、その前方で待ち構える事ができるはずです」


「某もそう思うのだが、嵐で敵艦隊を見失ったり、敵が思わぬ場所を攻撃したりした。今回の戦は、アマト国に運がないように感じる」


「考え過ぎでございます。海戦は我らが勝利したではありませんか」

「そうだな。最後のトドメは、我らが決めてやろう」

 クゼの迎撃艦隊は第一艦隊より先にエナムの前方に展開する事に成功した。そして、待ち構えている迎撃艦隊の前にイングド国海軍の第一艦隊が飛び込んできた。


 その結果、生き残った第一艦隊の主力艦は全て沈み、その他艦艇の多くが海の藻屑となった。海戦はアマト国の大勝利となったのである。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 イングド国海軍の大敗北の報せは、イングド国へ報告された。国王バンジャマン二世は、報告したギボンズ軍務卿に怒鳴り声を上げた。


「馬鹿を申すな! イングド国海軍の精鋭が敗北したというのか? そんなはずがない」

 軍務卿が頭を垂れたまま、

「事実でございます。新型戦列艦とフリゲート艦が全て撃沈されたようです」


 バンジャマン王は顔を歪め命じた。

「会議を行う。主だった者を集めよ」

 軍務卿が低い声で返事をして出ていった。


 軍務卿から連絡を受けた財務卿や外務卿、それに軍の幹部が会議室に集まった。国王が部屋に入り上座に座る。その険しい顔を見て、皆が顔を強張らせた。


「軍務卿から、極東地域へ派遣した第一艦隊が、アマト国と戦い敗北したという報せを聞いた」

 軍務卿と国王以外の全員が驚いた。

「まさか、第一艦隊が敗北するなど、あり得ない」

 外務卿が声を上げる。


 国王が苦虫を噛み潰したような顔になる。

「余もそう思いたい。だが、敗北は事実だ」

 会議室に沈黙が広がった。


「一度の敗北で引き下がるような軍人は、海軍に居らんでしょう。また船を修理して戦えば良いのです」

 財務卿が声を上げた。それを聞いて、国王が不機嫌な顔になる。


「それが……第一艦隊の主力艦は全て海に沈み、大勢の将兵が死んだのです」

 軍務卿が沈痛な顔で説明した。


 会議室に悲痛な声が広がる。第一艦隊に親族が所属していた者も居たようだ。

「この大敗北の原因がわかっているのですか?」

 財務卿が軍務卿に尋ねた。


「敗北した理由は唯一つ……アマト国海軍が強かったのです」

 財務卿は納得できないという顔をする。

「第一艦隊に所属する主力艦の建造に、どれだけの巨額が投入されたか分かりますか? 普通の国なら財政が傾き、革命が起きるほどの金額だったのですぞ」


 軍務卿が頷いた。

「分かっております。ですが、アマト国の軍艦は、第一艦隊の主力艦より強かったのです」

「どう強かったのです? 我が戦列艦より艦載砲が多かったのですか?」


 財務卿の質問を聞いた国王も身を乗り出して、軍務卿の答えを待った。

「アマト国海軍の主力戦艦は、鋼鉄戦艦だったのです」

「鋼鉄戦艦……どういう事じゃ。我が方の戦列艦も鋼鉄板で防御力を高めていたはずではないか?」


「陛下、敵の戦艦は、木材を使わない鋼鉄だけで造った戦艦だったのです。我が方の砲弾は、鋼鉄の舷側に弾かれて海に落ちた、と聞いております」

 それを聞いた他の者が沈黙した。驚いて声も出なかったのだ。


「そんなものを建造できるはずがないと思っていたが、本当であったのか」

 外務卿がポツリと漏らした。軍務卿が鋭い視線を向ける。

「何か聞いておられたのですか?」


「フラニス国に潜入している諜報員が、極東で桁違いに凄い戦艦が建造されたという情報を入手し、報告を上げてきた」

「……なぜ、教えてくれなかったのです。確認するべきでしょう」


「信じられなかった。極東という辺境で、そんな戦艦が建造できるはずがない、そう思ったのです」

 情報を入手しながら、確認をおこたったという外務卿を国王が睨んだ。


 外務卿は顔を青褪めさせ、

「戦艦を鋼鉄にしただけで勝てるとは思えません。艦載砲はどうなのです?」

「数は少なかったようですが、射程が長く命中率が高かったようです」


「ならば、接近戦に持ち込めば、良かったであろう」

 国王が不満そうな顔で軍務卿に確認した。

「残念ながら、敵艦は強力な蒸気機関を備えており、我らの戦列艦より速度が出たそうでございます」


 距離を縮められず、敵の砲弾だけが命中するという状況が続き敗北した、と聞いた国王が溜息を漏らす。


 軍務卿が国王に視線を向けた。

「アマト国は、手を出すべき国ではなかったのです」

「そうだな。今は手を出すべきではなかった」


 軍務卿が首を傾げる。

「『今は、』でございますか?」

「そうだ。我が国も鋼鉄戦艦を建造し、射程が長く命中率の高い艦載砲を開発したならば、その時こそ今回の屈辱を晴らす」


 財務卿が頷いた。

「アマト国が極東の辺境国で良かった。これが列強国であれば、この本国にまで来て攻撃したでしょう」

 全員が同意する。国王も同じだった。


「財務卿の言う通りだ。列強国ならば、首都アドラムを攻撃したであろう。強力な戦艦を開発したのが、辺境国であって幸いだった、と思わねばならんな。だが、第一艦隊が沈められたのは……無念である」


 その後、第一艦隊を失った事で空いた防備の穴をどうするか、という話に進んだ。フラニス国とアムス王国の戦いが終る頃には、第一艦隊を本国に戻す予定だったのである。


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