第254話 報復の時
嵐で北に流されたイングド国海軍の第一艦隊が、ミケニ島に近付いた。第一艦隊の狙いはホクトへの攻撃である。ホンナイ湾に侵入して、首都であるホクトに砲弾を撃ち込もうというのだ。
だが、嵐で流された時に航路計算が狂ったらしく、ホンナイ湾ではなく東にあるミルガ湾に侵入してしまった。ホンナイ湾の入り口で待ち構えていたアマト国海軍の守備艦隊は、肩透かしを食らった格好である。
ミルガ湾に侵入したイングド国海軍の第一艦隊は、発見した町に砲弾を撃ち込み始めてから、それがホクトでない事に気付いた。
多数の砲弾がヒュウガの町に飛び込んで爆発する。住民が爆風を受けて吹き飛び、家や店舗が破壊された。人々は悲鳴を上げて逃げ始める。
最初の砲撃で数十人の人々が死傷した。そして、二撃目、三撃目で死傷者の数を増やす。その頃になって、コリンソン提督の中止命令が届いた。
「馬鹿者、あれはホクトではない」
コリンソン提督が怒鳴り声を上げて、第一艦隊はミルガ湾を出て西に向かう。攻撃されたヒュウガの電信局支部からホクトへ特別警報が送られた。
その特別警報で第一艦隊の位置を把握した守備艦隊は、ホンナイ湾を出て東に向かった。守備艦隊の指揮官はソノダ海将である。その副官を務めるのは小姓だったイサカ・サコンだ。
「ソノダ提督、守備艦隊で敵の第一艦隊を撃破できるでしょうか?」
主力艦であるサナダ型戦艦とアケチ型巡洋艦は新型だったが、その他艦艇は旧型の戦闘艦なのだ。それを心配したサコンの質問だった。
「心配するな。相打ちになっても、敵艦隊を沈めてみせる」
安心できない言葉が返ってきたので、サコンは顔を曇らせる。敵の主力艦と味方の主力艦を比べると艦載砲の数では、敵が圧倒的に多い事が分かる。
その代わりに味方の艦載砲は、射程が長く命中率が高かった。艦の速度は味方が速いので、速度と艦載砲の射程の長さを活かす戦術で戦えば勝てると言われている。
ただその戦術を簡単に許してくれるほど、敵は甘くないはずだ。
「敵艦隊を発見!」
見張りの水兵が大声を上げた。
もちろん先制攻撃はアマト国海軍側である。二十センチ速射砲が火を噴いた。砲弾が第一艦隊の上を飛び越えて海に落下。サナダ型戦艦では速射砲の角度を微調整しながら、次々に砲弾を撃ち始めた。
十二センチ後装式ライフル砲も砲撃を開始すると、敵艦隊からも砲弾が飛んでくるようになった。そして、二十センチ速射砲の砲弾が戦列艦に命中した。凄まじい爆発で火柱が舞い上がり黒い煙を吐き出し始める。
「よし、やった」
サコンが喜びの声を上げた。その瞬間、旗艦の船尾にガーンと敵の砲弾が命中した。だが、鋼鉄製の船体は弾き返した。
一瞬で顔を強張らせたサコンは、胸を撫で下ろす。その後も砲弾による殴り合いが続いた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
イングド国海軍の第一艦隊とアマト国海軍の守備艦隊が戦った結果が、ホクトにもたらされたのは夜中だった。
俺は寝ないで報せを待っていた。
「上様、味方が勝ちましたぞ」
クガヌマが叫びながら走って来る音が聞こえた。俺はホッとして肩の力を抜く。
大広間には数人の評議衆と奉行などが、座って結果を待っていた。その中から明るい声が上がる。クガヌマが大広間に入り、俺の前に座る。
「敵の戦列艦三隻とフリゲート艦四隻を撃沈、他の艦艇にも大きな被害を与えたようです」
「味方の被害はどうだ?」
クガヌマが唇を噛み締めてから告げる。
「アケチ型巡洋艦三隻と他の旧型艦四隻が沈み、大勢の戦死者が出たようでございます」
俺は目を瞑り耐えた。覚悟していた事だ。だが、時間を掛けて育て上げた将兵が死んだと聞くと、掛け替えのないものをなくしたと感じ心が痛んだ。
「残りの敵艦隊はどうした?」
俺が尋ねると、クガヌマが厳しい顔で答える。
「チュリ国へ向かったようです。エナムの湊で艦艇を修理するのでござろう」
修理と聞いて、目が吊り上がった。
「そんな事は許さん。迎撃艦隊に連絡して追い掛けさせろ。全艦艇を海に沈めてしまえ」
「ハッ」
クガヌマはホクト城にある電信室へ走って行った。それを見送ったトウゴウが、俺に視線を向ける。
「上様、落ち着いてください。まだ味方の艦隊をどうするかが、残っておりますぞ」
俺は『分かっている』というように頷き、海軍のソウマに目を向けた。
「本来なら、その方に命じるべきものだった。すまんな。……守備艦隊の負傷兵を助けねばならん。負傷者が多い艦はホクトへ、それ以外はチガラ湾の海軍基地に向かわせろ」
一番医者が多い場所がホクトであり、次が海軍基地だったからだ。海に投げ出された者の捜索と救助活動もしなければならない。
大きな指針を示してから、後は海軍のソウマたちに任せた。
イサカ城代がお茶を持ってくるように命じる。お茶が運ばれて、それを飲むと心が落ち着いた。
「上様、敵の艦隊を沈めた後、どうされますか?」
その質問を聞いた俺は、ここに居る皆の顔を見回した。そこには怒りがあり、敵艦隊を沈めたくらいでは許さないという意志があった。
「ヒュウガでは、
「それでは遠征艦隊を出すのでございますか?」
トウゴウが確認した。
「そうだ。列強国の指導者たちに、アマト国に手を出せば、
部屋の中に居る全員が賛成した。
「ですが、本当にイングド国まで辿り着けるでしょうか?」
船奉行であるツツイが不安そうな声を上げた。
「石炭や水、食料などの補給地は用意した。実際に交易船は列強国まで航海している。問題ない」
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