第256話 イングド国の混乱
バンジャマン王は軍務卿へ視線を向けた。
「フラニス国とアムス王国の戦いは、どうなっておる?」
「国境線での戦いが激しくなっております。ただ戦死者の増大に伴い、厭戦気分が庶民の間に広まっているようでございます」
「そうなると、戦争も終盤か。予想したほど長引かなかったな」
「しかし、両国の国力はかなり落ちております」
海軍の艦艇は二割ほどが沈み、その他の艦艇も損傷した。陸戦では五万を超える兵が死んだと軍務卿は報告した。
それを聞いたバンジャマン王は喜びを見せなかった。第一艦隊もイングド国海軍の二割ほどに相当したからだ。列強国同士のパワーバランスが、イングド国優勢になると予想していたのだ。
軍務卿が何かを思い出したかのような顔をする。
「陛下、先ほど極東での海戦で敗れた原因ですが、一つ言い忘れておりました」
「何だ?」
「アマト国が持つ、電信機でございます」
「電信機……アムス王国で使われ始めたと聞く機械か?」
「そうでございます。一瞬で遠方に報せを伝えるために、使われております」
国王が頷いた。この時はまだ電信機の意味を、国王は分かっていなかった。
国王は不審げな顔をする。
「それが極東での戦いとどう繋がるのだ?」
「第一艦隊の将兵の中に、艦隊を付けて来る船があったと証言する者がおります。その船がアマト国の船であり、電信機が積んであったとしたら、我らの艦隊の位置が敵に知られていた、と思われます」
「ん、待て。電信機は発信側と受信側をケーブルで繋がないと動かないものだと聞いた。船は無理であろう」
「陛下、アマト国の電信機は、電気の力を空に飛ばして、信号をやり取りする機械だそうでございます」
「ケーブルが必要ないというのか?」
軍務卿が肯定する。国王が考え始めた。
「それは、どこまで通信可能なのだ?」
「分かりませんが、かなり遠くまで通信できると思われます」
「その電信機を持っている国が有れば、多くの事が圧倒的に有利になる。そういう事なのか?」
「はい。戦争ならば、艦隊が湊を出た直後に、敵がその事を知るのです」
国王が軍務卿を睨みつける。
「我が国で、その電信機を作れるか?」
「アムス王国が持つ電信機なら作れると思われます。ですが、アマト国の電信機は難しいと思われます」
「アマト国から盗み出す事も難しいのか?」
「イングー人がアマト国へ入る事も難しくなっており、アムス人や桾国人に頼むしかないですが……」
国王が渋い顔をする。
「アムス王国へ頼むのはまずい。それが本当に重要な技術なら、盗み出しても我々に渡さないかもしれない」
「しかし、桾国人もホクトの交易区から、チトラ諸島の難民村に移され、本当に商売に来た商人しか残っておりません。このような汚れ仕事を引き受ける桾国人は居ないでしょう」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ホクトでは、ミケニ島の六倍の広さがあるハチマン島の発見に沸き上がっていた。土地を持たない小作人たちは、ハチマン島へ行けば自作農になれるかもしれないと夢見たのである。
こういう夢を持つ人々を、俺は嫌いではない。だが、ハチマン島にある土地は未開の地なのだ。生活できる基盤もなければ、飲水さえない土地もある。
俺はまず炭鉱の町を建設する事にした。炭鉱から近い湾に湊町を建設し、炭鉱と湊町を繋ぐ道路を建設する計画を建てた。
その計画を考えていた時、海軍のソウマが報告に来た。
「急ぎの報告なのか?」
「チトラ諸島で建設中のクルル難民村で問題が起こりました」
クルル島に建設している難民村だ。
「何が起きた?」
「大勢の桾国人が乗った船が、難民村に到着したそうでございます。桾国人の話では、まだまだ増えると言っております」
俺は首を傾げた。桾国で特別な事が起きたとは聞いていない。なぜ急に増えた?
「理由は?」
「桾国の首都ハイシャンに避難した難民を、晨紀帝が追い出すように命じたからでございます」
ハイシャンから追い出された難民たちは湊町のナンアンへ向かい、そこからクルル島を目指したようだ。
「クルル島の難民村の事は、桾国へ知らせていないはずだが?」
「桾国人の商人たちが、難民に知らせたようでございます」
俺は顔をしかめた。
「余計な事を……何人くらいがクルル島へ来そうなのだ?」
「二十万人ほどになるかと思われます」
予想より多かった。
「追い返すか」
「かなりギリギリの状態で、クルル島に来る桾国人も多く、追い返した場合、死者が出るかもしれません」
死者と聞いて追い返す事をやめた。人道的な面からためらった訳ではない。アマト国の評判を考え、この連中を何か利用できないかと思ったのだ。
「分かった。受け入れろ。但し、晨紀帝が非道な支配者だと教え込め」
第一艦隊が敗北したイングド国軍に動きがない。極東同盟を切り崩す計画が失敗して、次の策が決まらないのだろう。
俺はチュリ国の湊町オサを手に入れたフラニス国の動きを注目する事にした。ホシカゲを呼んで、その動きを聞く。
「オサのフラニス国は、コンベル国との交易量を増やしているようです」
「植民地政策は諦めたというのか?」
「それは分かりませんが、その交易で大きな金額が動いていると聞きました」
「どういう商品を取引している?」
「コンベル国の商人は、銀や香辛料を売っているようです。ですが、フラニス国が何を売っているか不明です」
「それはおかしい。秘密にしなければならないものを売っているのか?」
「至急、調査いたします」
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