第245話 窃盗団の最後
町奉行のトモサカは、配下の町方与力から報告を聞いて顔をしかめた。
「真か、焼玉エンジンを盗んだ
与力のキヌサワが肯定した。与力というのは上官を補佐する役目の武人であり、町奉行を補佐する者は町方与力と呼ばれている。
「運送業を営んでおります。瀬内屋の番頭が白状いたしました」
トモサカが渋い顔をして頷いた。
「それで盗人は何者なのだ?」
「その番頭のヨスケが言うには、桾国の人間だったようです」
「名前は?」
「孝賢と名乗っていたそうでございます」
「聞いたような名前だな」
「桾国の重臣、孝賢大将の名前を騙っているのだと思われます」
トモサカが苦い顔になる。それでは手掛かりにならないからだ。
「ただ孝賢の左腕には、聖獣である
「ならば、交易区に居る桾国人の中から、麒麟の入れ墨が有る者を探せ」
トモサカが命じた。交易区には町奉行の配下も入り込んでいるので、その者たちに探させる事になった。
その結果、犯人らしい人物が浮かび上がる。桾国人の商人だという羅天宇という男だ。羅の左腕には麒麟の入れ墨があったのだ。
トモサカはアジトを突き止め、捕縛するように命じた。与力のキヌサワは部下を連れて交易区に乗り込み、羅天宇と七人の仲間を捕縛した。
アジトには盗品が隠されていたので、窃盗団だという事は確定した。だが、肝心の焼玉エンジンは存在しなかった。トモサカは、その者たちを尋問して情報を引き出せと命じる。
厳しい尋問を行った結果、焼玉エンジンはフラニス国の商人に売ったと分かった。
「ふむ、フラニス国か。バナオ島を追い出されたフラニー人は、中東まで後退したのだったな。さすがに追い掛けられぬか」
「悔しいですね。上様はなぜ管理を厳重にしないのでしょう」
キヌサワが言った。
「管理を厳重にしろと、命じる事になれば、小さな運送業店である瀬内屋などは、ポンポン自動貨車を導入しなかっただろう。それだけ費用が掛かるからな」
それではポンポン自動貨車自体が普及しなかっただろうとトモサカは言った。キヌサワはなるほどと頷く。
「ならば、どういたしますか?」
「その窃盗団に厳罰を下すしかあるまい」
この場合に厳罰と言った場合、死罪である。
桾国人の窃盗団は打首になり、処刑場で晒される事になった。事件の顛末は新聞に載り、全国に広まった。特に交易区に住む桾国人たちは、震え上がる。
隙が有れば、自分たちもやろうと考えていた者たちが居たからだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
それが盗品と知っていて買い取ったフラニス国の商人は、その焼玉エンジンをフラニス国元老院の副議長であるオズボーン伯爵に、窃盗団から購入した金額の十倍という値段で売り付けた。
オズボーン伯爵は焼玉エンジンをフラニス国の優秀な学者や技術者に調べさせた。焼玉エンジン自体の構造はシンプルだったので、技術者たちは短時間で原理を突き止める。
その調査した集団の代表であるレナルド・カスタニエが、伯爵に報告した。
「このアマト国のエンジンは、素晴らしいものでございます」
伯爵は鋭い目をレナルドに向ける。
「何が素晴らしいというのだ?」
「構造がシンプルなので、生産しやすいのに、蒸気機関以上の馬力が出るのです」
「何だと……それは本当なのか?」
オズボーン伯爵は蒸気機関より小さな馬力しか出ないと思っていたのだ。その考えは正しいのである。蒸気機関が発達すれば、焼玉エンジンより大きな馬力を出せるようになる。
但し、現在はまだ発展途上である蒸気機関の出力は低く、焼玉エンジンと同等か低い出力しか出せなかった。
「我が国で製造できるか?」
「もちろんでございます。ただ燃料として使っている油を、どうやって作っているのかが分かりません」
「他の油で代替できぬのか?」
「それは調べてみないと分かりません。時間が必要だと思われます」
伯爵は調べるように指示してから、焼玉エンジンで使う軽油という油を大量に手に入れるように命じた。
もちろん軽油を手に入れるとなると、アマト国から輸入するしかない。そうなる事が分かっていたアマト国は、軽油の輸出に関税を掛けた。
それでも命令なので、フラニス国の商人はアムス王国の商人を仲介として大量の軽油を手に入れて伯爵に収めた。その軽油を使った焼玉エンジンの製造が始まり、フラニス国でもポンポン自動車が走るようになった。
そのポンポン自動車を見た他の列強諸国は、その秘密を探り出し自国でも製造し始めた。遠い極東から盗み出して来るよりも、同じ列強国から盗み出す方が簡単だった。
こうして列強諸国でポンポン自動車が流行り始め、アマト国から輸入する軽油が増えた。軽油が石油から作られるものだと列強諸国が知るまで、アマト国は軽油貿易で莫大な利益を上げる事になる。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
毎日のように桾国の報告を聞くようになった。桾国は戦国時代となり、多くの王が誕生したからだ。桾国は領土が削られ、アマト国とあまり変わらない二千万石の領土を所有する国となる。
「しかし、雷王の領土に侵攻したイングド国軍が、撃退されるとは思わなかった」
俺が感想を言うと、それを聞いていた小姓のドウセツが頷いた。
「列強諸国も衰退しているのでしょうか?」
「そうではない。極東地域の植民地化に多大な投資をした列強諸国は、その成果が少ない事に嫌気して、投資額を減らし始めたのだ」
「それは我が国にとって、良い事なのでしょうか?」
「もちろんだ。戦がない間に南方の地域を調査しようと思う。これは絶好の機会なのだ」
大陸では戦火が広がっているが、ミケニ島を始めとする大陸から離れた島々では、平和な日々が続いていた。
俺は探査用の船を建造して、南方に送り出す準備をしていた。ちなみに、このような平和な日々が永遠に続くとは思っていない。
列強国が世界は自分たちのものだという考えを変えた訳ではなかったからだ。何か切っ掛けが有れば、また極東に戦力を送り出すだろう。
そうなる前に、俺は石油を手に入れておきたかった。そのための南方調査なのだ。
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