第246話 ハチマン島

 俺が南方調査用に建造した探索船は、新型装甲砲艦から装甲を取り外したような船だった。

 全長が四十メートル、最大幅が七メートル、二本マストがあり、それに加えて蒸気機関とスクリュープロペラを備えている。しかも艦載砲を十八門も積んでいるので、攻撃された時も対応できた。


 その探索船の船長を任されたウチウラ・トモヒサは、三度目の航海に出ようとしていた。

「ウチウラ船長、今回はどの辺を調査するのですか?」

 船の操舵室で副船長であるトモダ・マサヒデが確認した。


「前回発見したクルダ島の西側に広がる海だ」

 前の航海でミケニ島の南二千キロほどの海域にクルダ島と名付けた小さな島を発見している。


 トモダ副船長は、海図を広げて調査海域を確認した。

「この辺りですな」

 指差しながら声を上げたトモダ副船長に顔を向けたウチウラ船長が頷いた。


「そうだ、この辺は亜熱帯の気候なので、病気には気を付けるように注意された」

「そう言えば、探索船の中に乗組員の半数が病気になった船があったそうですな?」


 ウチウラ船長が頷いた。

「あれは伝染病ではなく、寄生虫だったようだ」

「どちらにしても気を付けなければ」


 船の中で伝染病が流行れば、大変な事になる。探索船の船長や副船長は、衛生面を気を付けるように教育されていた。


 船出してから六日間は順調だった。しかし、七日目になって天候が崩れる。風が強くなり海が荒れ始めたのだ。


 ウチウラ船長は的確な指示を出しながら、何とか嵐を乗り切った。だが、大きく進路を逸れ目的の海域より南に来てしまった。


 操舵室で船長と副船長が話し合った。

「飲水はまだありますが、蒸気機関の水が少なくなっています。どこかで補給しないと」

「分かっている。本来ならクルダ島で水を補給してから、西へ進むはずだったのだ。あの嵐のせいで補給できなかった」


「島を探しましょう。なんとか水を手に入れるのです」

「そうだな。見張りの者に島影を見付けるように指示しよう」


 そんな指示を出さなくとも見張り番は、何か発見したら報せるだろうと分かっている。だが、何か指示を出さないと乗組員が不安に思う。


 その指示を出した二時間後、見張り番が陸地を発見した。

「あれは島なのか?」

 その陸地を見たウチウラ船長は首を傾げた。かなり大きな陸地であり、島かどうかも確かめられなかったのだ。


「上陸する。準備をさせてくれ」

 船長の命令でトモダ副船長が動き始めた。船から見た陸地は、緑豊かな密林だ。必ず水があると確信したトモダ副船長は、部下を率いて水探しに向かう。


「暑いな。それに湿度も高い」

 生い茂っている草木を掻き分けながら進む。生えている木は、ミケニ島では見られないものだった。


「副船長、あそこに木の実があります」

 部下の一人が見付けた木の実は、赤い果実に長い毛が生えたような果物だった。それを割って中を確かめると、白い果肉が現れた。


 絵が上手い部下に、木の実の絵を描かせる。報告するためである。

「甘い香りがしますね」

 部下が木の実を見詰めて言う。


「食うなよ。まだ食べられるかどうかも分からないのだ」

「分かっていますよ。それほど馬鹿じゃありません。ですが、いくつか持って帰りましょう」


 トモダ副船長は同意して、部下に集めさせた。それから一時間ほど進んだ場所で、湧き水を発見する。綺麗な水だった。その水を樽に入れて持ち帰る。


「水は確保できたか。それなら、この土地を調査してから戻るべきだな」

 それから調査が始まった。天測で位置は分かっている。ミケニ島から南西に三千キロほど離れた場所である。陸地の地形を調べたが、短期間では島なのか大陸なのか分からなかった。


 確かめられたのは、雨の多い土地で緑が豊かだという事実だ。多種多様な動物が居る事も分かった。この土地には熊や虎まで居た。


 この発見をウチウラ船長は、ホクトに持ち帰った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


「ふむ、まだ島なのか大陸なのかも分からぬ、と言うのだな」

 俺はウチウラ船長から話を聞いて確認した。


「はい。確実なのは、ミケニ島より大きいという事でございます」

 俺は満足そうに頷いた。

「そうか、ミケニ島より大きいか……詳しく調査せねばならぬな」


 俺は探索船の全てを、その土地に向かわせ調査させた。そして、それが大きな島である事を突き止めた。ミケニ島の六倍ほど広さが有るようだ。


 しかも、無人島らしい。調査した者たちが人間には誰も会わなかったというのだ。その島は『ハチマン島』と名付けられた。『はちまんしん』とも呼ばれている武運の神、八幡神やはたのかみにちなんだものだ。


 アマト国の全力を上げてハチマン島を調査した。ハチマン島の周囲には大小様々な島が存在したので、それらはハチマン諸島と呼ばれるようになる。


 俺はハチマン諸島をアマト国に組み入れた。それに反対する者は居なかった。

 それどころではなかったのだ。桾国が分裂し、戦国時代のように諸王が戦い始めたのである。


 意外な事にフラニス国が極東にまた進出してきた。艦隊を派遣し、チュリ国の南部にある湊町オサを占拠したのである。


 これはイングド国と戦になるのか、と思ったが戦にはならなかった。フラニス国とイングド国で密約が交わされ、湊町オサをフラニス国に割譲する事が決まっていたようだ。


 どうやら極東に足掛かりが欲しいフラニス国が、湊町オサをイングド国から購入したらしい。財政難に陥りそうなイングド国は、大金を受け取り湊町オサを売り払ったのだ。


「いつの間にか、イングド国とフラニス国が協調している。どういう事だ?」

 影舞の長ホシカゲに説明を求めた。


「我々があおったので、イングド国とフラニス国の間は、一触即発の状態になったのでございますが、イングド国の国王とフラニス国の元老院議長が、直接対話して危機を回避したようでございます」


「ふむ、中々上手くいかないものだ」


 戦争が起きるように画策する事は人道的にどうなんだ、という話は有るが、極東を侵略しようとしているのは、列強諸国なのだ。


 俺としては列強同士で戦ってくれるのが一番楽で良かった。


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