第244話 組織改革

 アムス王国海軍のヘルハルト少佐は、ホクトの街でポンポン自動貨車と呼ばれる車が走っているのを見て、目が飛び出るほど驚いた。


「トシミチ、本当に蒸気機関じゃないのか。と言うか、君は蒸気機関を知っているのか?」

 案内役のトシミチは、馬鹿にされたと思い口を尖らせる。

「蒸気機関くらい知っています。これでも新聞は読んでいるんです」


「ん、何だと。新聞に蒸気機関の事が載っていたのか?」

「ホクト城で開発されたという記事を読みましたよ」

 ヘルハルトはアマト人というのは、アホなのかと思った。蒸気機関は軍事機密だ。それを誰でも読める新聞に書かせるなど、狂気の沙汰としか思えない。


「この国の王は、軍事に疎いらしい」

 それを聞いたトシミチが変な顔をする。

「王じゃなくて、将帝です。それに上様は小さな豪族から国を創り、一千数百万の国民の頂点に立つ軍事の天才ですよ」


「だったら、なぜ蒸気機関のような軍事に活用できるものを秘密にしない」

「秘密にしたら、軍しか使えなくなります」

「それは仕方がない事だ」


 トシミチが首を傾げた。

「列強国は、軍だけで使っているけど、アマト国は軍も民間も使っているから、アマト国の方が発展しそうですね?」


 それを聞いたヘルハルトは考え込んだ。秘密にする事で国の発展が遅れるなら、それは最終的に負けるという事になる。


「まさか、将帝は本当に軍事の天才なのか?」

 ヘルハルトの呟きは、トシミチには聞こえなかった。


 トシミチの案内でホクトを見て回ったヘルハルトは、ここが本当に文明国だと分かった。ホテルに戻ったヘルハルトは、一ヶ月分の新聞をホテルで借りて、部屋で読む事にした。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 町奉行が初めて飲酒運転した男を裁いているのを見ていた。この男は酒を飲みポンポン自動貨車に乗って民家に突っ込んだのだ。幸いな事に死者は出なかったが、数名の人々が怪我をした。


「多くの人々に、飲酒運転は大きな罪であると知らさねばならん。この者を市中引き回しの上、城の前で鞭打ち三十回の刑に処する」


 神明珠も、飲酒運転して怪我人を出した者を、どれほどの刑罰にするかまでは教えてくれなかった。これが酔っ払って刀を振り回して怪我をさせたのなら死刑である。さすがに死刑は厳しすぎると考え、この判決となったようだ。


 鞭打ちは三回打たれると失神する受刑者が出るほど威力が有るものだ。

「厳しすぎたと思われますか?」

 町奉行の一人であるトモサカ・タノモが、俺に尋ねた。


「いや、最初は厳しいもので良い。これが新聞に載って広まれば、飲酒運転する者は居なくなるだろう」


 トモサカが町奉行をしているイセボリ町奉行所に来たのは、この町で焼玉エンジンが盗まれるという窃盗事件が起きたからだ。視察という事で町奉行所へ来て、詳しい話を聞いた。


「上様、詳しい状況を知りたいと思われたのなら、某を城に呼び付けてください」

「偶には城の外へ出たいのだ。それに町の様子も見てみたかった」


 トモサカが困ったような顔をする。

「誰の仕業だと思う?」

「アムス人の仕業だと言う者が居ます」

「外国人の仕業というのか? ホクトも国際的な都市になったな。だが、アムス人の仕業というのはどうだろう?」


 トモサカは捜査中なので分からないと言う。

「上様はどう考えておられるのでございますか?」

「俺も分からない。だが、桾国の商人がホクトで活発に動いていると聞いた」


 国土のあちこちで戦が始まった桾国から逃げ出した桾国商人が、手荒な方法で金を稼いでいるという噂が、俺の耳に入った。


 その中には盗品の売買をしている者もいるようだ。

「真っ当な商売をしておれば良かったのに。盗人に手を貸すような者は捕縛して、厳罰を課してくれ」

「承知いたしました」


 俺はトモサカに視線を向けた。

「ホクトの街の治安を守っている町奉行としての意見を聞きたい。年々犯罪が増えている。このまま町奉行で対応できるか?」


 トモサカが厳しい顔になった。

「無理でございます。町奉行で扱う事柄が多すぎるのです」

 町奉行では住民台帳の管理から、民間の争い事、刑事事件までを扱っている。ホクトの街をいくつかに区切って、複数の町奉行所で対応していると言っても、仕事が溜まるばかりだと言う。


「なるほど、抜本的に変える必要が有りそうだ」

 俺はホクト城に戻って、評議衆を集めた。

「町奉行所を分割しようと思う」


「ほう、どのように分けるのでございますか?」

 イサカ城代が尋ねた。

「まず、住民台帳の管理などの仕事は、新たに区役所という役所を作って任せる事にする」


「その区役所は、住民台帳の管理だけをするのでございますか?」

「いや、領民の生活に関する事は、この区役所で対応する。区役所内で対応できない事は、他の役所に回す」


「では、残った仕事を町奉行所が行うのでございますな?」

「区役所だけでは駄目だろう。犯罪者を捕縛する警務奉行所と、罪人を裁く裁判所を別にする」


 ホクトで大掛かりな組織改革を行っている時、桾国の李成省で起きた反乱を鎮めるために向かった鎮圧軍が敗北したという報せが飛び込んできた。


 俺はホシカゲに確認した。

「敗北したというのは、本当なのか?」

「真でございます。勢い付いた李成省の雷王が、南の百布省に攻め入ったという状況でございます」


 雷王の背後でボドル部族連合が動いている。俺も少しだけ手を貸したが、これほど早く決着するとは思っていなかった。


「桾国の滅亡も近いのかもしれんな」

「何か手を打ちますか?」

 ホシカゲが尋ねた。

「いや、しばらく静観する。但し、イングド国の動きには注意しろ」

「承知いたしました」

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