第213話 バイヤル島の夜霧
新しい年になった。新年の挨拶に大勢の大名や家臣たちがホクト城に集まって、祝いの言葉を口にする。その中にはハジリ島のオトベ家も入っていた。
ハジリ島はカイドウ家のものとなり、今年の夏には正式にアマト国に組み込まれる事になっている。その時には大きな祭りを行う予定だ。
「御屋形様、チュリ国を手に入れたイングド国は、またコンベル国を攻めるのでしょうか?」
小姓のマサシゲが尋ねた。
「そうだな。それも考えられる。何か手を打たねばならんだろう」
それを聞いたドウセツが、
「以前と同じように対処してはダメなのですか?」
「イングド国軍の武器が変わったのだ。アマト国と同じ単発銃となり、野戦砲も配備されている」
「なるほど、コンベル国の兵が持つ火縄銃では、太刀打ちできなくなったという事ですね」
「そういう事だ。我々の優位性も失われた事になる」
「ですが、鉄砲鍛冶のトウキチ殿が、連発銃を完成させたと聞きました」
「回転式連発銃と手回し式多砲身銃、中口径迫撃砲の製造が始まり、回転式連発銃は単発銃との交換を行っている」
その時、俺が微妙な顔をしたのにドウセツは気付いた。
「何か問題が有るのですか?」
「回転式連発銃は、構造上の問題で高温高圧のガスがシリンダーから漏れるのだ。それで火傷をせぬために工夫をさせたのだが、御蔭で重くなってしまった」
トウキチに回転式ではない連発銃の開発を頼んだが、完成するのは数年先になるだろう。それが完成するまで、兵たちには重い回転式連発銃で戦ってもらうしかない。
「それほど重くなったのでございますか?」
「倍になったという訳ではないが、戦っている最中はずっと抱える事になるのだ。疲れが違う」
マサシゲが手回し式多砲身銃が気になったようで声を上げる。
「御屋形様、手回し式多砲身銃は凄い威力が有るという噂を聞きました」
「威力は有る。だが、あまり期待はしておらん」
マサシゲが首を傾げた。
「なぜでございますか?」
「相手がイングド国軍だからだ。桾国兵のように纏まって突撃してくるような馬鹿はしないだろう」
「では、なぜ開発させたのでございます?」
「城や砦、陣地を守るために使えると思ったのだ」
城に籠城して攻め込まれる場合、大勢の敵兵が同時に突撃してくる。そういう状況なら手回し式多砲身銃が、威力を発揮するだろうと考えたのである。
ドウセツがコンベル国について、再度尋ねた。
「話が逸れたか。コンベル国には回転式連発銃と交換した単発銃を渡そうかと考えている。その代価として、ベク経済特別区と同じものをコンベル国のグルサに作る許可を貰うつもりだ」
ベク経済特別区はアマト国にとって大きな利益をもたらした。そこでグルサ経済特別区を作り、同じように利益を上げようと考えたのだ。
そこにホシカゲが報告に来た。小姓の二人はお茶を用意するために出ていき、二人だけとなったホシカゲがフラニス国の動きが気になると報告した。
「どのような動きをしている?」
「バイヤル島のクルンへ手を出そうとしているようです」
「ふむ、バイヤル島とは危険な賭けに出たな」
バイヤル島は疫病の島とも呼ばれており、そこを攻め取ろうとした多くの者が疫病に倒れて死んだ。
疫病の正体はマラリアではないかと、俺は思っている。病原体であるマラリア原虫を持つハマダラカが原因で発病する病気である。
この病気には特効薬がある。キニーネという薬で、この薬の製造方法はアマト国しか知らないはずなのだ。もしかしてジェンキンズ島からキニーネの情報を手に入れたのだろうか?
「フラニス国の軍艦四隻が、バイヤル島のクルンへ停泊しております」
「四隻だと多くても二千の兵か。銃で武装した二千の兵だとクルンは制圧されたな」
「そのようでございます」
「夜霧のサイゾウを呼んでくれ」
「ハッ」
ホシカゲが頭を下げて部屋を出て行った。その後、オトベ家の忍びであった夜霧の頭領サイゾウが姿を現す。
サイゾウは三十代後半の厳しい顔をした男だった。
「夜霧の者は、桾国の言葉を覚えたか?」
「はい。影舞の方々に教えて頂き習得いたしました」
「夜霧の最初の仕事は、バイヤル島になった」
「バイヤル島と言うと、疫病の島でございますか?」
「そうだ。だが、心配するな。疫病の正体は分かっている。小さな虫だ」
サイゾウが目をパチクリする。忍びがそのような仕草をするのは珍しい。
「その虫は蚊が運んでくるらしい。それに特効薬もある」
「分かりました。それで何をすれば、よろしいのでございますか?」
俺はフラニス国の動きを探り、バイヤル島のカルサ族を助けるように命じた。
「バイヤル島へ行く時には、蚊帳と蚊取り線香、それにキニーネを持って行くように」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
夜霧の忍びであるタツヒコとトクジロウは、商人に変装してバイヤル島行きの船に乗った。
「カイドウ家は違うな」
タツヒコがトクジロウに言った。
「何がだ?」
「支度金の額だ。オトベ家に仕えていた頃は雀の涙だったが、カイドウ家は一人に金貨十枚だ。それに蚊帳と蚊取り線香、特効薬も支給された」
「それには理由が有ると聞いたぞ」
「理由……それは何だ?」
「一人前の忍びを育てるには、時間と金が掛かる。だから、金を惜しまないのだと聞いた」
「良い事ではないか。死んでも構わぬとでも言うように、使い捨てにするオトベ家よりはマシだ」
「そうだな。サイゾウ様の判断に間違いはなかった」
「それより、フラニス語を覚えたか?」
「無理を言うな。桾国語がやっと喋れるようになったかと思うと、次はフラニス語だぞ。挨拶ぐらいしか分からぬ」
「そうだろうな。自分も同じだ。言葉も分からぬのに、動きを探れというのはキツイな」
「向こうには、影舞の忍びが居るそうだ。その連中から、学ぶ事になっている」
バイヤル島は夜霧の忍びが担当するという事になったのだが、引き継ぎに一ヶ月という期間を与えられている。
目的地に船が到着し、二人の忍びがクルンの湊に降りた。
「新しい店員の方々ですな」
柔和な顔をした男が、二人に声を掛けた。
「ホ組の方ですか。タツヒコと申します。こちらはトクジロウです」
「船旅は疲れたのではありませんか。すぐに店に参りましょう」
タツヒコとトクジロウは荷物を担いで、男に付いて行った。案内されたのは、街の中心地にある小規模な店だった。
商っているのは食料品と布である。
「ここが活動の拠点になる。部屋は二階の角部屋を使ってくれ」
「ありがとうございます。ところで、フラニス国の動きはどうですか?」
「島のあちこちを調査している。危険な行為だ」
「どういう意味です?」
「マラリアに罹った兵が五人も出たそうだ。フラニー人たちは大騒ぎしている。ここにも薬を求めてフラニー人が来るかもしれない。だが、キニーネの事は喋るな」
「御屋形様は、フラニス国の兵や商人をバイヤル島から追い出そうとしておられるのか?」
「そうだ。特効薬が量産できるようになったら、この島を支配下に置こうと思われていたようだ」
「なるほど、その間にフラニス国が来たという事か」
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