第212話 第一砲兵部隊

 イングド国軍の塹壕陣地が完成した頃、桾国軍が戦を仕掛けてきた。二十万の桾国兵が黒虎省に向かって進軍を開始したのだ。


 ノーランド大佐の予想は当たり、桾国軍はミンチャ平原を進んでくる。塹壕陣地の後方で情報を集めていたノーランド大佐は、桾国軍が何の警戒もせずに進んでくるので薄笑いを浮かべた。


「補給部隊の位置は、どこだ?」

「本隊より遅れた……この位置を進んでいるはずです」

 偵察部隊の隊長が地図で場所を示した。


「本来なら補給部隊を襲って、敵の士気を落とすところだが、そうすると警戒させる事になる。このまま待つか」


 桾国軍はイングド国軍の塹壕陣地まで進み、見た事がない陣地に戸惑ったようだ。莎中将は考えた末に、鉄砲隊に攻撃をさせた。


 塹壕から頭だけ出している敵兵に向かって鉛玉を撃ち込ませたのである。すぐに効果がないと分かった。それどころか反撃されて、桾国軍の鉄砲兵がバタバタと倒れる。


 莎中将は慌てて鉄砲部隊を後退させた。この時、莎中将はイングド国軍が使っている銃が変わった事に気付かなかった。イングド国から増援部隊の第一陣が到着した時、新式銃が持ち込まれたのだ。


 これはカイドウ家で開発された最初の単発銃と同じものだった。ライフリングや銃剣を付けられない初期型である。


 だが、火縄銃やフリントロック式銃と比べれば、雲泥の差があった。それに気付けなかった莎中将は痛い目に遭う事になる。


 莎中将は槍兵を突撃させ塹壕に飛び込ませる事にした。それしか攻撃方法を思い付かなかったのだ。命じられた桾国兵は、必死で戦場を駆け塹壕に飛び込もうとする。


 それを阻止しようとするイングド国兵は、近付く槍兵に銃弾を撃ち込んだ。それでも桾国兵の数は多く塹壕に飛び込む事に成功する兵も現れる。


 ただ塹壕の中では槍は使いづらかった。それでも次々に飛び込んでくる槍兵が増え、イングド国兵は塹壕を捨て、後方にある別の塹壕に移動した。


 莎中将は敵の塹壕陣地の中で撤退が早かった場所に気付いた。罠だと知らずに、そこが弱点だと思った莎中将は兵を集め、その地点を集中的に攻撃させた。


 イングド国軍は少しの間抵抗したが、すぐに後退した。イングド国軍の守りに穴を開けたと思った桾国軍は、そこに兵を集中させる。そして、敵が待ち構えているとも知らずに第一砲兵部隊の前に導かれた。


 第一砲兵部隊は野戦砲にキャニスター弾を装填して待っていた。そして、桾国軍の大部隊が野戦砲の射程内に雪崩込んだ瞬間、野戦砲が火を吹いた。


 第一砲兵部隊の攻撃により、桾国軍は大きな損害を出す。そこにイングド国軍の兵たちが突撃して、桾国軍を分断した。


 劣勢となった桾国軍は非情に脆かった。大国である桾国の兵は苦しい戦いを経験した事が少なかったのだ。


 黒虎省に攻め込んだ桾国軍だったが、逆に攻め込まれてチュリ国内を逃げ回った。ついにはチュリ国から叩き出され、すごすごと桾国に逃げ戻る事になった。


 桾国に戻った莎中将は、耀紀帝に処刑された。その首は首都ハイシャンの入り口にさらされたほど、耀紀帝の怒りは凄まじかったらしい。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホシカゲからチュリ国の戦いについて報告がなされた。俺と評議衆、武将たちが聞いた。

「敵に新式銃や野戦砲があったとしても、二十万の兵が居たのです。もっと戦いようがあったはず」

 トウゴウが首を傾げていた。


「桾国は戦が下手というだけでござろう」

 クガヌマが言った。

「それにしても、ハン王は運がいい」

 俺がそう言うと、皆がどうして? という顔をする。


「ハン王がチュリ国に居た場合、桾国へ逃げる事になっただろう。そうなった場合、耀紀帝の怒りはハン王にも向けられたかもしれん」


 イサカ城代が納得したように頷く。

「ハン王が処刑されるという可能性も、有ったのでございますな」

 クガヌマが不満そうな顔をする。

「ハン王が居なくなった方が、チュリ人にとって良かったような気がするのでございますが」


「クガヌマは辛辣しんらつだな。だが、ハン王という存在はチュリ人にとって、災害のようなものになるかもしれん」


「どうしてでございますか?」

 フナバシが尋ねた。

「これから先、我が国とイングド国は戦う事になるかもしれない。そして、チュリ国からイングド国軍を追い出した場合、その統治をどうするか、という問題が発生する。その時、ハン王にチュリ国を返すという事に……」


「御屋形様は、イングド国軍に勝てると考えておられるのでございますな?」

 イサカ城代が確認した。

「もちろんだ」

「ならば、チュリ国をアマト国の領土に加えるか、植民地とするのが、普通ではございませんか」


「そうなのだが、神明珠から手に入れた知識で、我々のような島国の人間が、大陸の国に手を出すと悪い事が起きるようなのだ」


 トウゴウが納得できないという顔をしている。

「それは迷信の類ではございませんか?」

「いや、大陸人と我々では考え方が違うからだそうだ。まあ、それは昔の事で今は同じなのかもしれない」


「御屋形様、桾国人とチュリ人の両方に面識のある某から、よろしいですか?」

 久しぶりに顔を出したサコンが、声を上げた。


 サコンは海軍に入り操船技術を覚えているところである。顔は日焼して黒くなり、逞しくなっている。


「構わん、意見を述べよ」

「桾国人は、自国以外の人々をさげすむような態度を示す事があります。桾国が世界の中心だという考えが世間に広まっているからです」


「あれだけ大きな国だ。そう思っている人々も多いだろう」

「それだけではなく、文化なども世界一だと考えているようなのです」

「どうせ、歴代の皇帝が言い出したのだろう。その考えが庶民にも広まっているのなら厄介だな」


 サコンは、大陸人の中には傲慢な考えを持つ者が多いと言う。そして、他人との力関係を気にする者が多いらしい。一方、チュリ人は権威に弱く、すぐに感情的になる者が多いらしい。


「島国の我々が乗り込んでいって、統治するには、力で押さえつけて言う事を聞かせる必要が有るな」

 そこまでして黒虎省やチュリ国を支配下に置く利点が有るか考えた。チュリ国を立て直すには、膨大な資金が必要になるだろう。


 そんな資金を浪費するのは嫌だ。黒虎省も桾国が諦めない限り永遠に防戦の備えが必要だ。

「あまり魅力のある土地ではないな。イングド国軍を追い出したら、桾国に売ってしまおう」


 その言葉を聞いた皆が驚いた。

「く、国を売るのでございますか?」

「我々は極東地域で、列強諸国の力が強まらないだけで良いのだ」


 皆の前ではそう言ったが、本当は神明珠から手に入れた知識から来る警告に逆らいたくなかったのだ。


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