第206話 列強と桾国

 話を戻す。ドランブル総督が初めて相撲を見た後、夕食会が行われた。総督とコリンズは夕食を食べながら、本国の状況について話し始めた。


「メイファル教とアポール教の信者が争っているそうですが、本当なのですか?」

 総督が顔をしかめた。

「メイファル教とアポール教の間で、争い事が増えているのは本当だ。アポール教の背後には、イングド国の連中が居るので、国としても放置できない」


「アポール教への弾圧ですか?」

「当然だ。このままアポール教信者が増えれば、我が国がイングド国に奪われてしまう」


 コリンズが頷いた。ドランブル総督は情報通である。バナオ島に居ても、本国に居る配下の者が情報を送ってくるらしい。


「ジェンキンズ島の調査は進んでいるのでしょうか?」

 コリンズが祖先の叡智が眠る島について尋ねた。総督がジロリとコリンズを睨む。


「あの島については、極秘扱いになっていたはずだ」

 コリンズが溜息を漏らす。

「総督、ジェンキンズ島について知らない商人は居りませんぞ。あれだけイングド国と争い、その権利の半分だけしか手に入れられなかったのです。商人たちが興味を持つのは当然です」


 興味を持った商人たちは、色々な手を打ち情報を手に入れた。コリンズも情報を知って目を輝かせたものだ。


「ふん、そのようだな。今更秘密にしても意味がない。政府はジェンキンズ島からいくつかの新しい科学的な発見を手に入れた。それらの発見を元に、兵器の開発が行われている」


 その一つが雷管らしい。そして、このミケニ島の住人がすでに雷管を利用した銃を使っているという事に気付いて、議論になっているという。


「ほう、やはり噂は本当だったのですか」

 その言葉を聞いた総督が怪訝な顔をする。

「噂とは何だ?」


「アマト国の国主である月城守様が、神の叡智を手に入れているという噂です」

「神の叡智だと……詳しく話せ」


 総督は神明珠について知ると、それが欲しくなった。

「その神明珠を手に入れられないか?」

「それは無理でございます。アマト国を攻め滅ぼす事ができなければ、手に入らぬでしょう」


「それだけ重要だと、考えているという事か。島蛮ごときが生意気な」

「総督、その言葉は外で使わないでください。アマト国の連中に聞かれたら大事になります」


「ふん、聞かれてもフラニス語が分かる者が居るのか?」

「それが居るのでございます。ここの商人たちは勉強熱心で、フラニス語を瞬く間に覚えて、取引を申し出てくるのです」


「商人はどこでも同じという事か」

 総督という地位に就いているせいか、ドランブルは自分も商人であるのに商人を見下すような言い方をする時がある。それに気付いたコリンズは、一瞬だけ顔をしかめた。


「総督、その雷管の他に、どのようなものが発見されたのです?」

「これ以上は喋らんぞ。雷管の件は、このアマト国も関係しておるので教えたが、これ以上はダメだ」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホシカゲが交易区で手に入れた情報を、俺に報告した。

「なるほど、フラニス国は雷管を手に入れていたか。そうではないかと思っていたが、注意せねばならんな」


 これから先、列強国と戦う時には、単発銃や連発銃が使われるかもしれない。それを考慮して戦略を立てねばならないだろう。


「よく報せてくれた」

 俺が影舞の働きを褒めると、ホシカゲが嬉しそうな顔をする。

「御屋形様が、フラニス国の商館を建てられた御蔭です」


 商館をカイドウ家が建てた時に、いくつかの仕掛けを施していた。その仕掛けが情報の入手に役立っていたのだ。


「御屋形様、フラニス国やイングド国に、人を送る必要はございませんか?」

「そうだな。送り込みたいが、正式な国交もない状態で送るのはまずい。まずは国交を正式に結ぼうかと思っている」


「列強諸国が、我が国との国交条約を結ぶでしょうか?」

「結ぶだろう。列強国はまだアマト国を甘く見ている。一度条約を結んでも、簡単に反故ほごにできると考えているのだ」


 列強諸国が蛮族と呼んでいる者たちの国と条約を結んだ事例はいくつも有る。だが、それらの条約を結んだ国は植民地となった国が多い。条約を結んだ国を調べ上げ、力で植民地にしたのだ。


「アマト国は大丈夫なのでしょうか?」

「列強諸国に負けぬだけの力を、アマト国が持てばいいのだ」

 海洋国家である列強諸国が持つ戦力は、艦隊である。その艦隊に打撃を与えたアマト国を軽く考える者は、極東地域には居ないだろう。


 だが、遠い列強諸国ではどうだろう? まだ島蛮だと考えている列強人たちが多いのではないか。


「列強諸国については少し待て。ところで桾国の動きはどうだ?」

「大量の輸送船を建造しております」


「理由は?」

「奪い取られた黒虎省とチュリ国を、奪い返すためでございます」

「陸路での遠征は諦めたか。何度も兵を送って失敗したからな」


 桾国は黒虎省を奪い返そうと、多くの兵を黒虎省と江順省の境に送り込み、黒虎省に攻め込もうとした。だが、その尽くが失敗している。


 イングド国陸軍の守りが堅かったのだ。

「それで桾国は、どのように攻めるつもりだ?」

「チュリ国と黒虎省に同時に兵を送り、一気にイングー人を大陸から追い出そうという作戦のようです」


 イングド国は兵力をチュリ国から黒虎省へ移している。それを考えるとチュリ国での戦いは桾国が有利になりそうだ。ただ黒虎省での戦いはどうだろう?


 黒虎省の港町ファイナンを整備して、イングド国海軍が停泊地にしているので、現在の戦力を考えると黒虎省は奪い返せないかもしれない。


 ちなみにイングド国海軍が停泊地をチュリ国のエナムの湊からファイナンに変えたのは、アマト国海軍が艦隊を襲ったからだ。


 アマト国のせいで、チュリ国の守りが薄くなったと言える。

「桾国がチュリ国を奪い返した時には、ハン王に領土を返すのでしょうか?」

 俺は死んだと思っていたハン王の名前を聞いて、ちょっと驚いた。


「ハン王は生きているのか?」

「はい、桾国の首都ハイシャンで生きております」

 生きていたとしても、ハン王に領土を返すとは思えない。さすがの耀紀帝も、そこまで馬鹿ではないだろう。


「神輿として、ハン王の名前を使うかもしれないが、実際は桾国が統治するのではないか。だが、まだ桾国がチュリ国を奪い返すと決まった訳ではない」

 ホシカゲが頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る