第205話 ドランブル総督の暇潰し

 オトベ家が廃嫡したウジタカは、ホウジョウ家が滅んだ混乱の中で殺された。その混乱はハジリ島全体に広がり、残るオトベ家とハツシカ家が動揺する。


 ハツシカ家は使者をホクトに送り話し合いを始めた。オトベ家は当主のナイキがためらっているが、時間の問題で臣従するだろう。


 評議衆はハジリ島の掌握と、カイドウ流の統治を浸透させようと動き始めていた。それらの報告を受けた俺は、ハジリ島を評議衆に任せて大丈夫だと判断し、真剣な顔で極東地域の地図を見詰めた。


 その様子に気付いた小姓のマサシゲが声を掛けた。

「どうかなさいましたか?」

「フラニス国の商人たちの動きがおかしいのだ。大量の火縄銃を極東地域に持ち込んで売り捌いている」


「今までもそうだった、と思いますが」

「いや、今までとは量が違うのだ。これだけの量を売れば、極東地域の国々の戦力が上がってしまう。それらの国を植民地にしようと考えているフラニス国が、それを許すとは思えない」


「もしかして、単発銃を発明したのでしょうか?」

 それを聞いた俺は頷いた。考えられる事だ。それなら不要になった火縄銃を海外で販売しても問題ないだろう。


 マサシゲは単発銃と言ったが、正確には起爆薬や雷管の発明である。もしかして、祖先の叡智が眠る島ジェンキンズ島から起爆薬に関する知識を掘り起こしたのだろうか?


 そうなると、カイドウ家の単発銃が雷管を組み込んだ銃弾を使っている事は知られるだろう。単発銃の上を行く兵器の開発を目指すのではないか?


 ホクトでも連発銃の開発は行っている。久しぶりに鉄砲鍛冶のトウキチに会って話しを聞く事にした。鉄砲工房では、トウキチが忙しそうに働いていた。


 トウキチが俺に気付いて駆け寄る。

「御屋形様、御用でしょうか?」

「連発銃の開発は、どうなっている?」


回転リボルバー式連発銃の試作品が完成して、一度試したところでございます」

「それでどうなった?」

「五発撃ったところで、不具合が出ました。シリンダーが回転しなくなったのでございます」


「原因は?」

「工作の精度が甘かったようです。申し訳ありません」

「工作機械の問題だな。まずは工作機械の精度を上げるべきか。どう思う?」


 トウキチが頷いた。その日から工作機械の改良が始まり、アマト国全体の技術が伸び始めた。

 その御蔭で製造技術が上がり、回転式連発銃と手回し式多砲身銃ガトリングガン、中口径迫撃砲の製造が始まった。中口径迫撃砲は口径が八十ミリ程度の迫撃砲で、射程は短く命中率も低いものだったが、武将たちは使えると判断したようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホクトの交易区にあるフラニス国の商館に、バナオ島の総督ドランブルが訪れた。この商館はドランブルがカイドウ家当主に頼んで建設が決まったものだ。


「ドランブル総督、このような辺境の地に来られるとは、どうされたのです?」

 商館長のコリンズが尋ねると、総督が面白くないという顔をする。

「辺境の地だと……辺境というのはバナオ島のような場所の事だ」


 総督はバナオ島で退屈だったらしい。明らかに太っているのが分かる。何もせずに豊富な果物などを食べて寝るという生活をしていたのだろう。コリンズは羨ましいと思った。


「それで、ご用件は?」

「ハジリ島のホウジョウ家が滅んだというではないか。どうなっとるのだ?」


 コリンズが困ったという顔をする。ドランブル総督は故国で大量の火縄銃を仕入れ、桾国とホウジョウ家に売っていた。売り先が減ったので、怒っているのだろう。


「アマト国とホウジョウ家が戦になり、アマト国が勝利しただけでございます」

「そんな事は分かっておる。だが、早すぎるだろう。なぜ、こんなにも早く負けたのだ?」


「アマト国に対する認識が甘かったのです。この国は列強国に匹敵し、一部は凌駕りょうがしている国なのです」


 総督が不機嫌な顔になる。

「気に食わんな。辺境の島国が我らと同等だと言うのか?」

「この国では、こういうものを出し始めています」


 コリンズが総督に見せたのは新聞だった。世相誌というかわら版が、新聞に進化して『ホクト新聞』として売り出されたのだ。


「これは何だ? もしかして新聞か?」

「そうでございます。故国でも珍しい新聞をホクトの人々は読んでいるのです」


 総督は読もうとしたが、読めない。アマト国の言葉を勉強していないのだ。

「これには何が書いてある?」

「そうですな。ハジリ島の様子、天気予報、チトラ諸島に棲む珍しい動物の事とか様々な事が書かれております」


「天気予報? 何だ、それは?」

「詳しくは知りませんが、風向きや雲の形などから明日の天気を予想するのです。半分ほどしか当たらないのですが、ホクトの住民は面白がって読んでおります」


「ふん、半分では役に立たんではないか」

 そう言った総督だったが、興味を持ったようだ。コリンズに溜め込んでいるホクト新聞を渡すように命じた。研究資料とすると言っているが、暇潰しに通訳に翻訳させるのだろう。


「それより、ホウジョウ家へ売るはずだった火縄銃はどうなる?」

「桾国か、バラペ王国、コンベル国に売るしかありません」


「この国では売れんのか?」

 集中して大量に売ると値崩れするのを恐れているようだ。


「無理です。この国でも火縄銃を製造して外国へ売っているのですから」

「チッ、仕方ない」

「ご用件は、それだけだったのでございますか?」


「そうだ。後は暇潰しだ。何か面白い見世物とかないのか?」

「興行会館で相撲という競技をやっておりますが、総督の興味を引くかどうかは、分かりません」


「その競技には、賭けが有るのか?」

「正式なものはございませんが、仲間内で賭けをする事はあります」

 総督が頷いた。


 カイドウ家は興行会館で賭けをする事を禁じていた。賭けをすると会場が荒れるからだ。とは言え、仲間内だけで賭けをする者はたくさん居り、少額な賭けなら黙認されている。


「ふむ、面白そうだ」

 総督は相撲にという事ではなく、仲間内の賭けに興味を持ったようだ。


 その結果、ドランブル総督は相撲にハマった。季節毎に行われる相撲興行の時期になると毎回ホクトを訪れるようになった。


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