第207話 チュリ国と黒虎省

 桾国では大きな兵員輸送船が多数建造された。それと同時に民間の船を強制的に借り、大きな船団を用意した。目的はチュリ国と黒虎省への同時攻撃である。


 この攻撃のために二十万の兵が用意された。その大兵力が兵員輸送船や民間船に乗って、二つの目的地に向かう。一方は黒虎省、もう一方はチュリ国へである。


 それぞれの上陸地点で陸に上がった兵は、イングド国陸軍や現地人兵士と戦い始めた。


 チュリ国へ上陸した中将が率いる十万の兵団は、チュリ国の若者を編成して作り上げた部隊と戦う事になった。


「チッ、チュリ国をイングド国から取り戻すために攻め込んだというのに、なぜチュリ人が邪魔をする」


 莎中将が怒りの声を上げると、副将である華少将が、

「チュリ人は、イングド国に騙されて戦わされておるようですな。痛い目に遭わせてやりましょう。そうすれば、目が覚めるはず」


 チュリ国を守っている兵力は、五万人ほどだった。そのほとんどがチュリ人の若者で戦いが不利になると、腰が引け逃げ出す兵も現れる。


 少数のイングー人の部隊も存在したのだが、その数が少なすぎた。チュリ国では桾国軍が占領地を広げ、イングー人を駆逐した。


 チュリ国に滞在していたイングー人の商人は殺され、その商人たちが溜め込んでいた財貨は桾国軍により奪われる。


 桾国兵により集められたイングー人の財貨は、兵員輸送船に積み込まれた。その財貨を見た莎中将の顔が醜く歪む。


「これを見ろ。きっと陛下が御喜びになるぞ」

 それを聞いた華少将も同意した。


 桾国兵が略奪したのは、イングー人からだけではなかった。チュリ人の一般庶民からも略奪したのだ。被害を受けたチュリ人は、桾国兵に逆らう事はなかった。


 長年続いた属国という状態が、桾国人に逆らってはいけないという事をチュリ人の魂に刻みつけていたからだ。


 チュリ国の総督アルバーンは、一時的にチュリ国を放棄する事を決断する。総督一行は船で海翁島かいおうとうへ避難した。海翁島には海軍基地があり、安全だと判断したのだ。


 チュリ国の状況は大きく変わった。領土からほとんどのイングー人が駆逐され、桾国が支配する領土となったのである。


 一方、黒虎省に攻め込んだのは、馬中将である。黒虎省にはイングド国から派遣された精鋭たちが駐留していた。その精鋭部隊と戦う事になった馬中将は、苦戦した。


 黒虎省に駐留しているイングド国軍は、チュリ国の若者を訓練した現地兵部隊も合わせると五万人ほどだった。五万対十万の戦いであり、数だけなら桾国軍が有利である。


 だが、イングド国軍は火力おいて有利であり、その火力を使って桾国軍を撃退した。馬中将は戦死し桾国軍は、チュリ国へ逃げ込んだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 チュリ国と黒虎省で行われた戦いは、影舞が確認して報告した。

 大広間に集まった評議衆と武将、それに俺がホシカゲからの報告を聞いて複雑な表情を浮かべた。


「チュリ国は呪われているのか?」

 ホシカゲが困ったような顔をする。

「確かに、今回の戦で一番被害を受けたのは、チュリ国でございますが……」


「まあ、呪いというのは冗談だが、そうとしか思えんな」

 評議衆と武将たちが頷いた。クガヌマが付け加える。

「それにハン王が戻ってくるというではござらぬか。呪われているとしか思えん」


 チュリ国を制圧した桾国は、国主としてハン王を帰国させる事にしたようだ。ハン王はただの神輿で、実権は桾国人が握るのだろう。


 それでも無能の権化ごんげであるハン王が、名ばかりとは言え王座に返り咲くというのはどうなのだ。チュリ国の庶民はどう思う?


「ハン王の件を、国民はどう思っているのだ?」

 俺はホシカゲに尋ねた。

「桾国のする事なので、逆らうような事はありません。ですが、ハン王の事をスレギ王と呼んでいるようです」


「スレギ王……どういう意味だ?」

「クズ王、またはゴミ王という意味でございます」

 評議衆と武将たちの間に笑いが広がった。


「チュリ人も分かっているのでござるな。しかし、桾国の意図が分かりません」

 クガヌマは桾国の意図を気にしているようだ。


「チュリ国の統治は、難しいものになるだろう。失敗も数多く起こるに違いない。そんな時に失敗の責任をハン王に負わせるためだろう」


 俺の意見を聞いたフナバシが顔をしかめた。

「つまり、ハン王は生贄いけにえという事でございますか?」


「ある意味そうだ。チュリ人の不満をハン王一人に集め、何かの機会に処刑するのでないか?」

「それくらいしか利用価値がないのでございますな」


 トウゴウが暗い顔で疑問を口にする。

「その事をハン王自身は、気付いているのでしょうか?」

 ホシカゲが首を振った。

「気付くような人物なら、スレギ王などと呼ばれません」


 評議衆と武将たちが納得したように頷いた。

 トウゴウが俺に顔を向けた。

「問題は、イングド国がどう動くかでございます」


 列強国の一つであるイングド国は、一度手に入れた領土を奪われた事はなかった。島や居留地などの小さな土地はあったのだが、それはイングド国が本気になるほどの価値はない。


 だが、チュリ国を奪われた事は、本国のバンジャマン王や貴族たちを激怒させるに違いない。バンジャマン王が大規模な軍を極東地域に送ってくるのではないかと、俺は危惧していた。


 そうなると、イングド国海軍の艦隊に被害を与えたアマト国にも攻めてくるかもしれない。アマト国は、それを防ぐ用意をしておかなければ。


「御屋形様、海軍国であるイングド国に対抗するためには、海軍の増強が必要でございます」

 海将であるソウマが意見を述べた。


「そうだな。増強には何に力を入れるべきだと思う?」

「列強国の戦列艦に負けない軍艦が必要だと思います」


 ソウマは巨大な軍艦が必要だと考えているようだ。だが、このまま木造船を造り続けていて良いのだろうか? 俺の頭には、そんな疑問があった。


 それに鉄砲工房では連発銃の開発が行われている。搭載砲も今までのもので良いのだろうか? 俺は疑問を口にした。


 ソウマが首を傾げる。

「御屋形様は、どう御考えなのでございますか?」

「そろそろ鉄船を造り始めてはどうかと考えている」

「今の装甲艦とは違うものなのでしょうか?」


「木を使わずに、鉄だけで船を作るのだ」

「鉄の船が水に浮くのでございますか?」

 イサカ城代が尋ねた。


「鉄鍋と同じだ。あれも水に浮くではないか」

 俺の一言で鉄製の軍艦が造られる事になった。その存在を知ったイングド国海軍は慌てる事だろう。


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