第186話 ハジリ島のサクラ家

 ハジリ島のシバ郡を支配する大名、サクラ・烈火督・トヨヒサが居城とするカイモン城では、当主と重臣たちが集まり話し合っていた。


 トヨヒサが厳しい顔をして重臣たちの顔を見た。重臣たちは沈痛な顔をしている。

「ミヤモト軍が、シバ郡を狙い兵を集めておる。我らは撃退できるだろうか?」


 サクラ軍の兵数は二千にも届かず、ミヤモト軍の総兵力が一万四千である事を考えると絶望的だ。サクラ家で最も勇猛な武将と言われるヨネハラ・マサハルがトヨヒサに目を向けた。


「殿、こうなれば一人でも多くの敵兵を討ち取り、皆で死のうではありませんか」

 トヨヒサが頷いた。


「儂もそう考えたが、子供たちが不憫でならぬ」

「ならば、女子供だけは逃しましょう。そうすれば、心置きなく死ねます」


「どこに逃がすというのだ?」

「ツシマ郡のカナヤ家は、頼りになりません。ヤタテ郡のキクチ家はどうでしょう?」

 家老のミジョウ・タノモが提案した。


 それを聞いた内政家のヒグチ・サネオキが疑問を呈した。

「ミヤモト家は、我らを滅ぼした後に、カナヤ家を滅ぼすでしょう。そして、次はキクチ家です」


 トヨヒサが渋い顔をする。

「それでは、安心して逃がせる場所がないという事か?」

「南のオトベ家は、どうでございましょう?」


 ヒグチがヤグモ府のオトベ家を推挙すると、トヨヒサは顔をしかめた。オトベ家とサクラ家は、実を言うと仲が良くない。境界線上にある山の所有権を巡って、何度も小競り合いをしているからだ。


「オトベ家は信用できぬ。家族を安心して預けられる相手ではない」

 トヨヒサの言葉に、重臣たちが頷いた。


「ならば、カイドウ家を頼られては、如何でしょう」

「カイドウ家だと……ハジリ島を離れよと言うのか?」

「ミヤモト家とホウジョウ家が、競うように領地を広げ始めたのは、カイドウ家に原因が有ります。ハジリ島は最終的にカイドウ家とホウジョウ家の戦になるのではないでしょうか」


 トヨヒサはヒグチに鋭い視線を向ける。

「そちはカイドウ家が勝つと思っておるのだな?」

「そうでございます。よって、ホウジョウ家を頼るのも愚策でございます」


 トヨヒサには、初めからホウジョウ家を頼る気はなかった。ホウジョウ家がヒオキ家を滅ぼした時に、ヒオキ一族を皆殺しにしている。その残虐さを聞いたサクラ家では、ホウジョウ家を頼ろうと思う者は居なかった。


「しかし、カイドウ家が家族を受け入れてくれるだろうか?」

「月城守様は、果断な決断をされる方ではありますが、新規の人材を受け入れる事に熱心だと聞きます。ならば、内政家である我々が、カイドウ家で働き、皆様方の家族を養う事ができましょう」


 トヨヒサは納得したように頷いた。

「なるほど、それならば、肩身の狭い思いをせずに暮らしていける」

「この意見を聞き入れてくださるのなら、月城守様への書状を書いてもらっても、よろしいでしょうか」


「いいだろう。書状くらい何通でも書こう」

 それから、どうやって家族を逃がすか検討した後、軍議になった。一人でも多くのミヤモト兵を倒すには、どうしたらいいか、と検討を始めたのだ。


 家臣の中から戦わずに逃げれば、と意見する者は一人も現れなかった。武人としての生き方が、戦わないという選択肢を取らせなかったのだ。


 軍議が終わった後、トヨヒサは書状を書き、ヒグチに渡した。

「ヒグチ、モトサトも連れて行って欲しい」

 モトサトというのは、トヨヒサの三男である。十五歳になったばかりだ。


「急いでの山越えになりますが、大丈夫でしょうか?」

「鍛えておる。そのくらいで弱音を吐くような息子ではない」

「承知いたしました」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヒグチとモトサトは、数人の護衛を連れて西へと向かった。厳しい山越えだったが、モトサトも弱音を吐かずに歩き通した。


 ヤタテ郡に入ったヒグチたちは、キクチ家の居城であるマシコ城に向かう。サクラ家の当主や家臣の家族がカイドウ家の居城があるホクトへ向かうとすると、ヤタテ郡の湊から船に乗って向かう事になる。


 キクチ家に挨拶しておかねばならない、と考えたのである。

 ヒグチとモトサトが登城し、当主のウジタダに挨拶した。

「サクラ家のモトサト殿か、大きくなられたな。生まれた時には、祝いの品を贈ったのを覚えている。月日の経つのは早いものよ」


 少し雑談をした後、ヒグチが用件を切り出す。

「ところで、サクラ家の状況をお聞き及びであられますか?」

 ウジタダが顔をしかめて頷いた。

「知っておる。ミヤモト家が悪足掻わるあがきしているようだな」


「悪足掻きと申しますと?」

「カイドウ家に逆らうような真似をしている事だ。初めはホウジョウ家を後ろ盾として、カイドウ家の領地を攻め、撃退されると領地を広げ始めた。たぶんホウジョウ家が信用できなくなったのだろう」


難波督なんばのかみ様は、そうやって領地を広げても、カイドウ家には敵わぬと、思っておられるのですな」

「アマト国は、八百五十万石、総兵力が二十四万を超える国だぞ。これに逆らえるとしたら、大陸の桾国くらいだろう」


「ホウジョウ家でも無理でござろうか?」

 ヒグチが確認した。

「カイドウ家には、ホウジョウ家であろうと敵わぬ。そうだな、ヒグチ殿は巾着袋を持っておられるか?」


 ヒグチは不思議な事を尋ねられたので、ためらいながらも肯定した。

「ならば、その中身を床に広げてみなされ」

「はあっ」


 ヒグチは巾着袋を取り出し、中身を床に置いた。銅貨や銀貨、それに金貨も数枚ある。

「それがカイドウ家に敵わぬ証拠だ」

「どういう事でござろう?」


「その貨幣は、どこで造られたものかな?」

 床に散らばる貨幣は、淡寛銭たんかんせん姫佳銀ひかぎん王偉金おういきんだった。ヒグチは、どれもカイドウ家が造った貨幣だと気付き厳しい顔となる。


「どれもカイドウ家で造られたものでござる」

「現在、ハジリ島で使われている貨幣は、カイドウ家が造ったものなのだ。すでに我々の台所は、カイドウ家に握られている。分かるかな?」


 便利だから、シバ郡でも使われ始めたが、いつの間にか古い冥華銭めいかせん究宝銀きゅうほうぎんを見なくなった。これらの貨幣が使えなくなったら、サクラ家も混乱するだろう。


「そう言えば、古い冥華銭や究宝銀は、どうしたのでござろう?」

「両替商が集めて、カイドウ家に持ち込み、鋳潰されて淡寛銭や姫佳銀に変わったそうだ。カイドウ家は我々が知らぬ間に、そういう事を仕掛けていたのだ」


 内政家であるヒグチは、金銭の大切さを知っている。それ故に、カイドウ家が行った事の重要さが分かった。今では何を買うにもカイドウ家の貨幣を使っているのだ。


 交易であっても同じだった。列強諸国と取引する場合、列強諸国の貨幣かカイドウ家の貨幣を用意する必要が有る。


「なるほど、ホウジョウ家でも勝てませんな」

 ホウジョウ家でもカイドウ家の貨幣を使っている。ホウジョウ家がカイドウ家と戦うと決まったならば、商人の何割かはホウジョウ家との取引をためらうようになる。それほどカイドウ家の経済力は強いのだ。


 ウジタダはサクラ家の家臣と家族がミケニ島へ逃げる事を容認すると約束した。

 その翌日、ヒグチたちはミケニ島へ船で向かった。ヤタテ郡の湊からホクトへ向かう定期便が有るのだ。


 モトサトが甲板で船を見回し目を輝かせた。

「大きな船です。このような船が、ホクトには何隻も有るのか?」

「もちろんです。これより大きな船もございます」

 それを聞いたモトサトは、アマト国の大きさを感じたようだ。


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