第187話 カイドウ家とサクラ家
俺はハジリ島のシバ郡から客が来たと聞いて驚いた。シバ郡ではサクラ軍とミヤモト軍の戦が始まりそうだったからだ。
「誰が来たのだ?」
俺は小姓のドウセツに確認した。
「烈火督様の御三男モトサト様と、重臣ヒグチ・サネオキ様でございます」
俺は聞いた事がない名前だったので、詳細をハンゾウに報告させた。
「ふむ、ヒグチとは内政家なのか。面白い会ってみよう」
ヒグチとモトサトが登城すると、若いモトサトが代表して挨拶した。
「月城守様に、お目にかかれ、光栄に存じます」
若々しいモトサトの挨拶に思わず笑みが浮かぶ。
「烈火督殿の御三男だそうですな。立派な挨拶、痛み入る」
ヒグチから烈火督の書状を受け取ったので読む。悲壮な覚悟と落ち延びた家族と家臣の事を頼みたいと書かれていた。
俺はサクラ家の状況をヒグチに尋ねた。その返答からサクラ家の状況が分かった。武将たちの多くが、ミヤモト家との戦いで討ち死にする覚悟のようだ。
正直もったいないと思う。サクラ家の将兵は練度が高く強兵な兵が揃っていると有名なのだ。ミヤモト家との戦いですり潰されるのは惜しい。
俺はサクラ家の頼みを承諾した。
「サクラ家の方々は、待楼館でゆっくりされるがいい。明日はカイドウ家の船で、ヤタテ郡へ送ろう」
「ありがとうございます」
サクラ家の二人が部屋を去ると、評議衆とハンゾウを呼んだ。しばらくすると、イサカ城代を始めとする評議衆とハンゾウが部屋に入ってきた。
「御屋形様、先程お会いになられていたのは、どちらの者でございますか?」
イサカ城代が尋ねた。
「ハジリ島のサクラ家の者だ。ミヤモト軍と戦う事になり、家族や生き延びた家臣をカイドウ家に頼みたいというのだ」
評議衆たちが、サクラ家の当主や武将たちの気持ちを考え頷いた。
「その戦に、アマト国は介入せぬのですか?」
クガヌマの問いに、俺は頷いた。
「介入はせぬ。今までサクラ家とは縁がなかった。いきなり
俺はハジリ島を手に入れるつもりだが、それには手順が有る。ハジリ島の住民が、支配者であるホウジョウ家やミヤモト家に嫌気が差した段階で、ハジリ島へ乗り出すというのが最高なのだ。
そうでなければ、カイドウ家に反発する者が大勢出てくるだろう。
「ハンゾウ、戦の勝負が決まった時に、生き残ったサクラ家の将兵を落ち延びさせる手伝いをしてくれ」
「一人でも多くの将兵を、ホクトへ連れてくればよろしいのでございますね?」
「そうだ。ハジリ島で有名な強兵を核とした戦闘集団を編制したい」
「畏まりました」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
待楼館で一泊したヒグチたちは、カイドウ家が用意した新星型哨戒艇に乗り込み出港した。モトサトは大きな船に乗れるか、と期待していたので少しガッカリする。
「カイドウ家の船だというので、大きな船かと思っていたが、この船はヤタテ郡の船とさほど変わらないな」
そう言って船のあちこちに視線を向けていたモトサトの顔が、何かに気付いて強張った。
それに気付いたヒグチが問う。
「どうかしましたか? 船酔いでもしたのでござるか?」
「そうではない。この船が尋常な船ではない事に気付いたのだ」
ヒグチが首を傾げる。
「まあ、少し変わっておりますが、大きな違いは煙突くらいなものではありませんか」
新星型哨戒艇には、意外なほど大きな煙突が設置されていたのだ。この新星型哨戒艇は、以前の星型哨戒艇と一つだけ違う点がある。
船の両脇にあった外輪がなくなり、船尾にスクリュープロペラが取り付けられているのだ。見た目は帆船とほとんど同じだが、推進力がスクリュープロペラに変わっていたのである。
「見てみろ。帆が畳んであるのに、船が動いている」
ヒグチがマストに視線を向けた。進行方向に対して向かい風が吹いている。なのに、船はまっすぐヤタテ郡を目指して進んでいる。
モトサトは船尾に目を向けた。
「艇長から、船尾には近付かないように、と言われている。船尾に何か秘密が有るのかもしれん」
確かめに行きたいという顔をしているモトサトを見て、ヒグチが止めた。
「いけませんぞ」
「分かっている。しかし、カイドウ家は、不思議な家だ。目を瞠るようなものがいくつも有る」
艇長であるヤスダが双眼鏡で海を見ていて、一隻の海賊船を発見した。
「不審船が近付いてくる。戦闘準備!」
ヤスダ艇長の大声で、ヒグチたちは海賊船の存在に気付いた。
新星型哨戒艇には、砲列甲板が存在しないので、搭載砲四門は甲板に設置されロープで固定されている。上から幌が被せられているので、ヒグチたちには何かの荷物が置かれているようにしか見えない。
水兵たちが搭載砲に被せてあった幌を取り外したのを見て、ヒグチたちは大砲だったのだと気付いた。
「サクラ家の方々は、船内にお入りください」
艇長の言葉は有無を言わせぬ響きがあった。ヒグチたちは船内に入る扉の内側から、外を覗き見る事にした。
「どこの海賊船だろう?」
モトサトが疑問を口にした。アマト国海軍が海賊を厳しく取り締まっているので、最近ではほとんど海賊の話を聞かなかったのだ。
ヤスダ艇長が海賊船に呼び掛ける声が聞こえる。その返事は、火矢の雨だった。艇長は戦闘開始を命じる。
甲板に置かれている搭載砲が轟音と同時に火を吹いた。一斉射目は普通の砲弾が装填されており、海賊船を飛び越えて遠弾となった。
砲撃指揮官から細かい指示が出され、砲手たちが忙しく作業を熟す。
「撃て!」
二射目が海賊船のマストに命中し爆発した。今度は榴弾を装填していたのである。
ヒグチとモトサトは、その様子をジッと見ていた。
「海戦とは、このように戦うものなのだな」
モトサトが初めて見る海戦に興奮しているようだ。ヒグチは首を傾げた。自分の知っている海戦とは違ったからだ。
「これは、カイドウ家独自の戦い方でありましょう。ハジリ島の軍船に大砲が積まれているのを見た事が有りませぬ。もしかしたら、列強諸国の真似かもしれません」
「そうなのか……だとすると、カイドウ家、いやアマト国は進んでいるのだな」
間もなく海賊船が撃沈された。舷側に榴弾を受けて大穴が開いたのだ。モトサトは、この戦いの様子を父親に知らさなければ、と思った。
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