第185話 ミヤモト家当主トシカツ

 祖先の遺物が残されているというジェンキンズ島は気になったが、遠い異国の海に浮かぶ島である。忍びを派遣するにも遠すぎる。


 俺は溜息を漏らしてから、評議衆を呼んだ。七人の評議衆が集まり、俺の前に座った。

「ハンゾウ、ハジリ島の動きを教えてくれ」


「畏まりました。まずトカチ州のホウジョウ家でございますが、トヨコロ府を掌握するために、全力を傾けているようでございます」


 ホウジョウ家が滅ぼしたトヨコロ府のヒオキ家は、内政を上手くやっていたようだ。それ故に問答無用でヒオキ家を滅ぼしたホウジョウ家に、領民は反感を持ったらしい。


 そして、生き残ったヒオキ家の家臣たちが、各地で抵抗しているという。ホウジョウ家がトヨコロ府を掌握するには時間が掛かるだろう。


「掌握に時間が掛かるか。そうなると、トヨコロ府の南にあるモロト郡・タナクラ郡・イナ郡の動きが気になる」


 ハンゾウがその三つの郡について話し始めた。

「モロト郡のコウサイ家、タナクラ郡のトヨシマ家、イナ郡のサタニ家は、ホウジョウ家の侵攻を恐れて、ヤグモ府のオトベ家に助けを求めたようでございます」


 オトベ家はハジリ島で二番目に広い領地を持つ守護大名である。

「当主は、オトベ・御堂督みどうのかみ・ナイキ殿だったな?」

「そうでございます。気性の激しい方だと聞いております」


 ナイキは一代で領地を倍に増やし、大名から守護大名になった人物らしい。

「ふむ、助けを求められた御堂督殿は、支援を約束したのか?」

「御堂督様は、ただで支援するほど、お人好しではありません。条件を交渉中だと報告に有りました」


 俺は頷いた。気に掛かっていたミヤモト家について確認する。

「メムロ府のミヤモト家でございますが、南にあるナンゴウ郡を掌握した後、兵をシバ郡との境に集めております」


「ミヤモト家は、ひたすら領地を拡大しようとしているようだな」

「ホウジョウ家は、その事を面白く思っていないようでございます」


 俺は頷いた。ホウジョウ家はミヤモト家に対して、支配力を伸ばそうとしていた。ミヤモト家はホウジョウ家と組んでも将来が危ういと考え、独自に動き出したのだ。


 ホウジョウ家は頼りないと言っているようなものである。ホウジョウ家は不快に思ったはずだ。当主のシゲヒロはどうするだろう。


「ハンゾウ、ホウジョウ家の動きを探れ。ミヤモト家と接触するはずだ。その話の内容が知りたい」

「それならば、ミヤモト家の重臣、ワカバヤシ家に探りを入れましょう」

「ん、ワカバヤシ城代が、交渉内容を漏らすとは思えんが?」


「はい。ワカバヤシ城代は口が堅いのですが、息子のカツシゲは酒が入ると口が軽くなるようです」

「ほう、面白いところに目を付けたな」

 ハンゾウが重臣の息子たちも調べているようなので感心した。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホウジョウ家の重臣ノベハラが、ミヤモト家の居城であるビホロ城を訪れた。

「ノベハラ殿、本日はどのようなご用件で参られたのかな?」

 トシカツが尋ねる。


「ホウジョウ家は、ミヤモト家の行いに不審なものを感じております」

「不審なものというと?」

「尻に火がついたように、領地を広げようとしている事でござる」


 ノベハラの無礼な言い方に、トシカツは眉間にシワを寄せる。

「領地を広げようと戦う。これは武人の習性みたいなもの。他家からとやかく言われる筋合いはない、そうではござらぬか?」


 ワカバヤシ城代も口を挟む。

「それに、ホウジョウ家もヒオキ家を滅ぼしたと聞いておりますぞ。ホウジョウ家は良くて、ミヤモト家はいかんというのでは、話になりませんな」


 そう指摘されると、ノベハラの顔が強張った。

「我々がお譲りした火縄銃や硝石は、アマト国の侵攻に備えてのもの。それを使って、ナンゴウ郡を制圧するというのは、如何いかがなものでしょう」


 ワカバヤシ城代が頷いた。

「確かに火縄銃と硝石を、ホウジョウ家から購入しました。ですが、代金は払っているのです。それをどう使おうと、ミヤモト家の勝手ではござらぬか」


「アマト国が攻め込んだ時に、火薬が不足していたら、どうするのです。あり余るほどの火薬はないはずですぞ」


 トシカツがニヤッと笑う。

「最近、アムス王国の交易船が、ルソツ湊に停泊するようになり、硝石と火縄銃が、アムス人から購入できるようになったのです」


 ノベハラの目付きがキツくなったのに気付いたワカバヤシ城代が、

「ミヤモト家は、ホウジョウ家に逆らう意志はございません。ただ生き残るために必要な事を、しておるだけなのでございます」


「そういう事なら、ナンゴウ郡の件は許しましょう。だが、これ以上領地を広げるのなら、ホウジョウ家も黙ってはいませんぞ」


 最後に言い残して、ノベハラがビホロ城を去った。

 残ったミヤモト家の者たちは、不機嫌な顔をしていた。最初に武将のモガミが口火を切る。

「ホウジョウ家め、勝手な事ばかり言いおって」


 ワカバヤシ城代も頷いたが、その顔は暗かった。

「これで、ホウジョウ家を敵に回したかもしれません」

「当家が生き残るには、領地を広げ、カイドウ家にミヤモト家は手強い、と思わせるような存在になるしかないのだ」


「ですが、ホウジョウ家が本気になって、攻めてきたら如何いたしますか?」

 トシカツが厳しい顔でワカバヤシ城代を見た。

「ホウジョウ家の動きをどう思う?」


「動きと申しますと、ヒオキ家を攻め滅ぼした事でございましょうか?」

「そうだ。ホウジョウ家はカイドウ家に対抗するために、ハジリ島を統一しようとしているのではないか?」


 重臣たちが不安そうな顔をする。

「そうかもしれません。ミヤモト家はホウジョウ家か、カイドウ家か、どちらか一方を選ばねばならないのかもしれません」


 トシカツが頷いた。

「儂は賭けをしようと思う」

「どのような賭けでございます?」

「この勢いで、シバ郡のサクラ家を攻める」


 ワカバヤシ城代が、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「そのような動きに出れば、ホウジョウ家の伊和守様が、お怒りになりますぞ」


「その怒りに任せて、ミヤモト家を攻めるようならば、カイドウ家に助けを求める」

「馬鹿な、それはカイドウ家に臣従するという事ですぞ」

 カイドウ家がただで支援してくれるはずがないのだ。代償として、家臣になれという条件が突き付けられるはずである。


 モガミがトシカツに視線を向ける。

「殿、なぜ、そのような賭けをなさるのでございますか?」

「伊和守殿の器量を試すのだ。怒りを堪えて、ホウジョウ家に臣従せよ、という使者を寄越すならば従おう。だが、問答無用で戦を仕掛けるのならば、カイドウ家を頼る」


 ホウジョウ家にとって、戦う事なしに従える事が最良の方策なのだ。それを選ばずに、怒りに任せて攻め込むようならば、カイドウ家に勝つ事などできないだろう。


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