第177話 ホウジョウ軍の古い戦い

 ハジリ島のトカチ州とトヨコロ府の間を流れるアブクマ河。その河の中流にセヤ谷がある。河が土砂を侵食し、切り立った谷となった場所だ。


 そこのトカチ州側で、大勢の男たちがハルノで製作した吊橋を運んでいた。

「しっかりしろ。もう少しだ」

 コマダの配下であるマツクラ・モトフジは、ホウジョウ家の兵たちを指揮してセヤ谷へ来ていた。今夜、この谷に橋を架ける作戦を実行するためである。


 もう少しで日が暮れようとしている。その日は満月であり、月光を頼りに吊橋を架ける作業が始まった。対岸に潜んでいたホウジョウ兵が現れ、弓で飛ばした紐を引っ張り紐の先に結ばれているロープを何本も近くの木々に結びつけた。


 そのロープの間に板を固定していく。吊橋が完成したのは夜半すぎである。それからホウジョウ兵の移動が始まった。一万の兵を移動させるのが終わったのは地平線に朝日が顔を出した頃であり、その一万の兵はヒオキ家の居城があるガンドウを目指して進み始めた。


 そのホウジョウ軍を発見したヒオキ軍は、大騒ぎとなった。ガンドウ城の太鼓が打ち鳴らされて、家臣たちが戦支度をして登城する。


 ヒオキ家の当主であるヒオキ・東雷督とうらいのかみ・アサチカは、その報せを聞いて仰天した。

「馬鹿な。どうやってアブクマ河を渡ったのだ。十分に警戒していたはずではないか」


「殿、そのような事を言っている場合ではございませんぞ」

「む、分かっておる。戦の準備を始めよ」

 アサチカは八千の兵を掻き集め、ホウジョウ軍に向かって進軍させた。


 ホウジョウ軍とヒオキ軍は、深山寺付近の街道で遭遇し戦う事となった。その付近は荒れ地であり、草が生い茂る場所である。


 両陣営は草刈りをして陣を張り、兵たちを配置した。ホウジョウ軍は鉄砲隊を一箇所に纏めて配置する。ホウジョウ軍は鉄砲兵の扱い方が研究不足だった。


 この辺はカイドウ軍と戦ったミヤモト軍とは違う。

 戦いが始まり、弓兵と鉄砲兵の戦いとなった。ホウジョウ軍の鉄砲兵は、火縄銃の銃口を弓兵に向けて撃った。その鉛玉は弓兵隊の中心部に集中する。


 二、三発の鉛玉が一人の弓兵に命中するほど、狙いが集中してしまったのだ。その御蔭で弓兵に与えられた打撃が限定されてしまった。


 ホウジョウ軍の大将であるコマダは、渋い顔をして鉄砲隊を見ていた。

「馬鹿者、無駄玉を撃つな!」

 怒鳴り声を上げたコマダは、訓練不足の鉄砲兵に狙いを散らせと命じた。


 戦いは消耗戦となった。ホウジョウ軍は鉄砲兵の打撃力を活かせなかったのだ。従来の戦い方となると、コマダが活き活きとして指揮を執り始めた。


 ホウジョウ軍はまだまだ古い戦い方から抜け出せていない戦闘集団なのである。この事は、大将であるコマダも気付いており、苦々しい顔をしながらも慣れ親しんだ命令を出す。


 古い戦い方においては、ホウジョウ軍もヒオキ軍も互角だった。だが、消耗戦で戦える兵の数が減ってくると、数が多いホウジョウ軍が有利となってきた。


「押せ押せ! 敵の大将首を取るのだ!」

 コマダがどら声を張り上げる。もう一歩で敵の大将であるアサチカを狙えそうなのだ。この時、コマダの頭から火縄銃を持つ鉄砲兵の事が抜け落ちていた。


 それを思い出していれば、もう少し早く決着がついたかもしれない。

 この戦い、大将同士が一騎打ちする事になった。攻め込んだコマダが、アサチカを見付け勝負を挑んだのである。


 槍を持つ二人の武将が、死力を尽くして戦う。

「東雷督、その首を、このコマダ・ゴエモンがもらい受ける」

「馬鹿を申すな。貴様如きに、首を取られるようなヒオキ・アサチカではないわ」


 二人はお互いに手傷を負いながら戦い、最後にコマダの突きがアサチカの胸に突き刺さる。

「がはっ」

 血を吐いたアサチカが倒れた。それを見たヒオキ軍は総崩れとなった。


 ホウジョウ軍の中から勝ちどきの声が上がった。

「お見事でございました」

 副将であるマツクラがコマダに声を掛けた。


「いや、無様な戦いをしてしまった。後世の者たちは、このような戦いをした某を笑うかもしれんな」

「我々に与えられた命令は、勝つ事です。それを見事に成し遂げたのですから、笑われてたまるものですか。笑うような奴は、本当の戦場を知らぬ者です」


 マツクラは気にするなと言った。だが、この戦いで多くのホウジョウ兵が死んだのも事実である。もう少し鉄砲隊を有効に使っていれば、犠牲者を減らせたのだ。


 ホウジョウ軍はヒオキ軍を追撃し、最後にはガンドウ城を包囲して降伏させた。

 ヒオキ家という大名家が消え、ホウジョウ家は大きくなった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ハンゾウから、ホウジョウ軍とヒオキ軍の戦いについて報告を受けた俺は、順当な結果だと納得した。

「どうだ、草魔の者はハジリ島に慣れたか?」


 一ヶ月ほど前から、ハジリ島を探る忍びを影舞から草魔に替えた。影舞が探っている海外の地域が広がったせいで、影舞が忍び不足となってしまったのである。


 そこでハジリ島の担当を草魔に替え、報告はハンゾウが行うようになった。

「拠点や情報源は、影舞から譲り受けましたので、さほど苦労はありませんでした」


「それは良かった。ところで、ホウジョウ軍とヒオキ軍の戦いだが、どうであった?」

「ホウジョウ家は、鉄砲隊を揃えていたのですが、上手く使い熟せていないようでございました」


「そうか、だが、ホウジョウ家は優秀な人材が揃っている。すぐに使い方など覚えるであろう。油断するような事はできん」


 ホウジョウ家は人材が多い。コマダのように古い戦い方が染み付いている武将も居るが、若手の中には鉄砲隊の編成を進言した人物や、交易を推し進めている人物も居るのだ。


「ミヤモト家はどう動いている?」

「ナンゴウ郡を制圧したミヤモト家は、今は新しい領地を掌握する事に全力を注いでいるようです」


「なるほど。だが、拡大の意思が消えた訳ではあるまい。次はどこを狙うと思う?」

「某なら、シバ郡を狙います」

「なぜだ? シバ郡のサクラ家の兵は、勇猛な精鋭揃いだと聞いた事がある」


「問題は、シバ郡の東にあるツシマ郡のカナヤ家なのです」

「詳しく話してみよ」

「カナヤ家の当主カナヤ・風羽督・セイベエは、意気地のない人物で、ミヤモト軍と戦いとなったら、すぐにでも降伏しそうな大名なのです」


「ふむ、ミヤモト家は、手強いサクラ家から潰すと考えるのだな」

「はい、サクラ家は、ヤタテ郡のキクチ家から、火縄銃と硝石を買い入れております。軍備を増強しようとしておるのです」


「ああ、それでか。強くなる前に叩く。ミヤモト家がそう考えると思っておるのだな」

「そればかりではありません。カナヤ家の当主セイベエの妹が、ホウジョウ家の次男に嫁いでいるのでございます」


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