第176話 ミヤモト家vsツガル家
ナンゴウ郡に攻め込んだミヤモト軍を率いているのは、武将のモガミ・カツユキだった。ミヤモト軍が攻め込んだ場所は、ナンゴウ郡のメルタ原と呼ばれている場所だ。
メルタ原の少し小高い場所にミヤモト軍は陣を置いた。モガミはツガル軍が陣を張っている南の方角を見た。ツガル軍のほとんどは槍兵のようだ。
ミヤモト軍は五百の鉄砲兵を率いている。コタン島での戦いで、鉄砲兵の威力を見せつけられたミヤモト軍は、その後も火縄銃を購入し鉄砲兵を増やしたのだ。
モガミの副将であるイノハラ・カンジロウが、モガミに話し掛ける。
「ツガル軍の連中が、隊列を組んでおりますぞ」
「ふん、あやつら驚く事になる。我々もカイドウ軍の鉄砲には、煮え湯を飲まされたからな」
ミヤモト家は忍び集団『暗摩』を使って、カイドウ軍を調べさせている。その結果、分かった事があった。カイドウ家の兵のほとんどが鉄砲兵であるという事だ。
しかも銃剣付きの単発銃を使用しているので、接近戦になった時も戦えるらしい。
「我々にカイドウ家の大砲があったら、鎧袖一触で叩き潰してやるのだが」
「さすがに、ホウジョウ家も大砲は売ってくれませんでしたな」
「まあ、当然だろう。大砲自体が少ないのだ」
「……モガミ殿、敵の弓兵が出てきましたぞ」
ツガル軍の弓兵が前に出て矢を放ち始めた。それがミヤモト軍の槍兵の周りに降り注ぐ。
「カイドウ軍が、このような戦い方をしてくれたら。我らの軍が敗北する事はなかったかもしれんな」
モガミはコタン島での戦いに参加している。数少ない生き残りの一人であり、カイドウ軍の戦い方を知っているただ一人の武将だった。
「そんな事より、鉄砲隊に撃たせますぞ」
ミヤモト軍は鉄砲隊に敵の弓兵を狙わせた。火縄銃の発射音が戦場に響き渡る。その攻撃でツガル軍の弓兵がバタバタと死んだ。
鉄砲隊の一斉射撃は一回では終わらなかった。三箇所に配置した鉄砲隊に、交代で撃たせたのだ。
「ああ、ツガル軍の大将が慌てて、弓兵を後退させようとしておる」
「当然でしょう。後退が遅れれば、弓隊が壊滅します」
このままではミヤモト軍の鉄砲隊にやられると感じたツガル軍は、ハジリ島では珍しい騎馬隊に突撃させようと考えたようだ。その狙いはミヤモト軍の鉄砲隊である。
馬に乗った騎馬隊の武者が、叫びながら迫ってきた。
それを見たモガミは、馬鹿な事をしていると思った。鉄砲の発射音に慣れていない馬は危険なのだ。
近付いた騎馬隊に、火縄銃が火を吹いた。まず爆発音に驚いた馬が暴れだした。落馬する騎馬兵が続出し、そこに鉛玉が襲い掛かって多数の被害者が出た。
それでも勇敢な騎馬兵の中には、鉄砲隊の中に暴れ込んだ者も居たが、すぐに撃たれた。
戦いはミヤモト軍が優勢のまま進み、槍兵同士の戦いが始まっていた。
「そろそろ終わりだな」
モガミは敵の大将が居る陣に鉛玉を撃ち込ませた。その一発が敵大将の腹に命中する。それで勝負が決まった。ツガル軍は敗走し、ミヤモト軍は追撃する。
勢いの付いたミヤモト軍は、ツガル家の居城を攻略し瞬く間にナンゴウ郡を掌握した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ホウジョウ家の居城があるハルノでは、ホウジョウ家の当主シゲヒロと家老のノベハラ、それに数人の武将が集まり話をしていた。
「御屋形様、ミヤモト軍がナンゴウ郡を掌握したという報せが入りました」
三十代の太守であるシゲヒロが、面白くないという顔で頷いた。その顔を見た家老のノベハラは、報せを持って来た家臣に確かめた。
「どのような戦いであったのだ?」
「始終、ミヤモト軍が優勢であり、一方的な戦いでございました」
「して、その原因は?」
「鉄砲隊の存在が大きいようでございます」
「なるほど、ツガル軍に鉄砲隊はなかったのか?」
「少数の鉄砲兵は、存在したようでございますが、隊を編成できるほどの人数は、なかったようでございます」
シゲヒロが納得したように頷いた。それから不機嫌そうな顔になる。
「ミヤモト家へ、火縄銃を多く売りすぎたのではないか?」
「ですが、ホウジョウ家が硝石を押さえております。こちらに歯向かうような事は、しないでしょう」
「ミヤモト家が、ツシマ郡やシバ郡にまで手を伸ばそうとするなら、硝石の供給を断て。これ以上ミヤモト家が大きくなるのは、好ましくない」
「承知いたしました」
ノベハラが頭を下げた。
「ところで、カイドウ家の動きはどうじゃ?」
「チトラ諸島を手に入れた以降は、内政と交易に力を注いでいるようでございます」
「交易は、どのような国と行っている?」
「列強諸国の中では、アムス王国とフラニス国、極東地域の国では、コンベル国・バラペ王国、それにキナバル島でございます」
「その交易で得られる利益は、膨大なものになるのであろうな?」
「その通りでございます。ホクトにあります交易区に限定しても、我々が得ている利益より、大きいと思われます」
「羨ましい事だな」
「御屋形様、羨ましがっているだけでは、カイドウ家に飲み込まれてしまいます」
「分かっておる。我らも大きくならねばならんのだ」
ノベハラが頷いて、武将の一人であるコマダ・ゴエモンに合図する。
「ならば、我らに敵対する南のヒオキ家を攻めるしかありません」
コマダが声を上げた。
「しかし、トヨコロ府との間には、アブクマ河が流れておる。あの河を渡河して攻め込むのは、容易な事ではない」
シゲヒロが問題点を指摘すると、家臣たちが頷いた。全員が分かっているのだ。
「確かに。暴れ川と称されるほど、流れが速い河ですから、渡るのも容易ではございません」
コマダが言うと、シゲヒロが頷いた。
「あの河を渡れる場所は、三箇所だけ。そこにはヒオキ家の砦がございます」
コマダが地図を広げて説明した。それを見たシゲヒロが、
「海を渡って、トヨコロ府へ攻め込めぬのか?」
「……そうでございますな。トヨコロ府を攻略するのに必要な兵力は、最低でも一万でございます。それだけの大軍を運べる船がありません」
「クッ、カイドウ家ならば、できたのではないか?」
ノベハラが頷いた。
「カイドウ家の海軍には、兵員揚陸艦という船があり、十隻で五千人を運べるそうでございます。他の船も合わせれば、一万の兵を運べるかもしれません」
シゲヒロが両手を強く握り締めた。
「知れば知るほど、カイドウ家の大きさが目に付く。もっと早くミケニ島へ目を向けておれば、これほど差が開く前に動き出しておったのに」
「御屋形様、過去を悔やんでも仕方ありませんぞ。まずは、ヒオキ家でございます」
ノベハラの言葉に、シゲヒロは頷き、コマダに目を向けた。
「そうだな。どこから攻める?」
「このセヤ谷に吊橋を架けられぬかと検討しているところでございます」
「確かにセヤ谷は、両岸の距離が短いが、高さ五十メートルもある。橋を架けるとなると短くて数日掛かるのではないか?」
「それを一晩で終わらせます」
一晩で終わらせると言ったコマダの言葉に、シゲヒロは驚いた。他の家臣たちも驚いた顔をしている。
シゲヒロが身を乗り出して確認する。
「本当に、一晩で吊橋が完成するのか?」
「予め橋を造っておき、それを吊るすだけにしておくのです」
シゲヒロは感心したように頷く。
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