第155話 桾国水軍vsカイドウ家海軍

 チトラ諸島のママル島にはカイドウ家の海軍基地がある。その基地の所属である星型哨戒艇の五番艦は『スタホ』と呼ばれている。


 そのスタホの艇長はウシオ・ムネノブだった。今は珈琲ハウスで、珈琲を飲みながら航海日誌を読み返していた。


「ウシオ艇長、そろそろ時間でござる」

 部下のオサカ・タカマサが呼びに来たので、ウシオは残っている珈琲を飲み干して店の外に出る。


 無人だったママル島に、今は小さな町が出来ている。カイドウ家の海軍のために造られた町だが、チトラ島の住民が移住してきて賑わい始めていた。


 ウシオたちは軍港の端に停泊している星型哨戒艇に乗船した。星型哨戒艇は一本マストの小型帆船にスターリングエンジンと外輪を搭載した船である。


 乗員は十二名、四門の小型砲を搭載している。星型哨戒艇は風がある時には帆走し、風のない時は外輪で進むという運用をしている。その日は風が有ったので帆を張り、チトラ諸島を一周する哨戒任務に就いた。


 天気が良く気持ちのいい日だった。星型哨戒艇がチトラ諸島の西の端を回り北側の海に入った時、ウシオは桾国の船らしい集団を発見する。


「何だ? どこの船だ?」

 船型が桾国の船に似ていると言っても、桾国・チュリ国・コンベル国は形が似ているので遠くからだと判別できない。


 ウシオは哨戒艇の進路を謎の船団に向けるように命じる。

「オサカ、確か桾国語を勉強していたよな」

「ええ、将来のために勉強しております」


「あっちの船に声を掛けてくれ」

「了解」


 哨戒艇は船団に近付き声を掛けようとした。だが、声の届く距離まで近付いた時、船団から数多あまたの矢が放たれた。

「くっ、あの者たちは海賊か? いかん、多勢に無勢だ。撤退するぞ」

 ウシオはすぐに撤退の判断を下した。


 船団の中から二隻だけ哨戒艇を追い掛けてきたが、星型哨戒艇のスターリングエンジンを起動し、外輪の推進力を利用して逃げ切った。


 ママル島の海軍基地に戻ったウシオは、基地の責任者である船手奉行ハタヤマ・カクベエに報告する。

「武装した船が、十二隻か。ちょっとした艦隊だな。それだけの規模だと桾国水軍だろう。チトラ諸島へ来るつもりだろうか?」


「目的は皆目分かりません。ただ近付いただけで矢を放ってきた点を考えますと、平和的な訪問ではないと思います」

「そうだな。それだけは確かなようだ」


 ハタヤマは装甲砲艦三隻、星型哨戒艇二隻を海上警備部隊として出し、桾国水軍の動きを見張らせる事にした。軍港から艦船が次々に出港し、桾国水軍の船団へと向かう。


 ウシオの星型哨戒艇も出港し部隊の先頭に立って案内する。間もなく桾国水軍の船団を発見した海上警備部隊は、船団を監視しながら平行に進んだ。


 桾国水軍の王提督は何もする気はなかった。ただ時間を潰してから、桾国に戻りイングド国海軍の艦船を追い払ったと報告しようと考えていただけなのだから。


 だが、見張られているのは気に食わなかった。これでは耀紀帝に報告する事が嘘だとバレる恐れがある。

「どこの連中だ。列強諸国の船ではないようだが……」

 列強諸国の艦船のマストに掲げられる国旗を、王提督は記憶している。そのどれとも違う国旗が、見知らぬ船のマストには掲げられていた。


 その旗はカイドウ家の家紋を旗にしたもので、翼を丸く広げた鳳凰の図柄だった。桾国人が遠い島国の家紋など知るはずがなく、邪魔だと思った王提督は旗下の軍船に攻撃するように命じた


 王提督は最悪の決断を下したのだ。装甲砲艦は桾国水軍の軍船より小さく、艦載砲の数も少なかった。それを見た王提督は、勝てると思ったのである。


 桾国水軍の軍船が近付き、砲撃を開始すると装甲砲艦の装甲に命中して跳ね返された。桾国水軍の軍船に搭載されている大砲は、星型哨戒艇に搭載されている小型砲並みに小さかった。


 威力も限定的で装甲砲艦の装甲を打ち破る事はできなかった。それが分かった装甲砲艦は、近付いて砲撃を加えた。榴弾が軍船の舷側を打ち破り中で爆発する。


 装甲砲艦は思いっきり接近して、至近距離で榴弾を放つという攻撃を仕掛けたので、桾国水軍の軍船は次々に撃沈。


 思い掛けない強力な反撃を喰らった王提督は、すぐさま撤退の命令を出した。

 反転して逃げ出した桾国水軍を、海上警備部隊は追わなかった。彼らの目的はチトラ諸島を守る事だったからだ。


 桾国に逃げ戻った桾国水軍の王提督は、激しい戦いの末にイングド国海軍の艦船を追い払ったと報告した。どこの誰とも分からない部隊と海戦し、逃げ帰ったとは言えなかったのだ。


 その報告を聞いた耀紀帝は、報告した孝賢大将に向かって怒りをぶつけた。

「朕は、イングド国海軍の艦船を壊滅せよと命じたのだぞ。なぜ命令に従わぬ」

「激しい戦いだったようで、王提督の軍船も何隻か沈められております。無理はできなかったのでございましょう」


「不甲斐ない。だが、追い払ったという功績は認めてやる。次に命じられた時は、必ず朕の命令通りにせよ、と伝えておけ」

「畏まりました」

 それが伝えられた王提督は、また頭を抱える事になった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺は桾国水軍と海上警備部隊の戦いをホクト城で聞いた。

「桾国水軍は、イングド国海軍艦隊を叩けと命じられたのではなかったのか?」

 ホシカゲが首を傾げた。


「そのはずなのでございますが……」

「だったら、なぜ東にあるチトラ諸島へ来る。方向が全く逆ではないか」

「謎でございます」


 この事件は、謎の遭遇戦として歴史に残る事になる。

「まあいい。チトラ諸島の部隊が無傷だったのなら騒ぐ事もあるまい」

 本来なら、国際的な大事件として問題化するところだが、俺も桾国とは問題を起こしたくなかったので、口を閉じる事にした。


「しかし、その王提督はイングド国海軍と戦い追い払ったと報告したのだな?」

「その通りでございます」

「ふん、カイドウ家懲罰部隊を率いて攻めてきた黄都尉と同じだな。嘘の報告をして、耀紀帝の怒りから免れようとする。ある意味、耀紀帝も可哀想だ」


 ホシカゲが渋い顔をする。

「それは間違いでございますぞ。耀紀帝が現状を把握して、正しい信賞必罰を行っていれば、そのような嘘を吐く必要はないのです。御屋形様なら、戦力が足りず逃げ帰った者を死罪にされますか?」


「それは……そうだな。原因は耀紀帝自身か。どうしようもないな」

「御屋形様が以前に仰っていたように桾国は滅び、列強諸国に食い荒らされる事になるかもしれません」


「それは気に入らんな。列強諸国が桾国を手に入れれば、桾国人を使ってミケニ島を攻めて来る事も考えられる」


「ならば、どういたしましょうか?」

「桾国には滅んでもらう。だが、列強諸国も極東地域に手が出せぬように、痛い目に遭ってもらう。まずは、イングド国海軍の艦隊だ。あれを壊滅させる」


「それにはカイドウ家の海軍を拡充せねばなりません」

 俺は溜息を漏らした。

「はあっ、そうだな。だが、一朝一夕にできる事ではないからな」


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