第154話 王提督の憂鬱


 カイドウ家は列強諸国を刺激しないようにしながらも、交易範囲を広げていた。例えば、コンベル国である。チュリ国とバラペ王国の中間にある国で、広大な密林と農地が広がる農業国だ。


 コンベル国の国民であるイシェラ族は、元々遊牧民であり猛々しい気風を持つ民族だった。五十年ほど前に桾国軍が攻め込んだ事があったのだが、国民全員が協力して撃退に成功している。


 イシェラ族はミケニ島の住民と同じく米を主食としている民族である。農地の半分以上が水田で、そこで長粒米を生産している。


 ミケニ島で栽培しているのは短粒米であるが、同じ米食文化であるので田園風景は似ている。

 カイドウ家は、このコンベル国との交易を増やした。アマト州から輸出するのは、正腹丸などの医薬品・ガラス製品・ランプ・灯油・陶磁器・焼酎などである。


 特に焼酎が人気が高いようだ。コンベル国から輸出されるのは、珈琲コーヒー豆・落花生・綿である。量的には綿が一番多いが、珈琲豆が注目される事になった。


 俺がコンベル国で珈琲豆を生産していると知った時、すぐに取り寄せた。焙煎して粉にして飲んでみた。食に対して貪欲なクガヌマとイサカ城代も興味を示し、味見する。


「苦い、何ですか、これは?」

 クガヌマは気に入らなかったようだ。一方イサカ城代は、香りを楽しみ一口飲んで気に入った。

「確かに苦いが、胸がスッとする香りは心地よい。それに苦味も嫌な苦味ではない」


「確かに苦いが、砂糖を一杯だけ入れると丁度いいようだ」

 俺が砂糖を入れて飲むと、クガヌマも真似をする。

「なるほど、甘みで苦味が消えましたな。これなら旨い」


 珈琲はゆっくりとだがミケニ島全体に広まり、各地に珈琲ハウスという店ができた。このように諸外国との交易が盛んになると、ミケニ島の内部にも影響し変化が起きる。


 俺が朝の珈琲を楽しんでいると、ハンゾウが訪れた。

「何かあったのか?」

「オオツキ郡のタキガワ家から連絡が有りました。オオツキ郡の南東にあるカイバラ郡のニッタ家とミハマ郡のノノムラ家が恭順したいと申し出ているそうでございます」


 カイドウ家は何もしていないのに、ミケニ島の南側にある大名家が次々に恭順を申し出て臣従していく。これはなぜなのだろう?


 ハンゾウに問い掛けると、

「それは、カイドウ家が怖いからなのではありませんか」

 とハンゾウが俺の疑問に答えた。


「怖い? ニッタ家やノノムラ家には何もしておらんぞ」

「カイドウ家は、そこに存在するだけで、怖いと思われるようになったのでございます」

「そんなものか。この調子だと同盟は崩れ、ミケニ島がカイドウ家のものになるのも時間の問題か。それとも同盟の核となるイマガワ家が最後まで抵抗するのだろうか?」


 ハンゾウは難しい顔をする。

「イマガワ家の讃岐督様は、誇り高き人物であるようです」

「なるほど、ハンゾウは最後まで戦うと思っているのだな。……ならば、ミケニ島の南側にいくつかの大名が裏切ってカイドウ家に寝返りそうだと噂を広めよ」


「畏まりました」

 俺は頷いてから尋ねた。

「ミケニ島の南側は、草魔に任せる事にしたが、苦労している点はないか?」

「イマガワ家の居城があるマシキに拠点を設ける事をお許しください」


「危険ではないのか?」

「イマガワ家の動きを探るために、多くの忍びを投入しております。バラバラに動いていたのでは効率が悪いのです」


「いいだろう。だが、イマガワ家に気付かれるな」

「承知しております」

 草魔はサヌキ府のマシキで珈琲ハウスを開き拠点とした。ホクトで流行っている珈琲ハウスだと怪しまれるのではないかと俺は心配したが、ミケニ島中に珈琲ハウスが広がっており心配ないという。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 チュリ国のオサでイングド国艦隊の責任者であるレストン提督とチュリ国の総督アルバーン、陸軍のキンケイド少将、海軍のギャレット少将が集まり打ち合わせを始めた。


「キンケイド少将、桾国軍に奪われた領地はどうするのかね?」

「必ず取り返します」

「そう言うが、桾国軍が駐留しておるではないか」


「心配の必要はありません。チュリ国には、あれだけの大軍を養う余裕がないのです。遠からず撤退するでしょう」


「撤退だと……君はいつ頃だと考えている?」

「半年も保たないと考えています」

 ギャレット少将がキンケイド少将に視線を向けた。


「桾国軍も馬鹿ではあるまい。そうなる前に何らかの動きを始めるのではないのか?」

「ええ、それも考慮しています。桾国軍は我々に対して大攻勢を掛けるでしょう。その攻撃を耐えきれば、我々の勝利です」


 桾国軍は桾国から増援が来たので、兵力五万となっている。一方、イングド国軍の兵力は三万近くに達しており、火縄銃などの火力を考慮すれば十分に撃退できると、キンケイド少将は考えていた。


「しかし、これ以上桾国から増援が有れば、それも難しくなるのではないかね?」

 レストン提督が指摘する。

「そこで提督にお願いが有るのですが、艦隊を率いて桾国の沿岸部を荒らし回ってもらえませんか?」


 提督が渋い顔をする。

「我々に海賊の真似をさせるつもりなのか?」

「祖国のために、お願いいたします」

 提督も祖国のためと言われると断れなかった。


 イングド国海軍の艦隊から、七十六門艦四隻と三十二門艦五隻が出港し桾国の沿岸へ向かった。向かった先は、桾国の首都ハイシャンの南にある湊町ナンアンとウーチャンである。


 両方の町は砲撃され、多大な被害を出した。その報告を受けた耀紀帝は激怒して、海賊船を沈めよと命令を出した。その時には、まだ相手がイングド国海軍だと分かっていなかったのである。


 だが、すぐにイングド国海軍が海賊の真似をしたのだと判明。耀紀帝は水軍にイングド国海軍を壊滅せよと命じた。


 ところが桾国水軍の王提督は、頭を抱えてしまう。水軍にはイングド国の艦隊を打ち負かすほどの戦力がなかったからだ。


 だが、出動しない訳にはいかない。王提督率いる水軍は外海そとうみに出ると、チュリ国とは反対の方向である東に向かった。なぜに東かと言えば、時間稼ぎである。


 このままだと、チュリ国で桾国軍とイングド国軍の戦いが始まるだろう。その最中に戻り、イングド国艦隊と戦いになったが、イングド国艦隊が逃げてしまったと報告するつもりだったのだ。


 桾国水軍は東へ東へと向かい、チトラ諸島に到達した。当然、それを発見したカイドウ家海軍と揉める事になったのである。

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