第148話 文化的生活
スギウラはスターリングエンジンと外輪推進装置の改良を続け、長時間稼働させても故障する事がないエンジンを完成させた。
俺としては馬力に不満があったが、哨戒艇に使えると判断し動力付き哨戒艇を建造させる事にした。この哨戒艇は『星型哨戒艇』と名付けられ、数多く建造される事になる。
星型哨戒艇の最高速度は、大したものではない。だが、風がない時でも軽快に走れる星型哨戒艇は、カイドウ家海軍で重宝される艦船となった。
但し、このスターリングエンジンが中型船や大型船に取り付けられる事はなかった。悲しい事だが、馬力が足りなかったのだ。
スギウラは大馬力のスターリングエンジンを研究し開発を進めているが、完成はしていない。だが、これらの開発により、カイドウ家に属する技術陣の技量は急速に高まっていた。
また中型船や大型船には採用されなかったスターリングエンジンだったが、船以外に活用される事になった。鍛冶仕事や揚水、工場などでの利用が検討され始めたのだ。
ホクト城でも櫓の上に設置した水タンクに水を汲み上げるのに使い始めた。これにより城の低階層では、蛇口を回せば水が使えるという環境になった。
しかも
「御屋形様、久しぶりに銭蔵の床が抜けました」
勘定奉行であるフナバシが、俺のところに報告に来た。
「はあっ、銭蔵は姫佳銀や王偉金を中心に仕舞っているのではなかったのか?」
「姫佳銀を仕舞っている銭蔵の床が抜けたのでございます」
冥華銭を中心に銭蔵で管理していた頃は、銭蔵の床が抜けるという事はあったのだが、姫佳銀や王偉金を発行した頃から、銭蔵の床が抜けるという事はなくなった。
「ふむ、カイドウ家が銭を溜め込み過ぎるのは、いかんな」
「なぜでございますか?」
「カイドウ家に銭が貯まるという事は、銭が一箇所に留まり、領民の間に流れていないという事だ」
カイドウ家は諸外国や他の大名家の領地とも取引しているので、そこからは容赦なく金を集めいる。なので、カイドウ家の銭蔵に金が溜まったからと言って、領民の間に金が流通していないとは言えない。
だが、最近は戦が続いたので、軍備にだけ予算を割り当てるという事が続いた。そこを反省しているのだ。
「ふむ……庶民の楽しみを増やすという事を考えてもいい頃だ。大きな興行会場でも建設するか」
古代において相撲興行を行う建物があったらしい。その建物に人を集めて、相撲の取組を見物させるというものだ。但し、実際は相撲だけでなく、別の競技や音楽などを披露する場所でもあったようだ。
俺がフナバシに説明すると、納得した。
「なるほど、庶民を楽しませるためにでございますか。相撲好きのイサカ城代なら、毎日通いそうですな」
「相撲興行を毎日というのは無理だろう。季節ごとに日数を決めて興行させればいい。取組のない日は、別の
俺は拡張が続いているホクトの東側に、興行会館を建てる事にした。これは広い土地を確保できるのが、新しく埋め立てた土地しかなかったからだ。
だが、埋立地は東へと広がっていく予定なので、建設予定地は将来的に繁華街の中心部になるだろう。
建設のために必要な人を募集すると、ホクト周辺から大勢の人々が集まってきた。
急ぐ必要はなかったのだが、できるだけ大勢雇い建設を急がせた。
興行会館の建設を進めながら、都市計画というのものを考え始めた。ホクトが大きくなれば、都市内部の移動手段について考えなければならない。
将来的には鉄道や地下鉄も建設する事になるだろうが、今は無理である。できるのは、道幅を広く造り馬車などが余裕で通れるようにするくらいが精一杯だ
俺が地図を見ていると、ドウセツとマサシゲが話し掛けた。
「御屋形様、ドウセツが陸を走る乗り物に、スターリングエンジンを取り付けられないものか、と言っているのですが、どうなのでしょう?」
「もちろん、できるぞ。だが、スターリングエンジンは一台一台を手作りしておるからな。星型哨戒艇や揚水機の分を造るのが精一杯らしい」
「そうなのですか、残念です」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ミケニ島の南側、同盟を結んだ大名の中でオオツキ郡のタキガワ家は、危機感を募らせていた。カイドウ家がいつ攻め込んでくるか分からないというのに、同盟を結んだイマガワ家とメラ家が戦を始めたからだ。
当主のタキガワ・
「叔父上、タキガワ家が生き残るためには、どうしたら良いと思う?」
ヨシカツが疲れた声で、叔父であるタキガワ・ヒデミチに尋ねた。
「確実にタキガワ家を残すなら、カイドウ家に恭順を誓う事ですな」
「何もせずに降伏しろというのか?」
「それが最も確実に家を残す方法でございます」
「だが、それは武人として、どうなのだ? 卑怯者と思われぬか?」
「卑怯者と思われたとしても、それがどうしたのでござる? 滅びぬために、どうすればいいかという道を探しておるのですぞ」
そう言われても、ヨシカツは決断できないでいた。
「我々は、カイドウ家の事をよく知らぬまま、考えております。まずはカイドウ家や月城守様の事を調べてはどうでしょう?」
「分かった。このヨシカツ自身が、ホクトへ行って確かめてこよう」
「いや、それは……」
ヒデミチは止めたが、ヨシカツは決意を変えなかった。
その数日後、オオツキ郡の湊町から一隻の帆船が出港し、北へと向かった。
「叔父上が来なくても良かったのに」
「そうはいかん。殿に何か有れば、某が腹を切って、詫びる事になるからな」
ヨシカツとヒデミチが乗る帆船は、二十人乗りの小型船だった。オブセ郡の沖合を通過した帆船は、ゲイホク郡の湊町で一泊してから、ミルガ湾の沖合を通りチガラ湾を通過しようとした。その時、陽が陰り風が強くなった。
「殿、空模様が怪しくなりました。ここはチガラ湾に避難いたしましょう」
「そうだな」
帆船がチガラ湾に船首を向けた頃から、風が更に強くなった。そして、もう少しでチガラ湾に入ろうとした時、強烈な風が吹いて、船が岩礁に打ち付けられる。
タキガワ家の帆船は岩礁に乗り上げてしまった。その事故でヒデミチは負傷した。脇腹から血が流れているのを目にしたヨシカツは、叔父の近くまで這い寄った。ヒデミチとヨシカツの目が合った。
「殿、私を置いて逃げてくだされ」
「叔父上、そのような事ができるはずがなかろう」
ヨシカツは波でガタガタと揺れる船にしがみつき、嵐が収まるのを待った。
「助けが来るだろうか?」
「ここから町が見えるのです。町の者も気付くはずでございます」
しばらく待っていたヨシカツは、小型船が近付いて来るのを目にした。奇妙な船だった。一本のマストが立っているが、そこには帆がなかった。それに舷側に奇妙なものが付いている。
「誰かが漕いでいるのか?」
奇妙な小型船が近付き、その甲板に立つ男が叫んだ。
「そちらの船には、何人が乗っている」
「十八人だ」
奇妙な小型船からロープが投げられ、ヨシカツたちは救助された。負傷したヒデミチは素早く手当され、船室に寝かされた。
ヨシカツは奇妙な船に違和感を覚えた。絶えず変な音が響いているのだ。湊に着いたヨシカツは、家臣たちと一緒に降ろされ、湊にある陣屋に連れて行かれる。
そこでカイドウ家の代官から事情を尋ねられた。
「ふむ、タキガワ家の方なのですか。災難でしたね。これからどうされます?」
「連れの怪我が治るまで、ここに滞在できぬものか?」
「そうでございますね。ふむ、困りましたな。ここはカイドウ家の海軍基地なので、部外者を置いておく事はできぬのです」
「出ていけと言われるのか?」
「まあそうですが、カイドウ家の船でホクトまで送りましょう」
ヨシカツはホッとした。
「忝ない」
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