第147話 動力船

 蒸気機関については、一度試作してみて上手くいかなかったという過去がある。

 俺はチトラ諸島を詳細に調査するように命じた。小さな島まで合わせると百を超えると言われているチトラ諸島の島々を調査するのは時間が掛かった。


 ホクトに戻って来た海軍のソウマが、評議の間に集められた重臣たちの前で報告する。

「チトラ諸島で、最も大きな島であるチトラ島の周囲は、海藻の宝庫であると分かりました」


 昆布やワカメなどの海藻の他に、鮭や蟹などが豊富だった。特にタラバガニが豊富に獲れると聞いた時は、喜んだ。

「御屋形様は、蟹が好物だと聞いておりましたので、タラバガニを十箱ほど持ち帰りました」


 俺はソウマを褒めた。こういう心遣いは嬉しい。

「サコン、庭で焼きガニにする準備しておけ」

 小姓たちにタラバガニを食べる準備をさせて、報告の続きを聞いた。


「チトラ諸島は、海の産物は豊富ですが、穀物を育てられる土地は少なく、米や小麦が不足しているようです」

「なるほど、海産物を加工してミケニ島に運び、代わりに米や小麦をチトラ島へ運べば、喜ばれそうだな」


「御屋形様、イングド国の艦隊から、チトラ諸島を守れるのでございますか?」

 イサカ城代が尋ねた。


「今のままでは、難しいだろう。だが、チガラ湾の海軍造船所で、装甲巡洋艦と装甲砲艦の建造を始めている。それらが完成したら、何とかなるだろう」


 チトラ諸島が早期に掌握できたので、兵員揚陸艦の建造を六隻で打ち切り、装甲巡洋艦と装甲砲艦の建造を始める事にしたのだ。問題は船を操る船乗りの育成であるが、これには少々苦労している。


 船奉行のツツイが俺に視線を向けた。

「以前に、話しておられた蒸気機関というものは、作れぬのでございますか? それが有れば、船乗りの数を少なくできると思うのですが」


「試作させた事が有るのだが、蒸気漏れが酷くて、使いものにならなかった。今しばらく研究が必要だ」

「なるほど、完成までに時間が掛かるという事でございますな。蒸気機関の他に、船を動かすものはないのでございますか?」


「いや、他にも数多く有る。だが、一番作りやすいのが、蒸気機関……待てよ。そう言えば、構造が簡単なエンジンが有ったな」


 古代において『スターリングエンジン』と呼ばれていた。その作動原理は、空気を加熱すると膨張し冷却すると収縮する性質を利用したもので、単純な仕組みである。


「それは、どんなものなのでしょう?」

 俺はなるべく簡単に説明したが、ツツイには理解できなかったようだ。

「今度、試作して見せてやろう」

 それを聞いたツツイが感謝した。


「さて、報告は聞き終えたようだな。蟹を食べに行こう」

 俺たちは庭に向かった。庭では小姓のサコンたちや使用人が、準備をしていた。十数個の七輪に炭火が赤く輝いているのが見える。


 七輪の上には鉄製の網が置いてあり、俺たちが姿を現したのを見たサコンたちが、切り分けた蟹の足を網の上に載せる。


 七輪の傍には、折畳式簡易腰掛けである床几しょうぎが置いてある。俺は真ん中にある七輪の傍に座った。その隣にイサカ城代とクガヌマが座る。


 トウゴウとコウリキ、フナバシは隣の七輪の周りに座る。重臣たちも適当に座った。その頃になると、タラバガニが焼けて香ばしい香りが漂い始めた。


「そろそろいいだろう。それではタラバガニを……」

 俺が食べようとするのを、クガヌマが止めた。

「お待ちください。まずは、某が毒味をいたします」


 そう言って、目を輝かせ旨そうに蟹の足を食べ始める。そして、もう一本。三本目に手を出そうとするクガヌマの手を、イサカ城代が叩いた。


「馬鹿者、全部一人で食べるつもりか?」

「おっ、これは失礼しました。毒はないようですので、御屋形様もどうぞ御賞味ください」


「クガヌマは相変わらずだな」

「全くでございます」

 俺とイサカ城代の文句を聞きながら、平然と蟹を食べるクガヌマに苦笑した。俺はタラバガニの足の身を口に入れ、初めて食べるタラバガニを堪能した。


 旨い、蟹独特の旨味が口の中に広がって……これは、桾国人には知られないようにしなければ、そうでないと耀紀帝が独り占めしようと攻めて来そうだ。


 重臣たちも旨いと言って騒いでいたので、満足したようだ。俺はサコンたちに一箱分を奥御殿に届けるように命じた。フタバたちに食べさせようと思ったのだ。


 タラバガニを堪能した翌日、俺はスギウラ・タダマサという家臣を呼び出した。スギウラは手先が器用で、鍛冶に興味を持っている変わった武人だ。


「スギウラ、作ってもらいたいものが有る」

「ですが、この前の蒸気機関も上手くいきませんでした。某で大丈夫でしょうか?」


 俺は頷いた。

「ミケニ島の加工技術が低すぎたのだ。蒸気機関を完成するためには、地道に技術を向上させるしかない。そこで、もっと簡単な構造をした動力機関を試作する事にした」


 俺はスターリングエンジンについて説明する。

「御屋形様、某には構造の複雑さが、蒸気機関と変わらぬように思えるのですが?」

「蒸気機関は、蒸気の高圧に耐えられる構造が必要であった。だが、スターリングエンジンでは、それほどの強度を必要としない。スターリングエンジンなら、製作できるのではないかと、考えた理由だ」


「なるほど、分かりました。ところで、蒸気機関とスターリングエンジンでは、どちらが優秀な動力機関なのでございますか?」


「一概には言えないが、スターリングエンジンの馬力を上げる場合、装置を大型化する必要があるので、あまり活用されなかったようだ」


 スギウラは模型サイズの小型スターリングエンジンから試作して、その原理を理解してから、大型のスターリングエンジンの製作に取り掛かった。


 スギウラが開発したのは、五馬力ほどのスターリングエンジンである。大きさは人の背丈ほどもある大型のものになった。ガソリンエンジンの存在を知っている俺は、たった五馬力でそこまで大きくなるというのが信じられない。


 だが、加工技術が劣っているミケニ島では、それが限界だったのだ。スターリングエンジンで使う燃料は、余っている重油を使う事にした。


 試作したスターリングエンジンは、タビール湖で運用しているスループ型帆船に取り付け、外輪船に改造する。


 久しぶりにタビール湖へ来た俺は、外輪船に改造したスループ型帆船に試乗した。

 船乗りたちは、外輪船を胡散臭そうに見ている。風の力がなくても動く船だというのが、信じられなかったようだ。


「御屋形様、本当に船が動くのでしょうか?」

 一緒に付いて来たドウセツが、眉間にシワを寄せて外輪船を見ている。


「陸上では、ちゃんとスターリングエンジンが動いておる。たぶん大丈夫だと思うが、それを確かめに来たのだ」


 俺は動くだろうと思っていたが、あまり期待できないとも思っていた。スターリングエンジンの馬力を上げる事が、予想していた以上に難しかったからだ。


 スギウラがスターリングエンジンに火を入れ、エンジンを稼働させる。その回転力は船の両脇に設置されている外輪に繋がり、外輪船を動かし始めた。


「御屋形様、進み始めましたよ。凄い」

 ドウセツは感動しているようだが、俺が期待していた船速からすると、ガッカリするほど遅い。


 外輪船を操縦しているスギウラに歩み寄り、質問した。

「スギウラ、どう思う?」

「正直申しますと、動いてくれただけで、嬉しゅうございます。ただ御屋形様が要望された速度には、ならないようです。申し訳ありません」


「これは試作だ。これから改良すれば良い」

 それを聞いたドウセツは、「凄いと思うんだがな」と呟いた。


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