第149話 ヨシカツのホクト体験談

 カイドウ家の海軍基地内にある診療所で、タキガワ家の当主ヨシカツが寝台に横たわっている叔父ヒデミチを見下ろしていた。

 ヒデミチの顔色は良くなっていた。海軍基地の医師が治療してくれたからだろう。


「叔父上、大丈夫ですか?」

「もう大丈夫でございます。心配をお掛けたようで、申し訳ありません」

「謝る必要などありません。あれは不幸な事故だったのです。それより、ここはカイドウ家の海軍基地なのだそうですが、警備が厳しい場所なようです」


「それだけ重要な軍事上の秘密があるのでしょう」

「それを見られないものであろうか?」

「まず無理かと思いますぞ。それに万一不審者として捕まれば、大変な事になります」


「そうだな、自重しよう」

 カイドウ家の兵が、船の準備ができたと伝えに来た。ヒデミチは担架に載せられて湊に運ばれる。カイドウ家が用意してくれた船は、大きな船だった。


 座礁したタキガワ家の船より倍以上大きいだろう。タキガワ家の全員が乗り込むと船が出港した。タキガワ家の者たちには船室が用意され、ヨシカツとヒデミチは同じ部屋だった。


「殿、この船はどういう船なのでござろうか?」

「分からぬ。だが、舷側に大砲が見えた。軍船なのだろう」


 ヒデミチが溜息を漏らすのを見たヨシカツが尋ねた。

「どうした?」

「この船なら、四百、いや五百の兵を乗せられましょう。このような船が五隻ほども有れば、二千五百の兵をオオツキ郡の海岸に送り込む事ができます」


「なるほど、叔父上の懸念は理解いたしました」

 ヨシカツもその事には気付いていた。だが、このような大船が何隻も建造できるものかと考えていた。


 この船の軍医だという者が、ヒデミチの様子をに来た。包帯を解き傷口を確認した軍医は頷いた。

「もう心配ないようですな。傷口が塞がり始めています」

「感謝いたす。起き上がれるようになるのは、いつ頃でござろうか?」


「そうですな。五日ほどで起き上がれるようになるでしょう」

「ところで、この船は何という名前なのでござる?」

「ああ、『炎陽型兵員揚陸艦六番艦』というのが正式名称ですが、兵は『ハツナツ』と呼んでおります」


「六番艦なのですか?」

「ええ、十番艦まで建造する予定であったのですが、緊急に建造せねばならぬ艦船ができましたので、七番艦からは後回しになっておるようです」


「そうなのですか。こんな大船を六隻も建造するとは、凄いものですな。カイドウ家の銭蔵から銭がなくなったのではないですかな」


 その医師が笑った。

「逆です、銭の重みでホクト城にある銭蔵の床が抜けたそうです。そこで、御屋形様は興行会館というものを建設し、相撲興行を行うと伝え聞いております」


「そんな馬鹿な。カイドウ家は戦が続き、そのために膨大な戦費が必要だったはず」

「それは事実ですが、カイドウ家は列強諸国や桾国、バラペ王国などと手広く交易をおこなっておりますから、その利益を考えますと銭蔵の床が抜けるというのは、納得できます」


 ヨシカツは驚いた。大名や太守が、そのように手広く交易を行っている事例が過去になかったからだ。

「そう言えば、クジョウ家を倒して以降、カイドウ家は動きを止めているようだが、なぜなのか?」


 その質問を聞いた医師は笑った。質問した相手が、ミケニ島の南側にある大名家の者だと知っていたからだ。それらの大名家にしてみれば、動きを止めたカイドウ家は不気味に見えるのだろう。


「動きを止めている訳ではありません。カイドウ軍は海に乗り出し、チトラ諸島をカイドウ家のものとしておりますよ」


 ヨシカツもチトラ諸島の事は知っていた。オオツキ郡よりも大きなチトラ島と小さな島々からなる地域だ。そんな土地を手に入れてどうするのだ、と疑問に思った。


 それを医師に尋ねると、

「私も詳しく知っている訳ではないのですが、ミケニ島・ハジリ島の二島と桾国により挟まれた海、これを列強諸国は『極東海』呼んでいるようなのですが、この極東海を支配するにはチトラ諸島が必要なのだそうです」


 海を支配するなどという考えは、大名の間にはなかったはずだ。ミケニ島より数十倍も広大な海を支配する。そんな考えを思い付き、実行する月城守が恐ろしく思えた。


 しばらくすると艦長らしい男が現れ、ヨシカツに挨拶した。

「間もなくホクトの湊に到着します。近付くホクトの町並みを御覧になりますか?」


「御厚意、感謝いたす」

 ヨシカツはヒデミチを残して甲板に上がった。太陽の光を眩しく感じて目を細める。海風が気持ち良かった。船の前方を見ると大きな町が見える。


「悔しいが、タキガワ家の居城があるヤシマの町より大きい。数年前に開発が始まったばかりの町だと言うのに、理解できん」


 湊に到着した船から降りたヨシカツは、家臣に宿を探させた。その家臣が戻ってきて宿が取れたと報告する。

「まずは、宿に泊まり、叔父上を休ませよう」

 宿に移動して部屋に入った。ヨシカツとヒデミチだけは個室で、後の家臣は大部屋だ。


 仲居が来て、お茶の用意をする。

「これは名物のホクト饅頭でございます。お召し上がりください」

 ヨシカツは丸い形をした食べ物を手に取った。


「ホクトの名物か……ん、ホクトは何もかもが新しいはず。名物というものができるには早いのではないか?」

「そうなのですが、武将のクガヌマ様が城で召し上がった饅頭をえらく気に入られて、ホクトの名物にすると言われたそうです」


「なるほど、食べてみよう」

 饅頭を一口食べると、口の中に甘みが広がった。今まで食べてみた事のない甘みである。名物にしようと言い出すのも頷ける旨さだ。


「お茶もどうぞ」

 飲んだお茶は、少し渋みを感じるお茶だが、饅頭とよく合う。饅頭に高価な砂糖を使っているのが分かった。オオツキ郡では考えられない事だ。


「お客様。うちの宿では、朝の七時から夜の九時まで、シャワーを使えるようになっております。無料ですので、ご自由にお使いください」


 聞き慣れないシャワーという言葉を聞いて、ヨシカツが尋ねると水浴びの施設だという。冬の寒い時期には、お湯を出す事もできるらしい。


 ミケニ島の宿には、風呂がないのが普通である。温泉がある宿は別であるが、お湯を沸かす燃料代が大変なので、水浴びか身体を濡れた手拭いで拭く程度が精一杯なのだ。


 但し、銭湯が数多くあるので、旅人も風呂に入れない訳ではなかった。ヨシカツはシャワー室に行ってシャワーを浴びた。仲居に教えられた通り、蛇口を捻ると雨のような水の粒が降り注いだのには驚いた。


 しかも、石鹸が置いてあり、使って良い事になっていた。但し、石鹸を持ち帰らないようにして欲しいという注意書きが貼られている。


 高価な石鹸を持ち帰ろうとする不届き者が居るのだろう。

「何もかもが違う。オオツキ郡のヤシマ城でさえ、石鹸など使っておらぬのに」


 石鹸を使うと身体の汚れが驚くほど落ちた。肌の触り心地が違う。

「石鹸を購入して帰るか」

 ヨシカツは正妻であるホタルの喜ぶ顔が脳裏に浮かんだ。


 タキガワ家のヨシカツと家臣たちは、五日ほどホクトに滞在してカイドウ家の大きさと先進性を感じ取った。何よりも驚いたのは、人力や風の力を使わずに進む外輪船の存在だった。


「これだけは理解できぬ。なぜ船が進む」

 煙突が有るので、何かを燃やしているのは分かる。だが、ものを燃やす事と船を進ませる事が結び付かないのだ。


 オオツキ郡へ帰る前日、ヨシカツは部屋にヒデミチと家臣の中で優秀だと考えている二人を集め、ホクトを調べて分かった事を聞いた。


「拙者がホクトを凄いと思ったのは、夜が明るいという事です。店の軒先には明るいランプが吊るされており、人を惹き付けるような仕組みとなっているようです」


「それだけではありませんぞ。ホクトは食い物と酒が旨い。列強諸国の料理やミケニ島の各地にある名物料理がホクトにある豊富な調味料を使って味付けられ、より美味しくなって出されているのです」


「某は、芝居小屋を見て回りました。七つの芝居小屋があり、違う演目を披露しておりました」


 ヒデミチが家臣たちを睨む。

「お主たち、遊んでおったのか?」

「違います。殿よりヤシマと違う事を探して参れと命ぜられたので、探した結果がこのようになったのでございます」


 ヨシカツが溜息を漏らした。

「それで、同盟とカイドウ家が戦った場合、どうなると思う?」

「それは、イマガワ家とメラ家の争いが終わったら、という事でございますか?」

「もちろんだ」


 家臣の一人がゆっくりと首を振った。

「同盟は勝てぬでしょう」

 ヒデミチが睨むと、勝てぬと言った家臣は慌てて説明する。

「桾国と商売をしているという商人と知り合い、その商人からカイドウ家が作った火縄銃を桾国に売っていると聞きました」


 ヨシカツは眉をひそめた。

「それは裏切り行為ではないのか? 桾国とカイドウ家は一度戦ったはず」

「それが、カイドウ家が承認している事なのだそうです」

「解せぬな。なぜだ?」


「火縄銃が、カイドウ家では古い武器になっているからでございます」

 他の大名家では、最新式の武器だと考えられている火縄銃が、カイドウ家では古いと言われていると聞いて、ヨシカツとヒデミチは暗い表情になった。


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