第138話 オキタ家の危機

 ホタカ郡のクリサワ町は、タビール湖で漁をする漁師の集落が発展し大きくなった町である。今でも漁師が大勢居り、漁船の船着き場では獲れた魚を捌いて干物にしている漁師たちの姿があった。


「おい、あれは何だ?」

 一人の漁師が指差した方角に、多数の船が見える。それを確認した漁師たちは顔色を変えた。オキタ家の役人からクジョウ軍が攻めてくるかもしれないと警告されていたからだ。


「クジョウ軍だ。役人に知らせてくる」

「家族を逃さなきゃ」

 船着き場に居た漁師が走り去ると、クジョウ軍の船が岸に乗り付けた。


 上陸したクジョウ兵は、町に雪崩込んだ。

 この時、残念ながらカイドウ家から派遣された兵が到着しておらず、クリサワ町に駐留しているオキタ家の兵だけで戦う事になった。


 クジョウ軍のヒキタが率いる二千の兵が、百数十人しか居ないオキタ兵に襲い掛かった。オキタ兵は、攻撃を跳ね返せず死傷するか捕虜となる。


 クリサワ町を占拠したクジョウ軍は、町の一部を陣地に作り変える作業を始めた。この作業にクリサワ町の住民が駆り出され、自分たちの町に敵軍の陣地を構築する。


 陣地の構築が終わった頃、オキタ家の予備兵五百がクリサワ町に到着しクジョウ軍を攻撃した。だが、クジョウ軍の反撃を受け敗退。


 オキタ家の当主ヨシノブは、近くまで来ているはずのカイドウ軍へ側近のトウマを送った。現在の状況を知らせ、クリサワ町に急がせるためである。


 カイドウ軍と合流したトウマは、三千の兵を率いるコスゲ・カツトヨと会い相談した。コスゲはイングー人の居留地から奴隷狩りで集められた住民を救い出した人物である。


 コスゲはカイドウ軍をクリサワ町へ進ませながら謝った。

「本来なら、クリサワ町を守るはずであったのに、遅参してしまった。申し訳ござらぬ」


「いえ、オキタ家では、クジョウ家の動きに全く気付きませんでした。カイドウ家から報せがあって、初めて知ったような状況です。カイドウ家が探り出し、このように兵を送って頂いた事に感謝しています」


 トウマはカイドウ兵が新型銃を持っているのに気付いた。カイドウ家は精鋭部隊を送ってくれたらしい。

「トウマ殿、敵の数は分かっておるのでございますか?」


「報告では、二千ほどだと聞いております」

「二千か、陣地を構築して守っているという事は、味方の増援を待っているのだな」

「そうだと思われます。増援が到着したら、ニイミに向かって進軍するつもりなのでございましょう」


「ならば、急がねばならん」

「コスゲ殿、クリサワ町の住民を助けてください。お願いいたします」

「お任せあれ。必ずクジョウ軍を追い払い、町を取り戻して御覧に入れます」


 コスゲは部隊を二つに分けた。鉄砲兵だけの部隊と野戦砲を運んでいる部隊である。まずは鉄砲兵だけでも先に到着させようと考えたのだ。


 クリサワ町に到着したコスゲは、オキタ家の予備兵部隊と一緒になって軍議を開いた。予備兵部隊を指揮しているのは、武将のワタナベである。


「クジョウ軍は、構築した陣地内で守りを固めております」

「火縄銃の数は、どうでござる?」

「千を超える火縄銃を装備しているようです」


 コスゲは眉をひそめた。以前のクジョウ軍と比べて、鉄砲兵の数が多いのだ。

「ふむ、クジョウ軍も戦いがなかった期間に、準備をしていたという事だな」


「クジョウ軍を撃退できるでしょうか?」

 トウマが不安そうな表情を浮かべている。

「鉄砲兵だけでは無理かもしれませんな。本格的な攻勢は、野戦砲が届いてからになるでしょう」


 コスゲは兵を配置してから、一斉射撃を行わせた。銃弾が積み上げられた土嚢に命中し、クジョウ軍にはほとんど被害がなかった。


 クジョウ軍からも火縄銃の反撃が有ったが、カイドウ軍も土嚢の陰から撃っていたので、同じように被害は少なかった。


 コスゲが暗い眼差しで敵陣地を見詰めていた。この陣地を打ち破るには、死をいとわず味方兵を突撃させるか、野戦砲を待つしかない、そう判断する。


「やはり、ダメだな。野戦砲を待つしかない」

 コスゲが結論を告げると、トウマとワタナベは肩を落とした。

「夜襲を仕掛けるというのは、どうでしょう?」

 ワタナベが提案すると、コスゲが同意できないという顔をする。


「見てくれ。敵陣地の各所に、篝火の用意がしてある。夜襲を警戒しているようだ」

「悔しいですが、そのようでござる」

 ワタナベとしては一刻も早くクジョウ軍を撃退し、領民を助け出したいのだろう。


 カイドウ軍とクジョウ軍が睨み合ったまま、一日が過ぎた。野戦砲が到着し、それを敵陣地が狙いやすい場所に配置している間に、クジョウ軍の船が兵を満載して到着する。


 トウマが慌ててコスゲのところに走ってきた。

「大変でございます。敵の増援が到着したようです」

「心配は無用です。野戦砲が届きましたからな。これから存分に敵を叩きのめしてやります」


 その言葉を聞いても、トウマは不安そうな顔を変えなかった。

「ですが、敵の数が倍になっておりますぞ」

「心配召さるな。これからカイドウ軍の戦い方というものを、御覧に入れよう」


 コスゲは野戦砲に榴弾を装填させ、わざと土嚢を狙わせた。

「野戦砲部隊、用意……放て!」

 野戦砲から轟音が発せられ、戦場に響き渡る。そして、飛翔した榴弾は土嚢に命中して突き崩した。


 砲弾により崩れた土嚢の後ろで、敵兵たちが慌てている姿が見える。だが、それは始まりに過ぎなかった。榴弾が爆発したのだ。金属の断片が飛び散り、周りに居たクジョウ兵たちを切り裂き薙ぎ倒す。


「……」

 トウマは榴弾が炸裂した現場を初めて見たらしい。声も出せずに、赤く染まった敵陣地を見詰めている。


「次弾装填急げ!」

 コスゲの声が戦場に響き渡る。トウマには羅刹の声のように聞こえた。


「用意、放て!」

 もう一度榴弾が発射された。その榴弾もクジョウ兵に死と苦痛をばら撒いた。その様子を見ても、コスゲは容赦しない。それからも榴弾の攻撃を続け、クジョウ軍に大きな打撃を与える。


 十分に打撃を与えたと判断したところで、コスゲは突撃を命じる。

「うわわわーー!」

 叫び声を上げたカイドウ兵が、着剣した新型銃を握り締めて突撃する。砲撃を受けた衝撃から回復していないクジョウ兵は次々に倒された。


 敵陣地内に飛び込んだカイドウ兵は、クジョウ兵を駆逐する。そして、船から降りたばかりのクジョウ兵にまで迫った。クジョウ兵も火縄銃で反撃したが、動き回るカイドウ兵には中々命中しない。


 激しい撃ち合いが始まったが、結果はすぐに出る。カイドウ軍が圧倒的に有利となったのだ。次弾発射までの発射速度が違った。火縄銃は早い者でおよそ二十秒、遅い者だと一分ほど掛かる。それに比べるとカイドウ軍の新型銃は、遅い者でも五秒ほどで次弾を発射できた。


 クジョウ軍の中で、大声を出して命令している武将を、コスゲは見付けた。その武将を狙うように指示を出す。次の瞬間、複数の銃弾がその武将を蜂の巣にした。


 指揮官が倒れると、クジョウ軍が混乱したのを感じた。コスゲは勝負が着いたと思ったが、追撃の手を緩めない。クジョウ兵四千のうち半分ほどを倒し、二割ほどを捕虜にする。残りは逃げたが、その数は多くなかった。


「ふうっ、終わったな」

 コスゲは逃げて行くクジョウ軍の船を見ながら呟いた。トウマがコスゲの横に立って離れていく船を睨む。


「コスゲ殿、ありがとうございました」

 トウマが頭を下げた。

「頭を上げてください。某は命ぜられた任務を果たしただけです。礼なら御屋形様に申し上げてください」


「もちろん、月城守様にも感謝の言葉を贈りますが、実際に領民を助けてくれたのは、コスゲ殿とカイドウ兵の皆さんです。感謝しますぞ」


 オキタ家の危機は去った。今度はクジョウ家の危機が訪れようとしていた。

 ホタカ郡の仕返しとばかりに、カイドウ軍がノジリ川を越えカムロカ州の北部に侵攻を開始したのである。


 その地はクジョウ軍一万が守る場所だった。カイドウ軍は、そこに一万五千を投入。優れた武器を持つ一万五千の兵は、ノジリ川を越え橋頭堡きょうとうほを築いた。


 そして、その橋頭堡を拠点として周囲の領地を切り取る。新型銃と野戦砲の威力を十分に発揮するカイドウ軍には、クジョウ軍は敵わなかった。ずるずると後退するクジョウ軍を立て直すために、クルタから名将クロダが送られた。


 クロダは地形を利用した陣地を構築し利用する事で、クジョウ軍を立て直した。だが、これでクルタ城から名将を一人引き離す事に、カイドウ家は成功した。


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