第137話 影舞の後継者
ホタカ郡をタビール湖から攻め込むという策を述べたヒキタは、自信有りげな様子である。
「しかし、兵を運ぶ船は足りているのか?」
クロダがヒキタに質問した。
「商人が所有している船を徴発します。二千の兵を運べるでしょう」
クジョウ家の水軍が所有している船だけでは、数百の兵しか運べないので商船を使うという。
クロダが険しい顔をしている。二千の兵では少ないと思っているのだ。
「奇襲になるとは言え、二千では少ないのではないか?」
「タビール湖の湖畔にある町クリサワを制圧するには、十分な数です。まずクリサワを陣地化して、引き返した船にもう二千の兵を運ばせるのです」
「なるほど、合計で四千の兵を運び攻めるという事か。面白い」
クロダも認めたので、ツネオキはヒキタの策を準備するように命じた。
ツネオキはカムロカ州の南にあるトウノ郡の事が気になっていた。ナヨロ地方のスザク家がカイドウ家と和睦した事で南から攻められる事態も考えられたからだ。
「カイドウ家がトウノ郡を制圧し、南から攻めて来るという事は考えられぬか?」
クロダは少し考えてから否定する。
「それはないでしょう。南に鉄壁の要塞と呼ばれるイズナ城があります。わざわざイズナ城近くを突破口として選ぶとは思えません」
「カイドウ家には、野戦砲が有る。その破壊力は城を崩壊させると聞く。イズナ城も危ないのではないか?」
「イズナ城は、幅の広い水堀で守られております。少しくらい砲弾を撃ち込まれたとしても、敵の侵入を許す事はありません」
ツネオキは安心したように頷いた。
「イズナ城は問題ないという事か。ならば、シタラはどうだ? もう一度襲われるという事は考えられぬか?」
シタラでトウゴウ率いるカイドウ軍を撃退したクロダが、
「心配ございません。シタラには四千の兵を配置しております。二度と占拠されるような事はないでしょう」
ホタカ郡の攻撃を任されたヒキタは、カムロカ州のミフエという町に船を集めた。但し、この動きは影舞に気付かれホクト城へ報告された。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「また、戦が始まるのか」
俺はホシカゲからクジョウ軍に動きがあったと聞いて、思わず呟いた。場所は仕事部屋である。部屋にはホシカゲとトウゴウ、小姓のサコンとマサシゲが居る。
トウゴウがマサシゲに地図を持ってくるように命じた。マサシゲがタビール湖を中心に描かれた地図を広げる。
「ミフエはここでございます。ここに船を集めたという事は、タビール湖に面した町に奇襲を掛けるという策なのでしょう」
「近いところだとホタカ郡、遠い場所ならば、ナガハマやトガシが考えられる」
俺が確認するように言う。トウゴウも賛同した。
マサシゲが声を上げる。
「父上、またアビコ郡が襲われるという事はないのでしょうか?」
「マサシゲ、御屋形様の御前であるぞ。トウゴウと呼べ」
マサシゲが慌てて謝る。
「申し訳ありません、トウゴウ様」
俺は笑った。
「そう叱るな。のびのびと育ててやれ」
「ですが、けじめは大切でございます」
「まあ良い。トウゴウは、どこが襲われると思う?」
「ホタカ郡でございます。ナガハマやトガシ、あるいはアビコ郡を攻撃しょうとすると、馬蹄島に居る監視兵に気付かれると、クジョウ家も知っておるでしょう」
「なるほど、奇襲を成功させるためには、近くのホタカ郡しかないという事だな」
「拙者は、そう考えます」
「オキタ家だけで対処できると思うか?」
「マゴメ川沿いに配置している兵は動かせません。ですので、難しいでしょう」
「そうなると、どれほどの兵を、ホタカ郡へ送るかだな」
「少なくとも、三千は必要だと考えます」
トウゴウの考えに、俺も同意した。問題はクジョウ軍が、どこの町や村を襲うか特定できないという事だ。地形から考えて襲われる恐れがあるのは、クナイ村・クリサワ町・ヒカワ町のいずれかだろう。
トウゴウが地図で名前が挙がった場所を指差す。
「この三ヶ所に、千ずつ兵を配置するしかありません」
「仕方ない。そうしよう」
俺は三千の兵をホタカ郡に送るように命じた。
「御屋形様、ご報告があります」
ホシカゲが珍しく嬉しそうな顔で声を上げた。
「その顔からすると、戦とは関係ないようだが、何だ?」
「某の娘チカゲとソウリン殿が結婚する事になりました」
「おお、それは目出度い。何か祝いの品を用意せねばならんな」
「いえ、そのような気遣いは無用でございます」
「そうもいかん。何もせぬでは、俺が大海守殿のようにケチだと思われる。そうだ、最高級の布団とドウゲン郷で作られた絹糸を使って織り上げた絹織物を贈ろう」
「ありがとうございます」
俺はふと気付いた。チカゲはホシカゲの一人娘である。ソウリンは婿養子に入るのだろうか?
「ソウリンは、ヤミセ家に婿に入るのか?」
「いえ、チカゲが生んだ子供を、ヤミセ家の当主にするつもりでおります」
「そうか、ホシカゲの孫が頭領となるのか。それがいいだろう」
影舞は過去に女頭領が存在したらしく、ホシカゲの孫は男でも女でもいいらしい。
トウゴウも祝いの言葉を贈った。ホシカゲがニコニコしている。珍しいものを見た感じだ。
部屋の外から、船奉行ツツイの声がした。
「入れ」
「失礼いたします。アポール教会の武装商船に関する報告に参りました」
ツツイはホンナイ湾に沈んだ武装商船グレネル号を引き上げ、調査していたのである。
「何か分かったか?」
「グレネル号は、ガレオン型の三十二門艦で、間違いなくイングド国海軍の軍艦だったと思われます」
「構造は分かったのか?」
「はい、今、図面を引いております。命令が有れば、同じ型の軍艦を造れます」
ガレオン船はスマートで吃水が浅いので速度が出るという話を聞いた事がある。但し、吃水が浅いという事は、安定性に欠け転覆しやすいという事でも有る。
そのまま真似て造るのではなく、改造した方が良いかもしれない。
「図面が完成したら、模型を作ってくれ。その模型を見ながら相談しよう」
「承知いたしました」
トウゴウは黙って聞いていたが、ツツイが部屋を出てから尋ねた。
「御屋形様、イングド国の艦隊と戦うのでございますか?」
俺としては戦いたくなかった。だが、その艦隊を使って、イングド国が極東地域の覇権を握るつもりなら、戦わざるを得ないだろう。
「状況次第だな。イングド国が極東地域の国々を植民地にしようと動き出したら、止めねばならん」
「チュリ国の様子を聞きますと、イングド国はその気だと思われます。そうなると、カイドウ家も大陸へ進出するのでございますか?」
「イングド国と同じ事をするのか、と言うのなら違う。俺は交易相手として友好関係を築きたいと思っているが、大陸のような広大な土地を支配するのは、面倒だと思っている」
トウゴウが笑った。俺が面倒だと言ったので、冗談かと思ったようだ。
「冗談ではないぞ。大陸では様々な民族がいがみ合いながら暮らしている。民族の違い、宗教の違いを乗り越えて、一つの国として統治しようなど、俺の手に余る」
「それほど大変なのでございますか?」
「ああ、そんな事をするくらいなら、ミケニ島を手に入れた後は、理想の国を目指して内政に集中した方がいい」
サコンが何か言いたげな顔をしている。
「何だ? 言ってみよ」
「御屋形様の仰られる理想の国とは、どのような国なのでしょう?」
「外国が攻め込んできたとしても、それを撥ね返すだけの力を持ち、人々が自分の生き方を自由に決められる国かな。難しいな、言葉にしようとすると何か物足りないものを感じてしまう」
「人々が自分の生き方を自由に決められる国ですか……よく分かりません」
「俺にも具体的にどうすればいいかは分からん。まずは、外国が攻め込んできたとしても、負けぬ強さを備えねばならん」
トウゴウが頷いた。
「そのような国を造るためには、クジョウ家に勝たねばなりません」
「大海守殿には悪いが、この戦は勝たせてもらおう」
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