第139話 タカハマ湾
クルタ城の大広間に当主ツネオキと重臣たちが集まっていた。
暗い顔をしたツネオキが、重臣たちに問う。
「ヒキタが討ち死にし、カイドウ軍が攻勢に出ておる。我らは耐えきれると思うか?」
ナイトウが厳しい表情を浮かべた顔を上げた。
「御屋形様、このままでは少しずつ領地を切り取られ、最後にはカイドウ家に膝を屈する事になるでしょう」
「そうさせぬためには、どうすれば良い?」
「難しいですな。スザク家のように、和睦するしかないかもしれませぬ」
「馬鹿を申すな。そうせぬために、どうすれば良いかを聞いておるのだ」
「しかし、今和睦すれば、シタラから北側の領地を安堵できるかもしれませぬが、この先になると、和睦も難しくなりますぞ」
ツネオキは苦い顔となって、ナイトウを睨んだ。
「和睦はせぬ。カムロカ州の太守であるクジョウ家は、負けぬ」
「しかし、同じ太守であったカラサワ家は、一昨年滅んでおります。クジョウ家をそうさせぬためにも、和睦を考えるのが良いと思うのでございます」
ナイトウが床に擦り付けるように頭を下げた。
「クジョウ家が勝てぬと、儂を納得させられたなら、考えてやろう」
その言葉を聞いたナイトウは、ミケニ島の地図を持って来させ床に広げた。
「クジョウ家の領地とカイドウ家の領地を比べてみれば、はっきりします」
ナイトウはカイドウ家の領地を指差した。面積にすれば、カムロカ州の四倍ほどになる。
石高はクジョウ家が百万石、カイドウ家が三百万石ほどとなっているが、実際は三百万石を超えているだろう。カイドウ家は用水路の建設や農地の開拓に熱心に取り組んでおり、年々石高が増えているからだ。
ツネオキが地図を睨みながら、
「広さや石高で、強さが決まる訳ではあるまい」
と語気を強くして言う。
ナイトウはカイドウ軍から手に入れた元折式単発銃を持って来させた。
「では、カイドウ軍の新型銃はどうでござろう。火縄銃より数倍優れているものでございます」
ツネオキが悔しそうな顔をする。
「そんなもの……こちらも同じものを作れば良いではないか」
「作れませぬ。鉄砲は真似て作れたとしても、銃弾が特殊な火薬を使っておるので、作り方が分からぬのでございます」
その時、廊下を走る騒がしい音が聞こえてきた。何事かと全員が入り口の方へ目を向ける。使番の一人が大広間に駆け込む。
「クロダ・ムネトシ様、討ち死に。御味方が敗走しているとの事でございます」
使番が悲鳴を上げるような声を響かせた。
全員が耳を疑い、静寂が広がった。
「……そんなはずはない。クロダが死ぬなど、あるはずがないのだ!」
ツネオキが大声を上げた。
重臣たちは騒然となった。ナイトウが一喝する。
「
ナイトウは使番に詳しい状況を話すように命じた。
「クロダ様は、自ら築いた陣地で指揮を執っておられたのですが、三日前の昼頃にカイドウ軍と戦いが始まりました」
クロダはカイドウ軍との戦いの最中に、不運にも流れ弾に当たったらしい。味方の兜に当たって跳ねた鉛玉が、クロダの頭を貫いたという。
「なんという不運。それで我軍はどうなった?」
「総大将が倒れたため、混乱した御味方は、総崩れとなり敗走中でございます」
「いかん、いかんぞ。このままではクマニ湊まで奪われてしまう」
重臣の一人であるミドウが、ナイトウに目を向けた。
「ここはナイトウ殿に出張ってもらい、御味方を立て直すしかないと、某は思います」
ツネオキも頷いた。
「そうだな。ナイトウ、クジョウ軍を立て直し、カイドウ軍を押し返すのだ」
「畏まりました」
ナイトウがクルタ城を去り、クマニ湊へと向かった。その事は影舞が気付きホクト城へ報告する。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ふむ、ナイトウがクマニ湊へ向かったのか」
俺は笑みを浮かべてから、テーブルに広げた地図を見た。マサシゲがお茶を淹れて、テーブルに置く。俺は湯呑みを片手で持ち飲んだ。
「熱いお茶がホッとする。寒くなったせいかな」
マサシゲが疑問を口にする。
「御屋形様、名将と呼ばれたクロダ殿が、流れ弾に当たったと聞きました。クロダ殿は兜を被っていなかったのでございますか?」
「いや、兜は被っていたが、味方の兜で跳ねた鉛玉が額に当たったらしい。不運としか言いようがないな」
「兜とは、思ったより役に立たないものなのでございますね」
「そうではない。兜が命を救ったという話もたくさん有るのだ。ただ今の兜は重すぎる。改良して軽いものにせねばならんと思っている」
一般兵が使っている兜はそうでもないが、武将が使っている兜は飾りをゴテゴテと付けた事もあり重くなっている。俺は構造を簡単にして、動きを邪魔しない兜にしろと命じて試作させている。
「そう言えば、御屋形様の兜は、太守という身分を考えると、貧弱でございますね」
黙って聞いていたもう一人の小姓であるサコンが目を吊り上げた。
「マサシゲ、貧弱とは何だ。失礼だぞ」
「申し訳ございません」
俺は笑ってしまった。
「貧弱なのは事実だ。だがな、兜は飾りものではないのだ。ゴタゴタと飾りを付けた兜など、醜悪だ」
俺が言った事は、小姓たちから他の家臣たちに伝わり、過度な装飾を施していた兜はなくなる。自分の影響力というものに、俺自身が驚く事になる。
兜の話をした翌日、ナイトウがクマニ湊に到着したという報告が届いた。俺は評議衆と重臣を評議の間に集めた。予定していた作戦が狂ったので、話し合う事にしたのだ。
「知っての通り、クロダが死に、ナイトウがクマニ湊へ到着した。我々のクマニ湊を攻めるという作戦は、必要なくなったのだが、どう攻めるか意見を聞きたい」
トウゴウが最初に口を開いた。
「ナヨロ地方に駐留している六千の兵を使って、タカハマ湾を攻めるというのはどうでしょう?」
タカハマ湾というには、クルタ城の近くを流れるキモツキ川が最後に流れ込んでいる海である。そこにはタカハマという湊町があり、そこを制圧すればクルタ城へ攻め込む橋頭堡になる。
「どうやって、兵を運ぶ?」
「海軍の軍艦、それに商船を使います」
カイドウ家の海軍が所有する船は、八隻に増えている。その船だけでは足らず、商船まで借りて兵を運ぶという作戦だ。
「ホシカゲ、タカハマの湊の守りはどうなっておる?」
「クジョウ兵四千が守っております」
「四千か、蹴散らせぬ数ではないな。火縄銃の数はどうだ?」
ホシカゲが少しためらってから、
「確かな数字とは言えぬのでございますが、五百丁ほどだと報告がありました」
「いいだろう。ナヨロ地方に居るマゴロクと協力して、作戦を実行してくれ。トウゴウはキリュウ郡へ、ソウマは船の手配を命じる」
トウゴウとソウマが頭を下げた。イサカ城代が俺に顔を向けた。
「御屋形様、オキタ家にコヅカ城などのマゴメ川沿いにある小城を攻撃させては、どうでござろう?」
「なるほど、あそこにはまだコスゲが残っていたな。協力して攻撃させよう」
カイドウ軍が動き出した。連絡を受けたキリュウ郡のマゴロクは、兵を率いて西にあるシバタ郡へ向かった。シバタ郡の湊町から、船でタカハマ湾へ移動しようというのである。
コスゲはタビール湖の湖畔の町からマゴメ川へと移動を開始した。そして、マゴメ川の川原に野戦砲を配置する。それを見たクジョウ兵は大騒ぎを始めた。
クルタ城にも連絡が行き、増援を送るべきかという話が上がる。
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