第136話 準備の時
スザク家との戦が決着した事で、カイドウ家にも余裕が生まれた。ナヨロ地方に派遣されていたトウゴウもホクトへ戻り、報告を済ませる。
「御屋形様、ナヨロ地方のトウノ郡については、どうされるのでございますか?」
「あそこを攻め取ると、クジョウ家の領地と隣接する事になる。今はこのままにしておく」
トウゴウが納得したように頷いた。
「トウノ郡を取るのは簡単だが、今は弾薬などの備蓄に力を入れたいという事ですな」
「そうだ。前線に配置している兵も、交代させて、後方で休ませる」
「本格的な戦を再開するのは、いつ頃になるとお考えでしょう?」
「稲刈りが終わった後だな。一気にクルタ城を落として、勝負をつける」
クジョウ家の広大な領地を端から切り取っていたのでは、何年も掛かりそうなので、俺はクルタ城を落としクジョウ家との戦を終わらせようと思っている。
問題はクジョウ家の名将たちである。クロダとナイトウが防御戦を指揮するなら、攻めきれない事態も予測される。そこで陽動作戦として、東アダタラ州だったノジリ川越えの侵攻と海からクマニ湊を攻める作戦を同時に行う事を考えていた。
この二ヶ所にクロダとナイトウを向かわせて、その隙にクルタ城を攻めるという作戦である。
「そのためには、新型銃を装備する鉄砲兵を増やさなければなりませんぞ」
「分かっている。鉄砲工房には、秋までに五千丁を作るように命じた」
新型銃が五千丁増えれば、総数で一万五千丁ほどになる。必要となる弾薬の数も膨大なものとなり、大量の銅と亜鉛が必要になる。薬莢は真鍮製なので、材料の銅と亜鉛が要るのだ。
亜鉛はカイドウ家の領地で産出するものでは足りずに、桾国から輸入している。だが、桾国だけに頼るのは危険だと考えていた。
桾国とカイドウ家が戦となった場合、桾国が亜鉛を売らないだろうからだ。
「亜鉛ですか。どうされるのです?」
「チュリ国の西にあるバラペ王国には、亜鉛鉱山がある。その鉱山を買えないか、バラペ王国のルミポン国王と交渉している」
トウゴウが首を傾げた。
「亜鉛鉱山を買うのですか?」
「分かっている。鉱山を買わずに、亜鉛だけを買えばいいと考えているのだろう」
トウゴウが頷いた。
「それだとダメなのでございますか?」
「ところが、バラペ人の採掘方法だとかなり危険だし、採掘量が多くないのだ」
「ルミポン国王は、承知するでしょうか?」
「金次第だろう。バラペ王国へ列強諸国が手を伸ばしている。それに気付いたルミポン国王は、軍備を整えようとしている。それには資金が必要なのだ」
「御屋形様は、バラペ王国へも忍びを?」
「いや、まだ送ってはおらん。この話は商人たちとバラペ王国に送った交渉役から聞いた事だ」
「バラペ王国とは、どういう国なのでしょう?」
「仏教が盛んな国らしい。あの国は国王と仏教界の指導者集団である大長老会議が動かしている。亜鉛鉱山を買い取る時も、国王と大長老会議の承認が必要なので面倒だ」
トウゴウが眉間にシワを寄せている。バラペ王国という国を理解できなかったようだ。
「ミケニ島の仏教とは違うようですな」
この島の仏教は、葬儀と墓地の管理、祖先の供養などでしか出番がない。政治に口を出すなど考えられなかった。
バラペ王国の人口は四百万人ほどで、降水量が多いので水害が酷いらしい。だが、豊富な水量は広大な田園地帯をもたらし、稲作が盛んだった。
「亜鉛は手に入ったのでございますか?」
バラペ王国の亜鉛鉱山については買取交渉中なので、今は桾国から輸入するしかなかった。
「必要な分量は購入した。だが、その桾国がまたきな臭くなっている」
「イングー人でございますか?」
「そうだ。桾国の耀紀帝がチュリ国をハン王に返すように言ったのだが、拒否したらしい」
「イングド国は、一度桾国軍を撃退しておりますから、当然でございましょう」
俺は影舞から聞いたばかりの情報を思い出して告げた。
「交易区を調べたのだが、桾国の軍人が出入りしているようだ」
「何のためにでございます?」
「火縄銃を買い求めている桾国人が居ると聞いて調べされたのだが、桾国で戦の準備をしているようだ。カイドウ郷で生産している火縄銃を売ってやった」
カイドウ郷のミモリ城にある鉄砲工房を再開していた。そこでは昔ながらの火縄銃を生産している。その火縄銃を桾国に売り始めたのだ。
「御屋形様、桾国を同盟国にでもするつもりでおられるのですか?」
それを聞いた俺は顔をしかめた。
「桾国の耀紀帝が、信用できるはずがない。イングド国と桾国が戦って、お互いに消耗してくれればいいのだ。できるなら、桾国は滅んで小さな国に分裂して欲しい」
それを聞いたトウゴウが笑った。
「安心いたしました。さすが御屋形様です」
俺も笑い出す。傍で聞いていた小姓のマサシゲが顔を引き攣らせているのが分かる。まあ、いいだろう。こういう話を聞いて、大人になっていくのだ。
トウゴウとの話を終え、俺は奥御殿へ向かった。三歳になったフミヅキが、部屋でぐったりしている。俺はフタバに尋ねた。
「フミヅキはどうしたのだ?」
「先ほどまで庭で走り回っていたのですが、暑さに耐えられなくなったようでございます」
俺はフミヅキに近付いて、額に手を当てた。熱はないようだ。ただ疲れただけらしい。
「父上、暑いです」
「涼しいところへ行きたいか?」
フミヅキがコクッと頷いた。
俺は氷室に連れて行こうかと思ったが、あそこは寒いので城の展望台へ連れて行く事にした。フミヅキの手を握って奥御殿から表御殿の展望台への階段を登り始めた。
「はあはあ……」
フミヅキは階段を登るのが大変そうだ。俺はフミヅキを抱き上げた。
「よく頑張ったぞ。ここからは少し休め」
抱いたまま展望台へと登る。展望台に上がると、フミヅキが歓声を上げた。
「すごい、すごい」
はしゃぎ回る息子を見て、俺は目を細めた。柵の隙間から顔を出し、眼下に広がる町の様子を見下ろすフミヅキ。その身体に涼しい風が吹き付け、気持ち良さそうだった。
この子が大人になる頃、カイドウ家はどうなっているだろう? カイドウ家を盤石のものにしなければならない。そのためにはクジョウ家を倒し、天下を取る。
はしゃいで力が尽きたのか、フミヅキが身体を揺らし始めた。俺はフミヅキを抱き上げ、展望台を出て奥御殿へ戻った。
奥御殿ではフタバが待っていた。寝ているフミヅキの顔を覗き込む。
「嬉しそうな顔で寝ていますね。よほど楽しかったのでしょう」
「偶に連れて行くのもいいかもしれんな。あの展望台から見る夕日は格別だから、次はフタバとハヅキも一緒に行こう」
「はい、楽しみにしています」
フタバが幸せそうに微笑んだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
夏が終わり秋となった。その間、小競り合いは有ったが、大きな戦とはならなかった。カイドウ家もそうだが、クジョウ家も準備期間と考えていたようだ。
その数ヶ月の間、クジョウ家は大量の火縄銃と硝石を列強諸国から購入した。そして、八千の鉄砲兵を所有する存在となった。
クルタ城の大広間では、当主ツネオキと重臣たちが集まり軍議を開いた。
「このまま守っておるだけでは、カイドウ家が大きくなるだけである。皆の意見を聞きたい」
ツネオキの言葉を聞いた重臣たちは、真剣に考え意見を述べ始めた。そして、武将のヒキタが具体的な目標を口にした。
「ホタカ郡のオキタ家を攻めてはどうでしょう。クジョウ家を裏切ったオキタ家を滅ぼすのです」
名将と言われるクロダとナイトウは、気に入らないという顔をしている。ナイトウが反論した。
「カイドウ家のコウリキと戦った時、我らはコヅカ城から奴らを追い払い、ホタカ郡に逃げ込んだカイドウ軍を追ってマゴメ川を渡ろうとした。だが、数千丁の火縄銃による一斉射撃を受けて、諦めるしかなかった。そこはどうするのだ?」
「今回は、こちらにも八千の鉄砲兵が居ります。カイドウ軍以上の弾幕を張れば、敵を打ち破れるのではないですか?」
ヒキタの意見は正論だが、マゴメ川を渡らなければならないという事を失念している。川船を使って渡るとしたら、少人数ずつで渡る事になる。火縄銃により狙い撃ちされるだろう。その点をナイトウが指摘した。
「ホタカ郡に攻め込むためには、マゴメ川を渡らねばならないというのは、思い込みです。カイドウ家の連中は、船に乗ってシタラへ攻め込んだのですぞ」
「なるほど、タビール湖を渡って、ホタカ郡を攻め込めばいいと言うのだな。それなら、カイドウ家の重要な湊であるトガシに攻め込んだらどうだ?」
「ナイトウ殿、馬鹿にしているのですか? 甲魔の調べでは、トガシは四千の精鋭が守っているというではありませんか」
「悪かった。先を続けてくれ」
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