第135話 モリツナとセキグチ
スザク家の居城であるアタカ城では、当主のモリツナが荒れていた。
「なぜだ! たった数ヶ月で、ヤタガラ府の半分を奪われてしまった」
家老のセキグチが暗い顔をして聞いていた。
「殿、それだけカイドウ家と力の差が有ったという事でございます」
大広間に集まった重臣たちを見回したモリツナは、溜息を吐いた。
「意見が聞きたい。どうすれば良いと思う?」
重臣の一人ワタベが渋々という顔で意見を述べた。
「このままでは、スザク家が滅びます。和睦して家を残す事が最善だと考えます」
モリツナが口惜しいという顔をする。和睦と言っても、実際は降伏だったからだ。
「他に意見はないのか?」
重臣たちは黙り込んだ。セキグチが代表して、
「殿、重臣一同が和睦を選択すべきだという意見でございます」
「無念だ。セキグチ、使者を出せ」
「承知いたしました」
セキグチはトノベという者を和睦の使者として選び送り出した。モリツナはトノベが戻ってくるのを憂鬱な気持ちで待った。
「殿、トノベが戻って来ましたぞ」
「分かった。大広間で聞く。皆を集めよ」
重臣とモリツナ、トノベが大広間に集まった。モリツナはトノベの顔が強張っているのを見て、嫌な予感を覚えた。
トノベが頭を下げてから、カイドウ家の返答を述べる。
「和睦にあたって、確認したい件があり、殿にホクト城へ来て欲しいという事でございました」
重臣たちがざわついた。
「静まれ、どういう事だ?」
「対応されたのは、カイドウ家の評議衆の一人であるトウゴウ殿でございました。スザク家が和睦を申し出た時には、殿と直接ホクト城で会って話がしたいと、月城守様が仰られていたらしいのでございます」
モリツナの顔が青くなっていた。
「月城守は、儂を殺すつもりなのか?」
その言葉を聞いたセキグチは首を傾げた。
「殺すつもりならば、わざわざホクト城に呼び出す事はないかと思います」
「ならば、どうしてホクト城へなど……」
「何か、確かめたい事が有るのではございませんか?」
モリツナが顔をしかめた。アポール教会の武装商船がホクトを攻撃した件だろうと気付いたのだ。だが、その事は重臣たちにも言っていない。
モリツナはホクト城へなど行きたくなかった。だが、このままではスザク家が滅ぶ。嫌々ホクト城へ行く事を承諾した。
ホクト城へは、セキグチが同行するように命じられた。モリツナとセキグチは船でホンナイ湾へ向かう。
船上からホクトの町が見えるようになった時、モリツナが目を見開いて驚いた。
「どういう事だ。ホクトは開発が始まって五年も経っていなかったはず」
セキグチもホクトの発展に驚いていた。
「凄まじい賑わいでございますな。このまま発展すれば、クジョウ家のクルタを凌駕するでしょう」
船が湊に着くと、カイドウ家の家臣が現れた。
「朱海督様でございますな。カイドウ家のコニシと申します。御屋形様からの指示で、某がホクト城まで御案内いたします」
コニシは送迎用の豪華な馬車を用意していた。モリツナとセキグチを馬車に乗せ、ホクト城へ向かう。モリツナは護衛の者を連れて行こうとしたのだが、コニシが必要ないと言う。
「ここはホクトでございますぞ。朱海督様の身の安全は、カイドウ家が保証いたします」
そう言われたモリツナは渋々と承諾した。
夏なので馬車の窓は大きく開けられている。その窓からホクトの町を眺めると、ここが開かれた町だというのが分かる。通りに列強人の姿が見えたのだ。
セキグチがコニシに問う。
「この町では、列強人が自由に歩き回っても良いのですか?」
「普段は交易区で生活しているのですが、申し出れば許可されます」
カイドウ家が列強人の活動を交易区に限定しているのは、列強人による布教活動を警戒しているからだ。なので、商業活動や見物などの理由でホクトの町に出たいという時は、すぐに許可が下りる。
馬車がホクト城に到着。モリツナたちは、
「殿、板ガラスが窓に使われておりますぞ」
「騒ぐな。これから月城守殿に会うのだぞ。心を落ち着けよ」
セキグチは憂鬱そうな顔をしているモリツナを元気付けようと、わざとはしゃいだ様子を見せていたのだが、逆効果だったと反省する。
コニシが現れ、二人を展望台に案内した。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
俺が展望台で待っていると、モリツナと家老のセキグチが案内されて来た。展望台を選んだのは、少し薄暗い応対之間で暗い話をするのは気が重かったからだ。
「朱海督殿、セキグチ殿、よく来てくれた」
俺は椅子に座るように促した。モリツナが暗い顔をしている。状況が状況なので、当然だろう。
「月城守殿、話を聞きたいという事だったが、どのような話を聞きたいと言われるのかな?」
「少し雑談でもしてから、と思っていたが、朱海督殿はせっかちのようだ。では、聞こう。ホクトを攻撃するようにアポール教会に頼んだのは、朱海督殿かな?」
それを聞いたセキグチが、驚いた顔をして主に視線を向けた。
「殿、どういう事でございますか?」
「儂が頼んだ訳ではない。アポール教会のジェイコブが勝手に攻撃すると言い出したのだ」
俺は渋い顔になった。言い出したのはアポール教会らしいが、それを承諾したのはモリツナである。全く責任がないとは言えない。
とは言え、スザク家とカイドウ家は戦の最中なのだ。アポール教会が攻撃するというなら、俺でも『やめろ』とは言わないだろう。
但し、アポール教会が無報酬で、ホクトを攻撃するとは思えなかった。それで鎌をかけてみる事にした。
「ならば、攻撃が成功した時、何を褒美にすると約束したのだ?」
モリツナが黙り込んだ。
セキグチが感情を押し殺した声で話し掛ける。
「殿、ここは意地を張っても仕方ありませんぞ。正直に打ち明け
セキグチの言葉の『許しを請う』という部分だけに強い感情が込められていた。これはモリツナに言ったのではなく、俺に向かって言ったのだろう。
「教会を建てるとだけ約束した」
アポール教会は、ホクトの攻撃が成功したらヤタガラ府全領民をアポール教に改宗してやろうとでも考えていたのだろう。
それから和睦の条件を話し合った。俺は強気で押して、スザク家の居城が有るミナカミ郡以外を全て手に入れた。しかも、モリツナを隠居させ子供のヒロカドを当主にするという約束までさせる。
モリツナには、アポール教との件で責任を取ってもらうという事だ。隠居すると決まったからだろうか、モリツナの顔が穏やかになった。
モリツナは展望台から見えるホクトの町に目を向けた。
「ここは素晴らしいですな。凄い勢いで発展している」
「百万人が住む都にするつもりだから、まだまだだ」
モリツナとセキグチが百万人と聞いて顔を強張らせた。
「途方もない事を……本気なのですか?」
モリツナが尋ねた。
「もちろんだ。それだけの人が住む土地があり、交易区や工場には大勢の人々を必要とする仕事がある。食料は近隣の領地から運び込めばいい」
セキグチが頷いた。
「そんなに人を集めて、何をしようというのでございますか?」
「人が集まれば、様々なものが発展するのだ。集まった人の中には鉄砲鍛冶の才能を持つ者も大勢居るだろう。その者たちが集まり新しい鉄砲を工夫する。同じように衣服や農業も発展して、面白くなるだろう。そう思わんか?」
そう問い掛けられたセキグチとモリツナは、同意するしかなかった。
話を終えた二人はコニシに案内されて、城の出口へと歩き始めた。
「カイドウ家との戦いは、負けるべくして負けたのだな」
モリツナがセキグチに向かって言った言葉が聞こえてきた。
それを聞いたのだろうコニシが誇らしそうな顔をしている。
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