第122話 クジョウ家の水軍

 俺の二人目の子供が生まれた。男の子である。名前はハヅキと決めてあったので、そう名付けた。

「フミヅキ、弟だぞ」

 俺に抱かれたフミヅキが、フタバが抱いている赤ん坊をジッと見ている。


「ミナヅキ様、また戦が始まりそうなのでございますか?」

 俺は渋い顔になった。もうすぐスザク家と結んだ休戦協定の期間が終わる。その後にスザク家が、どう動くかはわからない。ただクジョウ家と何らかの約定を結んでいるらしい動きがある。


「そうだな。戦になるかもしれぬ。だが、心配するな。カイドウ家は負けん」

 自信の根源は、休戦協定を結んでから準備をしていた装備が充実した事だ。具体的には単発銃の数である。元折式単発銃は五千丁、ボ式剣装銃も五千丁を用意している。


 そして、銃弾である。最初、単発銃には椎の実型の弾丸を使っていた。椎の実弾の尖った方を先頭にして飛ぶだろうと期待し命中率が高くなると思ってた。


 だが、ライフリングのない銃で発射した場合、空気抵抗で横弾になったり、クルクル回転しながら飛ぶ場合があると分かった。但し、期待通りの飛び方をする場合もある。


 サエモンの山賊退治でも、椎の実弾が使われていたのだが、決して命中率は良くなかった。そこで球形弾に戻す事にした。火薬を詰めた薬莢の先に球形弾を詰めたのだ。結果として命中率は上がったが、威力は落ちた。形を丸くしたので弾丸の重量が軽くなったのだ。なので、火薬の量を増やして初速を上げる。


 色々と試行錯誤を繰り返して完成した銃弾の量産が始まり、大量の銃弾を備蓄した。この銃弾は過去にも存在し、一時期だけリボルバーの銃弾として使用されている。

 そして、大砲も十分な数だけ生産した。船に積む大砲も多かったが、一番多く生産されたのは野戦砲である。


「相手はクジョウ家とスザク家だと聞いています。本当に大丈夫なのでございますか?」

「大丈夫だ。両家とも叩き潰してやる」


 その声に怖いものを感じたのだろう、フミヅキとハヅキが泣き出した。フタバに睨まれて、すぐにフミヅキをあやし始めた。

「ああ、ごめんごめん。大丈夫だから」


 その後、最初に戦いの気配があったのは、クジョウ家のタビール湖水軍だった。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ家に二人目の子供が生まれてから、すぐの頃。

 クジョウ家のツネオキが、評定の間に重臣たちを集めた。


「スザク家とカイドウ家の休戦協定が終わるのを待っていたが、失敗だったようだ」

 ツネオキが重臣たちに向けて告げた。内政家の重臣が腑に落ちないという顔で問う。

「どういう事でござりますか?」


「戦がない期間、我らは西アダタラ州だった地域の内政に注力し、軍備を整えた。だが、それはカイドウ家も同じだったようだ」


「それでしたら、五分五分であるはずでございますが?」

「カイドウ家と我らでは、武器の生産力が違ったのだ。我らは火縄銃の数を三千丁に増やした。だが、カイドウ家は一万丁を超えるらしい」


 その情報を知らなかった重臣は顔色を変えた。

「そんな大量の銃を生産しても、火薬はどうしているのです。列強諸国から、それだけの硝石を購入できるのですか?」

「その点については、甲魔のツゲが説明する」


 クジョウ家の忍びである甲魔の頭領ツゲ・キヨミチは、頭を下げてから説明を始めた。

「カイドウ家は、硝石を買っていません。自分たちで作っているのです」


「馬鹿な……どうやって硝石を作るというのだ!」

 重臣の一人が興奮して声を高めた。

「方法は分かりませんが、配下の一人をカイドウ郷に入り込ませ、硝石をホタカ郡のオキタ家へ運ぶ人足として雇わせる事に成功しました。その者からの報告でございます」


「本当に硝石を作っているという事か……道理でカイドウ軍が強い訳だ」

 重臣たちが苦い顔になった。硝石の量は使用できる火薬の量に直結する。豊富な火薬は鉄砲兵の練度を上げるのだ。


「その製造方法を手に入れられんのか?」

 重臣の一人がツゲに強い口調で言う。

「申し訳ありません。製造しているイナミ村は、カイドウ家の兵が厳重に守っております。硝石小屋と呼ばれている建物に近付けないのでございます」


 ツネオキは厳しい顔をして告げた。

「そのイナミ村は、焼き払うしかないな」

「勿体のうございますな。焼き払う前に村人から製造方法を聞き出すべきです」


 多くの重臣が、その意見に賛同した。だが、ツゲは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。硝石小屋に火を掛けるのは簡単だ。中で硝石を製造しているのなら、火が点きやすいだろう。


 だが、硝石製造の方法を知っている村人を探し出し、拷問して方法を聞き出すには時間が掛かる。

「ならば、陽動を仕掛けている間に、我らがイナミ村を襲うというのは、どうでございましょう?」

 ツゲが提案した。


「陽動とはどうするのだ?」

 ツネオキが問い質す。それにツゲが答えた。

「タビール湖でございます」


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 収穫の時期が終わり、人々がホッとした頃。

 タビール湖の湖畔にあるシタラの湊から、関船三隻・小早船十五隻が出港した。それらの船には大勢の兵が乗り込み、カイドウ家のアビコ郡を目指す。


 タビール湖にはカイドウ家が支配権を持つ島がある。その一つである馬蹄島には宿泊施設があり、カイドウ軍の兵も駐留してタビール湖の監視をしていた。


 その監視兵がクジョウ家の水軍を発見して、狼煙を上げた。その狼煙にアビコ郡を守っているタケオ城の兵が気付き報告。


 守備部隊の将であるミノブチ・カネナリは、アビコ郡の大きな町に警戒するように伝令を送った。このカネナリはササクラ郷の郷将していた人物で、堅実な性格を買われてアビコ郡の郡将に抜擢されている。


 カネナリはタビール湖の水軍にも命令を出した。水軍は旧型スループ軍船四隻と新型スループ軍船二隻に分けて敵船を探しに出港させた。新型スループ軍船二隻は取り敢えず馬蹄島を目指した。


 馬蹄島の北東にある位置で、クジョウ水軍とカイドウ水軍が遭遇した。遭遇したのは、新型スループ軍船二隻の部隊である。その二隻を指揮しているのはクゼ・ヒデノリ。


 クゼは敵の関船に接近させながら、搭載砲の準備をさせた。使うのは榴弾である。この榴弾を命中させるには、火縄銃の鉛玉が届くほど接近しなければならない。


 関船から矢と鉛玉が飛んできた。搭載砲を操作していた一人が肩に矢を受けて倒れる。クゼは衛生兵を呼んで手当を命じた。


 倒れた兵の代わりに別の兵が、搭載砲を関船に向ける。

「放て!」

 搭載砲から炎と煙が吐き出され、榴弾が関船の横を通り過ぎる。


「砲兵以外は、銃で攻撃しろ!」

 カイドウ水軍からも銃撃が始まる。だが、両軍の軍船がすれ違い、離れ始めると攻撃できなくなった。スループ軍船は回頭して、関船を追い駆ける。


 追い付き並走する形で進み始めると、また関船から矢と鉛玉が飛び込んでくるようになった。片弦に二門ある搭載砲が交互に榴弾を放ち始めた。


 中々命中しなかったが、七発目に榴弾が関船の一隻に命中。榴弾は舷側を突き破り、中の柱に食い込んだ。

 その十数秒後、榴弾が爆発。人と構造物を吹き飛ばした。その爆発は関船の船底にまでダメージを与え、湖水が船に流れ込み始める。


 それを見た敵船は体当りするような勢いで接近してきた。

「あいつら、乗り込んでくる気だぞ」


 クゼは接近してくる関船に搭載砲の狙いを向けた。そして、もう少しでぶつかるという時、搭載砲が火を吹いた。榴弾が関船に命中し、その船首が吹き飛ぶ。


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