第123話 燃える硝石小屋

 クゼが乗るスループ軍船は敵船を撃退する事に成功したが、もう一隻のスループ軍船は失敗しクジョウ家の兵に乗り込まれてしまう。


 関船とスループ軍船を比べると、関船の方が兵数が多かった。スループ軍船に火が点けられた。モクモクと立ち昇る中で、クジョウ兵とカイドウ兵が激しく戦った。


 そして、船全体に火が回りカイドウ兵たちは死んだ。

 残っているスループ軍船では、クゼが歯を食いしばり燃えている味方の船を見詰めていた。


「やはり戦は数か、他の四隻が同行していれば、我々が勝っていたのに」

 クゼの乗るスループ軍船も傷付いていた。死傷者も大勢出ている。関船が体当りするように接近した時に、多数の矢と鉛玉で被害を受けたのだ。


 敵船の集団は離れていく。だが、クゼは追撃の命令を出さなかった。負傷者の数が多すぎたのである。この状態で追撃しても満足に戦う事はできない。


 クゼは狼煙を上げさせた。敵を逃したという合図だ。

 カイドウ家の水軍を振り切ったクジョウ家水軍は、アビコ郡の最大の町であるタケオや大きな町ではなく、小さな漁村に上陸し陣地を築いた。


 それに気付いたカイドウ軍は、タケオに常駐していた守備部隊を送った。漁村のクジョウ兵は七百ほど、カイドウ軍の兵は五百ほどである。


 敵が上陸したという情報は、アマト州の各地に広まった。その中で最大の兵を保有しているのは、カイドウ郷にあるミモリ城である。


 ミモリ城から千の兵が加勢のために送り出された。その兵たちがアビコ郡に入った頃、カイドウ郷のイナミ村で異変が起きた。


 黒装束の集団が村に襲い掛かったのである。カイドウ家の警護兵は勇敢に立ち向かったが、敵は手練れの集団であり次々に警護兵が倒される。


 村人のほとんどは逃げ出したが、何人かは捕まった。逃げ出した村人がミモリ城に助けを求め、城から三百の兵がイナミ村に駆け付けた時には、村にあった硝石小屋が燃えていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ホクト城に居た俺が、カイドウ郷での出来事を知ったのは、硝石小屋が燃えた翌日だった。場所は評議部屋である。評議衆も集められた。

「何だと! イナミ村が襲われたというのは本当なのか?」


 その報せを持ってきたホシカゲは、申し訳なさそうに頭を垂れた。

「申し訳ございません。クジョウ家の甲魔の仕業です。全く気付かなかった事は、我らの落ち度でございます」


 ホシカゲは影舞の落ち度だと言ったが、これは俺の落ち度である。影舞に敵の情報を探る事を優先させたのは、俺だったからだ。そのせいでアマト州に潜り込んだ甲魔を見逃す事になった。


「イナミ村の状況はどうなのだ?」

「六つあった硝石小屋のうち、五つが灰となり、一つだけが残りました」

「村人はどうだ?」


「ほとんどの者は逃げましたが、数人が甲魔に捕らえられたようでございます」

「狙いは、硝石の製造法か」

「おそらく、そうだと思われます」


「イナミ村の警護を増やすべきだった」

 その話を一緒に聞いていたクガヌマが目を怒らせる。

「クジョウ水軍が漁村を襲ったのは、カイドウ郷の守りを手薄にするためだったのでござろう」


 俺もそう思う。村人を捕まえた甲魔が、カイドウ郷から逃げ出すためにミモリ城の兵が邪魔だったのだろう。その証拠に漁村に陣地を作って抵抗していたクジョウ水軍は、イナミ村が襲われた後に撤退している。


 コウリキはカイドウ郷のイナミ村の事をあまり知らないので尋ねた。

「そのイナミ村が襲われたのは、硝石を製造していたからなのでございますか?」


 俺は頷いた。

「そうだ。俺がミザフ郡を掌握する前から、作り始めていた」

「そのような昔からでございますか。御屋形様には先見の明が有るようでございますな」


「火縄銃は戦において、大きな力になると知っていたからな」

 コウリキは、俺が神明珠から神の叡智を得ているという事を思い出したようだ。


「御屋形様は、単発銃以上に凄まじい武器を御存知なのでございますか?」

「もちろんだ。単発銃など、子供の玩具に思えるほどの兵器も有る」

「……それをカイドウ家で作ろうと考えておられるのでございますか?」


「いや、そのような兵器は、高度な技術がなければ作れぬ。知識だけ有っても、ダメなのだ」

 コウリキが納得した顔を見せた。


「さて、話を戻そう。イナミ村と漁村を襲ったクジョウ家に対して、どうするかだ」

「抗議すると同時に、報復せねばならないでしょう」

 トウゴウが最初に意見を言った。この意見には皆が賛同する。


「どこを攻めるのが効果的だと思う?」

 コウリキが床に広げた地図の一点を指した。タビール湖の南西にある地域だ。ホタカ郡の西の端を流れるマゴメ川のカムロカ州側である。


「ここはどうでござろう?」

 フナバシが首を傾げた。そこはクジョウ家が小城をいくつか建設した場所に近かったからだ。


「面白い、そこを選んだ理由は?」

 俺が尋ねると、コウリキが説明を始めた。

「水軍の十隻の輸送船を活用します。まず兵三千を上陸させ、そこから西へ進みクジョウ家が築いた小城を奪います」


「なるほど、今なら小城の背後が、手薄だと考えているのだな?」

如何いかにも。小城に居る武将は、ホタカ郡から攻めて来るとしか考えていないでしょう」


 クジョウ家の居城があるクルタに近い土地が、カイドウ家に奪われたと知ったクジョウ家当主ツネオキは、慌てる事だろう。そして、どういう手を打つか?


 それを尋ねると、コウリキが、

「某なら、クルタにある兵か、シタラやクマニ湊に置いている兵を移動させるでしょう」


「ハシマやナガハマではなく、シタラやクマニ湊の兵か?」

「はい、ハシマやナガハマは、カイドウ家の領地に近すぎます。兵力を減らせば、不安になると思われます」


 俺はシタラに注目した。シタラはクジョウ家にとって重要な土地だ。水軍の根拠地であり、タビール湖水運業の中心地でもある。


 そこを占拠したら面白い事になる。さらにシタラから北上してクマニ湊へ兵を進ませる。クマニ湊まで占拠したら、クジョウ家はガタガタになるはずだ。


「いいだろう。その案を進めよう。同時に、タビール湖のスループ軍船を急いで増やす」

 トウゴウが難しい顔をしている。


「何か気になる事が有るのか?」

「スザク軍でございます。あの連中がどう動くのかが気になるのです」

 トウゴウに指摘されて、スザク軍の事を思い出した。


「クジョウ家とカイドウ家が戦を始めれば、スザク軍はキリュウ郡を攻めるだろう。兵力は足りているはずだ」

 キリュウ郡には、五千の兵が駐留している。

「スザク家は四十三万石、兵は一万三千ほどになるでしょう。五千の兵で耐えられるでしょうか?」


 スザク家が無理をすれば、八千か九千の兵をキリュウ郡へ向けられるだろう。トウゴウが俺に視線を向けた。

「野戦砲五十門と散弾筒を送るべきだと思います」

「分かった」


 野戦砲五十門を送ると決定したが、野戦砲だけでなく砲兵も送らねばならないので時間は掛かる。それに輸送船に乗せる部隊を編成せねばならない。この部隊の指揮官にはコウリキを任命した。


 その準備の間に、クジョウ家に抗議の書簡を渡した。これは実質的な宣戦布告になる。


 俺は戦を始める前に、カイドウ郷へ一度戻った。懐かしいミモリ城に戻った俺は、久し振りに家老だったモロスに会う。


「御屋形様、申し訳ありません。イナミ村を守る事ができませんでした」

「お主の責任ではない。あれは隙を作ってしまった俺が悪いのだ。イナミ村の村長は無事だったのか?」


 モロスの顔が曇った。

「まさか……」

「村長のミヘイは、甲魔の奴らに殺されました」

 武将でも兵でもない者を殺したのか、甲魔の奴らめ。怒りが湧き起こるが、それが戦国の世の中なのだと分かっていた。


 次の日、イナミ村へ行くと村長の息子が出迎えてくれた。

「済まなかった。硝石小屋を作ってくれと頼んだばかりに、村長を死なせてしまった」

「御屋形様のせいではございません。憎いのはクジョウ家です」


 村長の息子シンスケが言うには、硝石小屋とハムなどの製作を始めた事で村が豊かになって喜んでいたそうだ。だから、これから先も硝石の製造を続けさせて欲しいという。


「良いのか? これから先も危険な事が有るかもしれんぞ」

「硝石小屋を作る場所を村の東側に造り、厳重に警護させるのはどうでしょう?」


「なるほど、村から少し離れた場所に硝石小屋を建てるのか。いいだろう」

 綿火薬が製造できるので、カイドウ軍は硝石を必要としていない。だが、世界中に需要があるのだ。カイドウ家で製造して、世界に販売すれば膨大な利益を得られるだろう。


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