第121話 ビンゴ郡の山賊

 ビンゴ郡の山賊を討つように命じられたサエモンは、与えられた兵を確認した。カイドウ家の兵は、全て鉄砲兵だった。


 これらの兵が装備している銃は、銃剣付きボルトアクション式単発銃あるいはボ式剣装銃と呼ばれているものである。普段は銃剣を外しているのだが、接近戦になりそうな場合は装着する事になっている。


 サエモンもボ式剣装銃の訓練を受けている。銃剣術と呼ばれている技術だ。トウゴウとコウリキが協力して編み出した武器術だという。サエモンはコウリキから直接学んでいる。


「コバヤカワ殿、山賊どもですが、アジトが見付かっていないと聞きましたが、どういたしますか?」

 小姓であったイサカ・ソウリンがサエモンの副官に就いている。


「チョウカイ郷の山の中にあると聞いたが、違うのか?」

「それは確かな情報ではないようです。ただチョウカイ郷で頻繁に悪さをしているのは事実です」


「カイドウ家の忍びを使って調べられれば、良かったのだが」

 ソウリンも同意した。だが、影舞も草魔も人数が少ない。広くなった領地の全部に忍びの目を光らせる事は無理なのだ。


 カイドウ家では領地の治安を守るために、郷警・郡警という組織を作った。その郷警という組織の下に、町役人・村役人という者を置き、その町役人・村役人に選ばれた者が番屋役人と呼ばれる役人を使って戸籍を管理している。


 その番屋役人は戸籍だけでなく、町や村の出来事などを上に報告する仕事もしている。それらの報告を纏める者が郷警に居るのだが、それがまだ上手く機能していない。


「チョウカイ郷の番屋を回って、どんな被害や目撃情報が上がっているか調べさせよう」

「分かりました。討伐隊の兵たちを分散して調べさせます」


 調べた結果、カナヤマ村で山賊の目撃が多い事が分かった。その村の近くには、クジ湖というカルデラ湖があり、そこに山賊のアジトがあるのではないかという情報を掴んだ。


「そのクジ湖を徹底的に調べるぞ」

「分かりました」

 二百の兵を十小隊に分け、クジ湖の周囲を調べさせた。


 サエモンも二十人の兵を引き連れ、クジ湖の東側を調査する。

「コバヤカワ様、山賊の足跡らしきものを見付けました」

 兵の一人が報せに来た。


「よし、その痕跡を追跡するぞ」

 サエモンは、痕跡を追い掛け鉱山跡地みたいなものを発見した。その鉱山跡地が山賊のアジトになっているようだ。


 サエモンは他の小隊を呼び寄せた。ソウリンがサエモンの横に立ち、アジトを確かめる。

「山賊どもの人数は、五十人ほどのようですね」

「被害を考えると少ない。外に出ている者が居るのではないか?」


 ソウリンが山賊のアジトを睨みながら口を開く。

「すぐに攻撃しますか?」

「二日ほど待とう。その間に仲間が戻らないようなら、攻撃する」


 討伐隊はアジトから離れた山の中で野営する事にした。テント・寝袋・兵糧・水を運び込み、野営の準備を始める。


 季節は夏、暖房としての焚き火は必要ないが、煮炊きには火が必要である。そのために木炭やコークスを粉にして混ぜ合わせ、消石灰やピッチ、粘土などを加えて固めた燃料を持ってきていた。


「成形炭を、カイドウ家が作ろうと思ったのは、なぜなのだ。普通の木炭で良さそうなものだが?」

「木炭より安くできるんです。ドウゲン郷の炭鉱で膨大な石炭が採掘されていますから、原料が安いんです」


 この成形炭は鉄火鉢を購入できない庶民のための暖房用燃料として開発されたものだ。火持ちが良いので、庶民からは喜ばれている。


 山の中で野営を始めて一日目は何事もなく、二日目に外に出ていたらしい山賊が戻ってきた。その数は七十人ほどである。


「攻撃する。配置につけ」

 討伐隊の兵たちは、アジトを囲むように配置についた。山賊たちは廃鉱の前にある建物を修理して住んでいるようだ。たぶん鉱夫たちが寝泊まりしていた建物なのだろう。


「正面部隊、撃て!」

 サエモンの号令で、陣鐘が鳴らされアジトの正面に配置された鉄砲兵たちが一斉に引き金を引いた。建物の中から悲鳴と断末魔が上がる。山賊たちが建物から飛び出してきた。


 また陣鐘が鳴らされ、東側に配置された鉄砲兵の単発銃が火を吹いた。山賊たちがバタバタと倒れるのが見える。だが、半数以上の山賊が生き残っている。


 陣鐘が鳴らされるたびに単発銃の攻撃が繰り返され、立っている山賊たちの数が二割ほどに減った。サエモンは銃剣を装着させ、兵たちを突撃させる。


 生き残っていた山賊たちは至近距離で撃たれ、銃剣で刺されて死んだ。

 戦いが終わった時、山賊の死骸だけが目についた。ほとんどの山賊は死に、生き残った山賊も怪我を負っている。


「山賊全員を射殺、または捕縛しました」

 ソウリンがサエモンに報告。

「ふうっ、終わったか」


 捕縛した山賊は、見せしめのために公開処刑された。それを見ていた浪人たちは震え上がった。

 その後、カイドウ家は浪人した者たちを対象にして、兵を募集した。困窮していた者たちは、ほとんどが応募してカイドウ家の兵となった。


 最後に、サエモンは報告のために、何の鉱山だったか調べさせた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 討伐隊がホクトに戻り、俺に報告した。

「よくやった」

 俺はサエモンを褒めた。褒美として姫佳銀が入った袋を渡す。


 サエモンは恐縮していた。その後ろにはソウリンが誇らしげな顔で座っている。

「ソウリン、初めての実戦はどうであった?」

「耳鳴りがするほど、五月蝿うございました」


 その答えに俺は笑った。

「そうか、五月蝿かったか。単発銃の一斉射撃はどうであった?」

「中々命中しないものだと思いました」


 俺は頷いた。命中率が悪いのは分かっていた。現在使っている単発銃には、旋状の溝である施条しじょうまたはライフリングと呼ばれているものがない。


 滑腔銃砲身から椎の実弾を発射すると、弾丸は空気抵抗を受けて横弾となったりするので命中精度は期待できないのだ。鉄砲鍛冶のトウキチには、施条を付けられないかと相談しているのだが難しいらしい。


「御屋形様、山賊たちがアジトにしていた鉱山ですが、あれは金の鉱山だったようなのです」

「ほう、金か。廃鉱でなければ、大喜びするのだが……廃鉱となった原因は何だ?」


「大きな落盤事故でございます。坑道の一部が崩れて大勢の鉱夫が生き埋めになったようです」

 リンドウ家は金鉱山を再開しようと努力したらしいが、資金が尽きて諦めたらしい。


「面白い、カイドウ家の専門家に調べさせてみよう」

 カイドウ家には、鉱山の専門家が数名居る。その中からアカザワ・ショウジロウという男を抜擢して調べさせた。


 その結果、カイドウ家の資金力が有れば再開できるという答えを得た。

「アカザワ、その金鉱山を再開させよ。金を掘り出すのだ」

 カイドウ家の支配地には、銅鉱山と銀鉱山は複数有るのだが、金鉱山は一つだけだった。なので、金の備蓄量が少なく、困っていたのだ。


 再開したクジ鉱山には、極めて良好な金鉱脈があり、カイドウ家に大量の金をもたらした。

 その金で交易の拡大を行い、チュリ国の西にあるコンベル国とバラペ王国とも交易するようになる。


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