第102話 カラサワ家とホウショウ家

 クジョウ軍がアダタラ州との境を越えて攻め込んだ。その兵力は一万一千、総大将はクジョウ家の名将と言われるナイトウ・サダナガである。


 ナイトウ率いるクジョウ軍とカラサワ家の三虎将の一人ネズ・ナガツナが率いるカラサワ軍が激烈な戦いを始めた。カラサワ軍は八千であり、兵力では劣っている。だが、地の利はカラサワ軍にあった。


 両軍とも兵力に比べて火縄銃の数と火薬の量が少なかったので、従来の戦い方とさほど変わらないものになった。州の境に構築された陣地へ攻め込んだクジョウ軍は兵力を集中させる事で防衛陣地の一点を突破する。


 アダタラ州の内部へ侵入したクジョウ軍を追って、カラサワ軍が追いすがり激しい戦いとなった。ナイトウは兵を集中させ敵の陣形を打ち破る戦いを得意とする将である。


 追ってくるカラサワ軍に対して、味方兵を槍の穂先のような陣形へと変え突撃させた。それを見たカラサワ軍のネズは、兵を何層にも重ねて守備型の陣形へと変える。


 両軍がぶつかりクジョウ軍がカラサワ軍の守りを食い破り突破しようとする。一方、カラサワ軍は敵の猛攻を受け止め弾き返そうとする、激しい戦いが続いた。


 何千という兵が叫び声を上げ槍を突き出す。悲鳴と怒声が沸き起こり、兵たちは狂ったように戦の熱狂に包まれていく。


 カラサワ軍が構築した陣地に火が放たれた。これもナイトウが得意とする火攻めである。風を読んで効果的な場所に火を放ち、それにより敵を混乱させ付け入る。


「ナイトウ様、敵の守りが厚いようで、中々突破できません」

 配下からの報告に、ナイトウの顔が厳しいものとなる。

「さすがに三虎将の一人だ。簡単には勝たせてくれぬ」


 ナイトウは鉄砲兵を並べて、カラサワ軍を攻撃するように命じた。隊列を整えた鉄砲隊の火縄銃が火を吹く。撃ち出された鉛玉がカラサワ軍の兵たちに命中して、その命を刈り取っていく。


 その被害に顔をしかめたネズは、カラサワ軍の鉄砲兵を繰り出した。その鉄砲兵に敵の鉄砲兵を狙わせる。敵味方の鉄砲兵が撃ち合い、貴重な鉄砲兵が倒れた。


 一進一退となる互角の戦いとなった。だが、時間が経つに連れてカラサワ軍側が不利となっていく。兵力が少ない事も原因の一つだが、内戦が続き戦に嫌気をさしていた兵が士気を落としたのだ。


 ネズが鼓舞して兵を戦わせようとしたが、逃げ出す兵が現れ始めた。ネズは増援部隊を送るようにハシマへ伝令を走らせる。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 俺はアガ郡の陣屋に居て、カラサワ軍とクジョウ軍の戦況報告を聞いていた。

「ホシカゲ、カラサワ軍はどうだ?」


「どうもいけません。ネズ殿が頑張っているのですが、兵が言う事を聞きません。どうやら、大路守様に対する不満が溜まっているようで、アダタラ州を守り抜こうという意志が見えぬのです」


「そうなると、アダタラ州の西の端にあるニラサキ郡は奪われるか。カラサワ軍はタビール湖からイセヤ湾に流れるノジリ川まで後退する事になるな」


「それで済めば、よろしいのですが」

「何か有るのか?」

「ネズ殿が兵を鼓舞するために無理をなさっているようです。自ら前線に立ち、槍を振るう姿が目撃されています」


 総大将が槍を持って戦うなど負け戦である。もし、総大将が倒れるような事になれば、カラサワ軍は総崩れとなるだろう。


「御屋形様、カラサワ軍のネズ殿が討ち死にしました」

 イ組のイゾウが走り込んで来て報告した。俺は目を見開き大声を上げる。

「詳細を言え!」


 イゾウの報告によれば、ネズは味方に命令を出しながら槍を持って暴れ回り、獅子奮迅の働きをしていたらしい。だが、それをクジョウ軍に狙われた。


 腕利きの武人が数人掛かりでネズを取り囲み、討ち取ったようだ。

「まずいな。これではクジョウ軍をノジリ川で押しとどめる事が難しくなったぞ」


 カラサワ軍が総崩れとなる事は必定だ。クジョウ軍は勢いを増してハシマまで迫るかもしれない。そうなる前に、カイドウ家もアダタラ州に攻め込まねばならない。まずは独立したナセ郡を攻め落とし、カイドウ家に組み込む必要がある。


「トウゴウを呼べ」

 使番が走って行きトウゴウを呼んできた。

「ネズが討ち取られた」

 トウゴウが顔をしかめた。それがカラサワ軍の総崩れに繋がる事を予想できたからだ。


「我軍も動きますか?」

「当然だ。兵を率いてナセ郡に攻め込め、東アダタラ州を刈り取る」

 トウゴウが陣屋から出て兵たちに命令を出す。外では大騒ぎとなり始めた。


 俺はホシカゲに厳しい顔を向ける。

「ホウショウ家に動きはないか?」

「まだ、ありません。有るとしたら、我軍が攻め込んだ後でございましょう」


「そうだな。大路守殿が怒り狂って、瑠湖督殿に何か命じてからか」

「スザク家については、どうでございますか?」

「ハンゾウからの報告では、まだ動きはない。動くとしたら、カラサワ家と同じく我軍が動いたと耳にしてからだろう」


 カイドウ軍がナセ郡に向けて出陣した。現在ナセ郡を支配しているのは、武将だったツボタ・ショウゾウである。タカツナが暗殺されたドサクサに紛れて、盗み取ったようなものなのでツボタに対する世間の評価は高くなかった。


 カイドウ軍がナセ郡に侵攻すると、ツボタは慌てて使者をアガ郡へ送ってきた。使者はハナオカという人物で、ツボタの腰巾着だ。


「月城守様、我が主君は降伏すると申しております」

「ふむ、それで条件は?」

「ナセ郡内の四郷の一つハルノ郷を割譲いたすので、他の領地を安堵して欲しいとの事でございます」


 ハルノ郷はシオガマ郡と隣接した土地で、次の戦場になるかもしれない場所だ。それを知っていて割譲すると言い出したのは、カイドウ家のために戦う意志はなくツボタ家は、安全な場所で今まで通りの生活を続けたいという事なのだろう。


 それを許すほど俺は甘くなかった。ハナオカをアガ郡の陣屋に留めたまま交渉を引き伸ばし、トウゴウにはナセ郡を占拠するように命じた。


 ナセ郡のツボタ軍は、カイドウ軍と対峙すると逃げ出した。呆れたほどの逃げ足で、トウゴウが罠かもしれないと疑ったほどだった。


 ハナオカはナセ郡がカイドウ軍に呑み込まれる状況を聞きながら、じりじりした思いで交渉を続けた。

「月城守様、ツボタ家は降伏すると申し上げたはず、何卒兵を引いてください」

「ならば、条件を変えてはどうだ?」


 俺が提案すると、すでに占領している二つの郷を割譲するので、他は安堵してくれと言い出した。

「ん、ハルノ郷はどうした? あそこも割譲すると言っていたではないか?」


「ですが、四つの郷しかないナセ郡から、三つの郷を割譲すれば、一つしか残りませぬ。それではあんまりでございます」


「寝ぼけた事を言うな。ツボタはカイドウ軍と戦わずに逃げてばかりいる。そんな者に領地を預けられると思うか」

 この時初めて、俺が無条件降伏を求めているのだと、ハナオカは気付いたようだ。


 ハナオカは交渉を諦め、ツボタ家に逃げ帰った。そして、経緯を話した。

「何をした。月城守様を怒らせるような事を言ったのか?」

「滅相もございません」


 降伏すると申し出ながら一つの郷しか割譲しないという条件を出した事に、本気で降伏する気が有るのか疑われたのだと、気付かなかったようだ。


 カイドウ軍はナセ郡を攻め取り、ツボタ家を滅ぼした。その事実を知った周りの郡を支配する大名たちは恐怖した。周りの郡が協力してカイドウ軍と戦うという策も出たようだが、勝てないと判断した。


 そして、ほとんどの大名は一戦しただけで降伏し、カイドウ家はハヤチネ郡・バイナン郡・シオガマ郡を手に入れアマト州に組み込んだ。


 その勢いに驚いたカラサワ家は、アビコ郡のホウショウ家に軍をカイドウ郷へ向けろと命じた。ホウショウ家の当主であるミツヒサは抵抗したのだが、脅されて出陣する。


 だが、ミザフ河を越えたホウショウ軍は、待ち構えていたカイドウ軍に補足され壊滅的な被害を受けた。そして、逆にカイドウ軍がミザフ河を越えてアビコ郡へ雪崩込んだ。


 俺はアビコ郡の掌握を短期間で終わらせるために、野戦砲の多くをミザフ郡に運んでいた。ホウショウ家は、タケオ城に籠城した。その城の周りに野戦砲を運んだカイドウ軍は、一斉射撃でタケオ城を崩壊させホウショウ家の支配を終わらせた。


 だが、ホウショウ家が滅んだ訳ではない。落城寸前に、ハシマへと落ちのびたようだ。


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