第101話 戦乱の始まり

「堺津督殿、クジョウ家がホタカ郡を攻めた場合、防ぎきれますか?」

「クジョウ家の総兵力は三万、カラサワ家と対峙しておるので、オキタ家に振り向けられるのは、五千ほどであろう。我軍には四千の兵が有り、火縄銃などの武器さえあれば、防ぎきれると考えている」


「カイドウ家は、中古の火縄銃四百丁をオキタ家に渡す用意があります」

「それはありがたい。だが、それだけの火縄銃を我々に譲って大丈夫なのかね?」

「我が家は、新型の銃を開発したので大丈夫です」


「ほう、新型銃ですと、興味が湧きますな。どのような銃なのかな?」

 俺はソウリンを呼んで、単発銃を持ってこさせた。


 ソウリンが持ってくると、俺はヨシノブへ渡す。ヨシノブは火縄銃との違いに気付いた。火蓋や火皿、火挟みなどの重要な部品がない。


「これは?」

「単発銃と呼んでおります。火縄を必要としない銃なのです」

「ん……どうやって火薬を爆発させるのか、見当もつかぬ」


 俺は単発銃を返してもらい、開閉レバーを操作してロックを外し銃を折って銃弾を装填してみせた。

「ほう、そういう仕掛けになっておるのですか。装填したのが弾丸ですかな?」


「ただの弾丸ではなく、中に火薬が入っているのです」

 俺が単発銃用の銃弾を説明すると、ヨシノブは顔を強張らせた。この銃弾の持つ脅威を理解したのだ。火縄銃の何倍も早く次弾を撃つ事が可能で、雨の日でも使える。


「これはカイドウ家の秘事なのでは、儂に教えて良かったのかな?」

「すでにイングー人と桾国人を相手に使っております。相手が気付いたかどうかは分かりませんが」


 俺は単発銃の存在が知れ渡っても、それを真似て作る事は容易でないと説明した。

「カイドウ家は、恐ろしい武器を手に入れたのですな。列強国より進んでいる」


 火縄銃の弱点を克服した武器だと分かり、ヨシノブは興奮した。

「このような銃を、どれほど揃えられるのです?」

「五千丁ほど、揃えようと思っています。そうなれば、クジョウ家にも負ける事はないでしょう」


 ヨシノブが青褪めた顔になり頷いた。

「そうでしょうな。そうなれば、カイドウ家が天下を……」

「いや、それは早い。カラサワ家とクジョウ家を倒しても、まだミケニ島の半分です」


 ヨシノブは真剣な顔になり尋ねた。

「ところで、カラサワ家はどうなのです?」

「危うい限りです。二つに分かれ兄弟で戦ったのです。内部はボロボロになり、大路守殿は相当無理をしている」


「無理と言うと?」

「まずは年貢を上げ、民から不評を買っています。それに戦い続けた兵が疲弊して、士気が落ちている」


 ヨシノブも納得したような顔をした。

「民の心が、大路守様から離れたという事ですな」

「それを見守っているクジョウ家がどう動くか。楽しみです」

 俺が笑うと、ヨシノブが若干引いた。


「クジョウ家がアダタラ州に侵攻した場合、カイドウ家もアダタラ州に侵攻しようと考えておられるのかな?」

「そうするしかないでしょう。放置すれば、アダタラ州全体がクジョウ家に取られてしまう。それはカイドウ家として許容できぬのです」


「そうなると、懸念すべき事がありますな」

 ヨシノブの言葉に俺も頷いた。アダタラ州への侵攻とスザク軍の動きが連動した場合である。同時にアダタラ州とナヨロ地方で戦が起きれば、カイドウ家と言えども苦しくなる。


「それに、警戒すべき大名が一人居るのです」

「月城守殿が、警戒する大名とは誰であろう?」

「アビコ郡の瑠湖督殿です。あそこはミザフ郡の隣りにあるので、警戒を緩める事ができぬのです」


 ヨシノブが頷いた。カイドウ家と因縁のある大名だと知っているのだ。

「なるほど、瑠湖督殿ですか。ホウショウ家はカラサワ家に最後まで付き合うつもりなのか? ホウショウ家こそ、カイドウ家に臣従するという道を選択すべきだったと思うが」


 俺は顔をしかめた。ホウショウ家が臣従すると言っても、カイドウ家の内部に組み込むのには不安があったからだ。

「いや、ホウショウ家は潰します」


「瑠湖督殿が、お嫌いなのかな?」

 俺は声を小さくして教えた。

「今の瑠湖督には、父親であるノリノブ殿を殺したという噂があるのです」


 ヨシノブが驚いた顔をする。

「それは本当でござるか?」

「ええ。なので、近くに置いておく事は、遠慮したい」


「では、どうしようと?」

「アダタラ州に攻め込むと同時に、アビコ郡に攻め入り掌握します。瑠湖督殿には腹を切っていただくつもりです」


「上手く行けばよろしいのだが……そういう男は最後まで足掻あがくものです」

「そうですな。気を付けましょう」

 俺とヨシノブは、オキタ家が万一危機に陥った時に、どう対応するかを話し合い、それぞれの役目を決めた。


 話が終わり、俺たちは奥御殿へ向かう。その一室では、キキョウとフミヅキが遊んでいた。

「フミヅキ殿、あなたの御祖父様が来ましたよ」


 フミヅキがヨシノブを見上げて笑う。その笑顔はヨシノブを虜にした。

「おお、可愛い孫じゃ。ヒロタカにも早く子供ができれば良いのだが」


 ヒロタカというのは、フタバの弟である。長男でありオキタ家を継ぐ者なのだが、まだ結婚したばかりで子供が居なかった。


 フタバが父親に目を向けた。

「あまり、孫が欲しいと急かしてはダメですよ。そう急かされるミユキ殿が辛くなります」

 ミユキとはヒロタカの新妻だった。

「分かっておる。本人たちには言わぬようにしている」


「それならいいのですが」

「フタバ、それより二人目はどうなのだ?」

「言ったそばから、そのような事を」

「別段急かしておるのではない。お前の体調を気遣っているだけだ」


「まだです。もう少しフミヅキが大きくなってからの方がいいです」

「そうか、今度は姫が良いかな」

 フタバが溜息を吐いた。


「堺津督様、夕食に何か召し上がりたいものが、ございますか?」

 チカゲが笑いを堪えながら尋ねた。


「そうだな。フタバの手紙に書かれていた鯛めしと天ぷらがいいな」

「丁度よろしゅうございました。今朝大きな鯛が届けられたばかりなのです。一緒にエビも届けられたので、それを天ぷらにいたしましょう」


 フタバがチカゲに顔を向けた。

「済みません。お願いしますね」

「お任せください」


 その日の夜は、鯛めしと天ぷら、他にいくつかの料理が用意され、豪華な食事となった。楽しい夕餉の時間を過ごしたヨシノブたちは、待楼館で休んだ。


 翌日、ホクトの見物をしたオキタ家の者は、その次の日には急いでホタカ郡に戻った。クジョウ家の動きが気に掛かり、長居ができなかったのである。


 俺はクジョウ家、カラサワ家、スザク家の動きに注意を払いながら、元アシタカ府だった領地の安定に力を注いだ。この新しい領地が安定しないと、カイドウ家の弱点となるからだ。


 そんな時、アマト政武館の代表理事に抜擢したコウリキが訪ねてきた。

「ツナヒデ、政武館で何かあったのか?」

「そうではありません。ホソカワ殿から手紙が来たのです」


 その手紙によれば、カラサワ軍がミカト湊を掌握したそうだ。ヨシモトは、そのままタカツナの居城があったシオガマ郡に進ませるのではなく、兵をハシマに戻したという。


「それは何を意味するのだ?」

「ハシマに居る大路守様が、不安を感じたという事です。ネズ殿が守っているカムロカ州方面がきな臭くなったのでしょう」


「ついに、クジョウ家が動き出すか。どれほどの兵力を注ぎ込むだろう?」

「カラサワ軍がカムロカ州方面に配置している兵は八千、クジョウ家ならば一万の兵を用意するでしょう」

「一万の兵か、凄まじい戦いになるな」


 俺とコウリキが予想した通り、その数日後にカムロカ州とアダタラ州の境で戦が始まった。これまでの小競り合いというものではなく、本格的な戦である。


 俺はアガ郡に兵を集め、いつでも出陣できるように用意した。


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