第100話 クジョウ家の蓄積

 俺はキリュウ郡の状況をハンゾウから聞いていた。

「そうか。街道沿いに建設していた陣地が完成したのだな?」

「はい、スザク軍が大騒ぎしているようです」


 いきなりカイドウ軍が陣地の構築を始めたのだ。スザク家では慌てた事だろう。スザク家は三十八万石ほどなので、その総兵力は一万を少し超えている。


 侮れる数ではない。だが、急激に拡大した家なので、その内部はゴタゴタしているのではないか? そう思った俺はハンゾウに確認した。


「その通りでございます。無理をして兵力を揃えているようで、年貢が高く民の評判はよろしくありません」

「スザク家の鉄砲兵はどうだ?」


「鉄砲兵の数は、三百ほどで少ないようです」

 今は少ないと判断されるが、数年前なら立派なものだった。だが、どこから手に入れたものだろう。列強国のどこかと取引しているのだろうか?


「その火縄銃は、どこから手に入れたものなのだ?」

「桾国の船が出入りしているので、桾国から購入したものだと思われます」

「しかし、桾国自体は火縄銃を製造していなかったはず、桾国軍の中古品だろうか?」


 実際は桾国軍の将軍が装備の横流しをしていた。それだけ桾国軍が腐敗しているという証拠だった。

「そこまでは……」

「分からぬか。仕方ないだろう。それより、我軍に対して、何か行動を起こしているか?」


 ハンゾウは否定した。

「スザク家の内部で、どう対応するか決まらぬようでございます」

「なるほど、分かった」


 続けて、コウサカ家についての報告を聞いた。

「クジョウ家に支援を頼んだようです。クジョウ軍二千がスザク家領地との境に配置されました。ただ兵を配置した代償として、かなりの金額を請求されたようでございます」


「クジョウ家の大海守殿は、吝嗇家けちのようだな。そんな事をすれば、味方になる者は減ると思うが」

 カムロカ州の内部には、降伏してクジョウ家の家臣となった大名や豪族などが数多く居る。それらの家臣は不満を持ちながらクジョウ家に仕えているのではないだろうか?


 ハンゾウからの報告を聞いた後、俺は昼食を家族と一緒に食べようと奥御殿へ向かった。

 奥御殿はミモリ城以上に広くなっていた。夏の強い日差しが部屋の中に入り込み、部屋の中も暑い。フタバを探していると、庭の方でフミヅキの声がする。


 庭に大きなタライを運んで水を入れ、フミヅキが行水をしていた。フミヅキは水をバシャバシャと叩き、周りに居る母親や腰元たちに水をかけている。


「いけませんよ。そろそろいいでしょう?」

 フタバが行水を終わりにしようと言うと、フミヅキが強く首を振る。腰元ミズキが俺の姿に気付いた。


「御屋形様、申し訳ありません。すぐに昼食の支度をいたします」

「ほら、父上が来られましたよ。上がりましょう」

 フタバがフミヅキを抱き上げ、ミズキが布で身体を拭く。


「行水か。気持ちよさそうだな」

「フミヅキが、どうしても行水をしたいと言うのです」

「暑いからな。だが、長い時間はダメだぞ」


「ちちうえ……」

 身体を拭いてもらったフミヅキが裸のまま、俺のところに走ってきた。フミヅキを抱き上げる。少し前に歩き始めたばかりだと思っていたが、走れるようになったらしい。


 子供の成長は早いな。フミヅキが笑顔で俺に話し掛ける。意味のある言葉は少ないが、成長しているな、と感じて嬉しい。


「さあ、服を着ましょう」

 ミズキがフミヅキに服を着せる。フミヅキが着ている服は、それほど豪華なものではない。暑いので風通しが良く簡素な服がいいという事もあるが、無理をして太守の子供らしい豪華な服を着せても、健康に悪いだけだと思っているのだ。


 俺自身も普段着は簡素な服を着ている。布地などは最高級のものを使っているので、質素という訳ではない。カラサワ家に年賀の挨拶に行った時、ヨシモトが変にキラキラした服を着ていたので、こういう風なのはダメだなと思ったのが原因だ。


 もちろん、豪華な服を持っていないという訳ではないが、あまり着る機会はなく箪笥たんすの肥やしになっている。


「ミナヅキ様、父から手紙が来ました。相談したい事があるので、一度ホクトを訪れたいそうです」

「……ユウキ家の件かな。いつでもお越しください、と伝えてくれ」


「ユウキ家がカイドウ家に臣従したのには、私も驚きました」

 フタバが未だに信じられないという顔で言った。


「そうだな。だが、ユウキ家は良い判断をしたと思う。あのままナヨロ地方でスザク家と戦っていたら、スザク家に呑み込まれて、消えていたかもしれん」


「それほどスザク家が強い、というのですね?」

「強いというより、勢いがあるのだと思う。勝ち続けているので、兵の士気が高いのだ」


「なるほど。スザク家がキリュウ郡を手に入れたら、ホタカ郡も危なかったのですね。……ならば、父もミナヅキ様には感謝しているでしょう」


「感謝されるような事はしていないよ。ただ、これから先はオキタ家を支援せねばならないようだ」

「どういう事でしょう?」


「ナヨロ地方にカイドウ家の兵が入った事で、クジョウ家は、オキタ家への警戒を強めた。もしかすると、クジョウ軍がホタカ郡に侵攻するという事も考えられる」


 フタバやミズキが青い顔になった。

「オキタ家は大丈夫なのでしょうか?」

「心配ない。中古だが、四百丁の火縄銃と大量の硝石をニイミ城へ送る事にした。鉛玉だけはオキタ家で用意するように伝えてくれ」


「分かりました。……出過ぎた事を言うようですが、火縄銃だけでは不安に思います。兵は送らないのですか?」

「オキタ家は、台所事情も改善したので、兵を増やし四千ほどにしたようだ。そこに六百ほどの鉄砲兵が居れば、十分なように思う。そこは堺津督殿に直接会って話してみよう」

「ありがとうございます」


 そんな話を交わしてから十日ほどが過ぎた頃、ホタカ郡からオキタ家のヨシノブとキキョウがホクト城を訪れた。カイドウ家が居城をホクトへ移してから初めての事である。


 俺たち家族が出迎える。キキョウは孫のフミヅキを見るとニコッと笑って歩み寄り抱き上げた。

 フミヅキがキキョウの顔を見て、首を傾げた。それを見たフタバが、笑って祖母である事を説明した。まだ理解はしていなかったが、味方だと分かったようでフミヅキがニッコリ笑う。



「フミヅキ殿、可愛いわ。子供より孫が可愛いと言いますが、本当ですね」

「まあ」

 フタバが驚いたような顔をしてから笑った。


「堺津督殿、少し休まれてから、話をしましょう」

 俺がヨシノブに話し掛けると、今すぐ話を始めたいと言う。

「いいでしょう。部屋に案内します」


 俺は評議衆を集めるように命じてから、評議部屋へ向かった。

 イサカ城代たちが集まり、話し合いが始まる。

「月城守殿、なぜユウキ家の臣従についての連絡を、ヒガキ殿に任せたのです? 先に連絡してもらえれば、あれほど驚かずに済んだのですぞ」


 俺は思い出して笑みを浮かべた。

「ヒガキ殿が、ホクト城へ着て驚かされてばかりいるので、今度はニイミ城の方々を驚かせたい、と言い出したのです」


 ヨシノブは唸るような声を上げた。

「全く、子供のような事を」

「ヒガキ殿は面白い、それに有能な人物です。スザク家とクジョウ家の件が片付いたあかつきには、カイドウ家が引き抜こうかと思っているほどです」


 その言葉を聞いたヨシノブが、俺の顔をジッと見た。

「どうかしましたか?」

「今、『スザク家とクジョウ家の件が片付いた暁に』と言われましたな。スザク家はともかく、クジョウ家とはどういう決着を考えておられる?」


「クジョウ家とは、雌雄を決する時が来るでしょう。その時は、負けるつもりなど微塵もありません」

 ヨシノブは納得しなかったようだ。


「儂は長い間クジョウ家の近くで見ておりました。あの家には、長年の蓄積があります。尋常な戦力では倒せませんぞ」


 俺はそうだろうなと頷いた。


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