第99話 ヨシノブとサダヨリ

 ヒガキは取り囲んでいる武将たちを見回してから口を開いた。

「長年、ユウキ家とオキタ家はいがみ合ってきました。ですが、これからは味方として、お付き合いをお願い申し上げます」


「味方ですと……ヒガキ殿、気が触れられたか、オキタ家とユウキ家は長年戦い続けた歴史が有るのですぞ」

「それも、これまでの事。ユウキ家は、カイドウ家に臣従する事になりました」


 その瞬間、場が静まり返った。

「……はあっ、何ですと!」

 ヨシノブが大声を上げて驚く。周りの武将たちも困惑している。


「ユウキ家は、カイドウ家の家臣として、生きて行く事になったのでござる」

「冗談ではないのですな?」

「もちろんでございます。領地の半分をカイドウ家に割譲する事になりましたので、間もなくカイドウ家が、キリュウ郡の半分を治める事になります」


 ヨシノブがカイドウ家の領地となる郷を尋ねたので、ホタカ郡と隣接する郷とスザク家の領地に隣接する郷がカイドウ家のものとなったと、ヒガキは答えた。


「それでは、カイドウ家がユウキ家を守っているようなものではないか」

「領地を割譲する代償として、カイドウ家の武力を利用する事になります。ですが、それはカイドウ家の発展のためにもなると、ユウキ家は考えております」


「カイドウ家の利になるとは、どういう事か?」

 ヨシノブが怪訝そうな顔で尋ねた。

「スザク家を滅ぼし、領地を広げる道ができたからです。堺津督様、将来クジョウ家とカイドウ家は争う事になるでしょう。その時は、どちらに付くのでございますか?」


 ヨシノブが青い顔となった。クジョウ家とカイドウ家が戦うなど、考えた事もなかった。いや、考えないようにしていたというのが、本当ではないだろうか?


「両家が争うとは限らぬではないか?」

「いえ、両家は天下を狙う存在となったのでござる。クジョウ家はカラサワ家の領地を狙い、準備している事はオキタ家でも御存知のはず」


 ヨシノブが渋々という感じで頷いた。

「弱体化したカラサワ家は、その侵攻を止められぬでしょう。クジョウ家は東へ東へと進み、それを知ったカイドウ家もアダタラ州に軍を進ませるはずでござる」


 ヒガキが一旦言葉を止めて、ヨシノブの顔を見た。ヨシノブが先を話すように促す。

「そうなれば、クジョウ家とカイドウ家がぶつかるのは、時間の問題。その時、オキタ家はどうするのです? 今からお考えになる事を、お勧めいたします」


 ヨシノブはヒガキを睨み付けた。

「ご忠告には、感謝いたす。だが、ユウキ家は、このまま半分となった領地を大事に抱えて、生きて行くという事ですかな?」


「当家の悲願は、湖か海への道を拓くという事でござる。オキタ家と味方になった以上、タビール湖へ繋がる道は、自由に使わせて頂けるのでしょう」


 ヨシノブに拒否する事はできなかった。ユウキ家がカイドウ家の家臣となった以上、キリュウ郡との境にある関所を廃止して、自由に使わせる事になる。


「トウノ郡のコウサカ家はどうなる? 同盟を結んでいたはず」

「同盟は破棄するしかないでしょう。しかし、コウサカ家もカイドウ家に臣従する、となったら別でござる」


 コウサカ家がカイドウ家に臣従するなど、あり得ないとヒガキは考えていた。コウサカ家の当主カネヒラは、いつもクジョウ家の当主ツネオキの顔色を窺っているような人物で、クジョウ家に逆らうとは思えなかったのだ。


「ならば、コウサカ家がクジョウ家に臣従した場合、どうされるのか?」

 ヨシノブもコウサカ家がカイドウ家の下になるとは思っていないようだ。

「その時は、カイドウ家とクジョウ家、スザク家が三つ巴の戦いを繰り広げるという事態にもなり得るでしょう」


 クジョウ家の領地とトウノ郡・キリュウ郡の境には、クジョウ家のイズナ城がある。この城は巨大な要塞であり、南からの侵攻を防ぐような位置に存在した。


 このイズナ城があるので、クジョウ家は安心して領地を北へ北へと広げた、という歴史があった。そして、そのイズナ城の南を支配する大名は、クジョウ家のご機嫌を取りながら個々の領地を広げようと競い合ってきた。


 そんな安定した状態を崩したのがスザク家である。スザク家は急激に領地を広げた故に、クジョウ家が介入する隙を与えなかった。


「そんな事になれば、ホタカ郡も戦場になる」

「ですから、早めに対策を考えるように勧めているのでございます」

 ヒガキは青くなったヨシノブの顔を見て、スッとした気分になる。ヨシノブは長年敵の大将として考えていた人物だったからだ。


 ヒガキはニイミ城を辞去してから、ユウキ家の居城であるミドウ城へ戻った。ミドウ城では当主サダヨリが待っていた。


「ご苦労であった。して、首尾はどうだった?」

「申し訳ありません。拙者の力が足りず、三つの郷をカイドウ家に割譲する事になりました」


 サダヨリが深い溜息を吐いた。

「覚悟していた事だ。耐えるしかなかろう。それでカイドウ軍は、いつ頃キリュウ郡へ来るのだ?」

「来月になると思われます。それより、月城守様より重大な情報を聞きました」


 サダヨリが思い当たる事などないという顔をする。ヒガキは密書が偽物であり、スザク家の樹火炉衆が仕組んだ事であったと伝えた。


「何だと!」

 それを聞いたサダヨリは、激怒する。手近にあった花瓶を壁に向かって投げ付けた。ガシャリと音がして花瓶が砕け、傍に居た重臣が顔をしかめる。


「殿、落ち着いてくだされ」

「これが落ち着いていられるか! 領地の半分を失い、カイドウ家の下につく決断をしたのは、全て密書から始まったのだぞ」


 怒りに我を忘れているサダヨリに、ヒガキは鋭い視線を向けた。

「これで良かったのです」

「何を言っておる。我らはたばかられたのだぞ」


「密書が見付からず、あのまま時が過ぎていれば、どうなったでござろうか?」

「決まっておろう。コウサカ家と我らが手を携えて……」

「そうです。スザク家と戦ったでしょう。それで勝てたと思いますか?」


「クジョウ家の支援があれば勝てた」

 ホリウチが口を挟んだ。そうかもしれない、とヒガキも頷いた。だが、クジョウ家がユウキ家を支援してくれたか、疑問がある。


 クジョウ家には、南からの攻撃を防ぐ鉄壁の要塞イズナ城がある。あまり南の存在が危険だと思っていないのだ。一方、ホタカ郡との堺にあるマゴメ川の川岸に小城の建設をいくつか始めている。カイドウ家の親戚となったオキタ家を警戒しているのである。


「では、クジョウ家が、どれほどの支援をしてくれたでござろう。兵を千でござろうか、それとも二千か?」

「ヒガキは、クジョウ家が当てにできぬと言うのか?」

「できませぬな。クマニ湊製の火縄銃を、三倍の値段で我らに売る方ですぞ」


 周囲の重臣たちが沈黙した。ホリウチが不満げな顔をする。

「それを言うなら、カイドウ家もオキタ家に、中古の火縄銃を売ったではないか」

「随分と安い値段で売ったようですぞ。その値段なら、ユウキ家も欲しかった」


「もう良い。ヒガキの考えを聞こう」

「殿、我々が考えねばならんのは、コウサカ家との同盟をどうするか、という件と、カイドウ家をどう受け入れるかという事です」


 サダヨリが大きく息を吐き出して座り、

「ヒガキ、そちに任せる」

 丸投げされたヒガキは、コウサカ家に使者を送り同盟をどうするか話し合った。結局、同盟は破棄され、コウサカ家はクジョウ家を頼ったようだ。


 そして、カイドウ軍がキリュウ郡に現れた。カイドウ家は六千の将兵をスザク家の支配地に隣接している土地に配置して、小さな陣地数ヶ所の構築を始めた。


 同時に道普請も始める。オキタ家の承諾を得て、ヒルガ郡からニイミ城、それとキリュウ郡のセンナイ川に沿って伸びている街道の道普請である。


 小さな陣地を繋げて、補給をしやすくするらしい。そのために大勢の百姓たちを雇い、凄い勢いで工事を進めていた。その勢いを、ヒガキは恐ろしいと感じた。


 カイドウ家は、凄い早さで人の暮らしを変えていくのだ。新しく拡張された街道は、まず荷馬車が通るようになり、豊富な物資がキリュウ郡に運ばれてくる。


 綺麗な布や衣服が運ばれ、商人たちが食糧を買い込んで運んでいく。布や衣服だけではなく、酒・鉄製品・紙・ランプ・調味料・陶器などが運ばれ、綿などの栽培が奨励される。


 カイドウ家は新しい文化を運んできて、人々を魅了した。こうなったら、後戻りはできない。カイドウ家と一緒に前に進むしかなくなったのだ、そうヒガキは感じた。


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