第98話 カイドウ家とユウキ家

「コウサカ家との同盟だけでは不安だというのは、理解した。それでユウキ家はどうしたいのかな?」

 俺が尋ねると、ヒガキが少しためらう様子を見せた。


「……ユウキ家は、カイドウ家に臣従いたします。カイドウ家の末席にユウキ家を加えて頂きたいと、主君日限督が申しております」


 俺は驚きの表情を浮かべてから笑みに変え、ヒガキを見た。日限督としては、スザク家の脅威からユウキ家を守って欲しいという事なんだろうが、この事を知ったスザク家の反応が楽しみだ。


「本当に、それでよろしいのか? カイドウ家に臣従するという事は、領地を削られ小さくなるという事でもあるのですぞ」


「それは承知の上でございます。このままでは、スザク家に呑み込まれてしまうでしょう。それだけは避けたいのでございます」

「なるほど、日限督殿のお気持ちは分かった。しかし、一つ気になる事がある」


 ヒガキが見当もつかないという顔をする。

「何でございましょう?」

「オキタ家の事だ。当家とオキタ家は親戚関係にある。カイドウ家の一員となるなら、オキタ家への態度を変えてもらわねばならぬ。それができるのかな?」


 家臣となったユウキ家は、カイドウ家次期当主の母フタバの実家であるオキタ家より、下という立ち位置になる。今までオキタ家と数多くの戦いを繰り広げたユウキ家が、その事を我慢できるのか疑問に思ったのだ。


「その件につきましては、十分に話し合い決着しております」

「それなら良いのだ。それでは、臣従する条件について話そう」


 俺とヒガキは交渉を開始した。キリュウ郡には六つの郷があり、その一つをカイドウ家に割譲するというのが、ユウキ家の案だったが、それでは不十分だと感じた。


 俺としては大きすぎる大名を残したくなかった。反逆された場合、鎮圧に苦労するからだ。交渉の末、キリュウ郡は半分の三つの郷をカイドウ家に割譲し、残り半分を安堵される事になった。


 ホッとしているヒガキに向かって、俺は声を掛けた。

「ところで、ユウキ家がコウサカ家とオキタ家で交わされた密書を発見したというのは、本当かな?」

 それを聞いたヒガキが酷く驚いたような顔をする。


「なぜ、それを?」

「カイドウ家では、かねてよりスザク家を監視していたのだが、スザク家の忍びである樹火炉衆の一人が、ホタカ郡との郡境でわざと捕まり、ユウキ家で大騒ぎとなっているという報告を聞いた」


 ヒガキが顔色を変えた。

「そ、そんな……まさか?」

「ほう、その顔を見ると、その忍びに心当たりがあるようだな。カイドウ家でもユウキ家に何が起きたのか探り出せなんだ。ただ、密書が関連しているという噂は聞いた。その密書というのは、どのようなものだったのかな?」


 それを聞いたヒガキが唇を噛み締めていた。それが事実なら、ユウキ家はスザク家に騙されて大騒ぎした事になる。ヒガキの身体が小刻みに震えているのが分かる。その震えの元はスザク家に対する怒りだろう。


「言っておくが、ここまでの交渉は元に戻せぬぞ。スザク家に騙されたと分かっても、スザク家の脅威を取り除く事は、ユウキ家だけではできないという事実は変わらぬのだ」

 ヒガキが密書の内容を説明した。それを聞いた俺や評議衆は、苦笑いを浮かべた。


「スザク家は、コウサカ家とユウキ家の離間策を打ち、それがとんでもない結果をもたらしたという事でございますな」

 クガヌマが苦笑いを浮かべたまま言った。


「そのようだな。スザク家はユウキ家とコウサカ家が揉めて、同盟が崩れると考えたのだろう。普通はそうなりそうに思えるのだが、ユウキ家は予想の斜め上を行ったようだ。もしかして、カイドウ家への臣従は、ヒガキ殿が考えたのかな」


 ヒガキが青褪めた顔で頭を下げた。俺は褒める事にした。

「素晴らしい。スザク家の企みを打ち砕いたのは、ヒガキ殿の手柄だ」


 俺が褒めたのに、ヒガキは嬉しそうな顔をしなかった。俺としては本気で褒めているのだが、ヒガキの顔は青いままだ。


「ヒガキ殿、カイドウ家は、これからも大きくなるだろう。そうなってから、臣従した場合は半分を割譲するくらいでは済まなかったぞ」


 ヒガキは俺の言葉を耳にして考えるような顔になった。

「一つお願いがあります」

「何かな?」

「この度の件をオキタ家に報告する役目を、拙者にお任せできないでしょうか?」


 どういう事だろう? 理解できなかったが、ヒガキの顔に必死な思いが見えたので許した。そして、理由を尋ねる。


「ホクトに来て驚かされてばかりでございます。そこで今度は、拙者がオキタ家の方々を驚かそうと思うのです」

 それを聞いた俺は大声で笑った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 カイドウ家とユウキ家の交渉が終わり、ヒガキは待楼館の一室に戻った。この待楼館はミモリ城に建設されたものと同じ構造になっている。


「ヒガキ殿、お疲れ様でございます。お茶をお持ちしました」

「ソウリン殿か、ありがとうございます」

「いえ、御屋形様から、ヒガキ殿の世話を仰せ付かっておりますので、何かございましたら、某に言ってください」


「それならば、ホクトの見物をしたいのですが、案内を付けてもらえぬか?」

「よろしゅうございます。某が御案内いたしましょう」


 翌日、ヒガキが交易区を見たいと言うと、ソウリンが手配してくれた。

 交易区に入ると、広く立派な道路を背の高いアムス人が大勢歩いているのが目に入る。


「この全てが、アムス王国から来た商売人なのですかな?」

 ソウリンが首を振った。

「全て商人という訳ではありません。船乗りも居れば、軍人も居ます。中にはアムス王国の役人も居るでしょう」


「なるほど。この交易区では、月にどれほどの取引があるのです?」

 その答えを聞いて、ヒガキの顔が強張った。ユウキ家の年収に匹敵するほどの金額だったからだ。


 ソウリンに案内されて、交易区の茶屋に入った。大陸風の茶屋はガラスを使った窓があり、飲んでいるのも紅茶だ。ソウリンがアムス王国の言葉で、紅茶を二つ頼んだ。


「ソウリン殿は、アムス王国の言葉も分かるのですか?」

「少しだけです。桾国とアムス王国の言葉を習っているのです」

「ほう、それは凄い。さすがに御屋形様の側に仕える方だ」


 紅茶が運ばれてきた。

「某のアムス王国語など大したものではありません。それより、この紅茶ですが、ムサシ郷で作られているものなのですよ。香りがいいでしょう」


 ヒガキは飲む前に香りを嗅いだ。花の香りのような華やかな香りを感じて笑顔になる。一口飲むと、渋みを感じたが嫌な渋みではなく心地よい渋みだ。


「砂糖は入れますか?」

 ソウリンが尋ねた。紅茶は砂糖を入れて飲むものらしい。

「アムス人は、紅茶に砂糖とミルクを入れるようなんですが、ミルクは手に入り難いので、ここでは砂糖だけなんです」


「ミルクというのは?」

「牛の乳です」

「ほう、アムス人は牛の乳を飲むのですか。変わっておりますな」


「我々からすれば、そうですが、世界には牛の乳を飲む人々が、意外に多いらしいです」

 ヒガキは感心したように頷いた。


 ホクトの各地を見物したヒガキは感銘を受けた。カイドウ家は時代の先端を走っていると感じたのだ。女性の服装も新しいものが流行っている。


 若い女性は短めの着物に袴を着ている。着物に比べて動きやすいので流行っているらしい。それに色鮮やかな着物と袴の姿は生き生きとしていた。


 ヒガキはホクトを離れ、帰途に就いた。カイドウ家の支配地では、馬車の交通機関が発達しているので、旅行が楽だ。連れの者たちもカイドウ家の馬車だけは褒めていた。


「ホクトは、凄い活気がありましたな」

 連れてきた配下の一人が声を上げた。

「そうだな。今のユウキ家では太刀打ちできぬほどの勢いがある」


 ミザフ郡を経由して、ホタカ郡に入ると見慣れた風景が増える。そして、馬車ではなく徒歩の旅となった。

「ホタカ郡も遅れているのですな」


「ああ、我がキリュウ郡と同じだ。だが、ホタカ郡は関所を廃止し、アマト州に追い付こうとしている。その分だけキリュウ郡よりマシだな」


 ヒガキたちは溜息を吐いた。ヒガキたちはオキタ家のニイミ城に到着した。

 そのヒガキたちを迎えたオキタ家の者たちは驚いた様子を見せる。ヒガキがオキタ家の当主ヨシノブに会いたいと伝えると慌ただしくなった。


 案内されたヒガキが、ヨシノブの前に進み出る。周りはオキタ家の武将が取り囲んでいた。

「ヒガキ殿か。ニイミ城でそなたに会うとは思わなかったぞ」

「真に。ですが、これからは何度もお会いする事になるやもしれません」


 ヨシノブが首を傾げた。

「意味が分からぬが、どういう事かな?」


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