第78話 桾国とイングー人

 キキョウが孫と会っている頃、俺は展望台に七輪を出して、ソウリンとサコンと一緒に餅を焼いていた。

「殿、この餅はもう焼けております」


 その餅を箸で摘まんで皿に載せる。皿には砂糖醤油が入れてあり、たっぷりと餅に付けて口に入れた。

「旨い、やっぱり砂糖を入れるのがいい」


 サコンとソウリンも餅を口に入れた。

「甘い」「美味しいです」

「そうだろ。砂糖大根とも呼ばれる甜菜てんさいから作った砂糖だ」


 俺はミケニ島の一部で甜菜が栽培されているのを知って、一部の農地で作らせ砂糖に加工したのだ。

「その甜菜は、家畜の餌になっていたと聞きましたが、どうして砂糖を作らなかったのでしょう?」

「砂糖が出来るとは、知らなかったらしい。忘れられた知識だったのだ」


「忘れられた知識というのは、たくさん有るのですか?」

 サコンの質問に、俺は頷いた。

「ああ、サコンが思っている以上に、たくさん有る。古代人は凄い文明を築いていた。空を飛んで遠くの国へ行くような事もできたらしい」


「人間が空を飛ぶのですか?」

 サコンとソウリンが目を丸くして驚いている。

「月に行った事もあるらしいぞ」


 サコンとソウリンが疑わしいものを見るような目を、こちらに向けてきた。

「嘘だと思うのか?」

「さすがに、月は無理なのでは……」


「いや、それだけの文明があったのだ」

「それだけの文明があったのに、なぜ古代人の社会は滅びたのです?」

 それは俺にも分からない。神明珠にも記録がなかったからだ。たぶん何かあって、短期間に滅びたと思われる。


「忘れられた知識が、たくさん有ると、殿は言われました。その中で、殿がカイドウ家に必要だと思われるのは、何でございますか?」


 ソウリンの質問に、俺は笑みを浮かべた。少しずつソウリンたちが成長していると感じたからだ。以前のソウリンなら、凄いなで終わっていたのに、こういう質問が出てくるのは成長のあかしだと思えた。


「そうだな。一番必要なのは、簡単に肥料を作る方法と新しい火薬を作る方法かな」

「肥料というのは分かるのですが、新しい火薬というのはどうしてです。黒色火薬ではダメなのでございますか?」


「新しく作ろうと思っている鉄砲は、煙がほとんど出ない火薬が必要なのだ」

 サコンとソウリンが首を傾げている。煙と銃の関係が分からないようだ。


「煙が少ないという事は、鉄砲内部に灰や滓として残るものが少ないという事だ。そのような火薬だと、掃除をする回数が減らせる」


 それだけではないのだが、小姓の二人には十分だろう。

 そこにトウゴウが近付いてきた。

「殿、ホシカゲ殿が探しておりましたぞ」


「何かあったのか?」

「桾国で、何かあったようです」

 俺は評議部屋に向かった。そこには評議衆とホシカゲが待っていた。俺の姿を見たホシカゲが、報告を始める。


「桾国の射杯省にある炭鉱を巡って、射杯省行政府とイングー人が戦を行いました」

「誰からの情報だ?」

「ホンナイ湾に停泊しているアムス王国商船の船長からでございます」


 影舞の一人が商人に化けて船長に接近し、知遇を得たようだ。とは言え、本気でミケニ島の商人と友人関係を結ぼうと考えているのではなく、カイドウ家が造っているワインが欲しかったらしい。


「射杯省というところの地方政府を相手に、イングー人が圧勝したようでございます」

 桾国人も火縄銃を所有しているが、それは中央政府だけのようだ。地方政府の兵は剣と槍で戦い、鉛玉を受けて死んだらしい。


「原因の炭鉱はどうなった?」

「イングー人のものになりました。桾国皇帝はイングド国海軍に抗議したようですが、イングー人は炭鉱所有者に書かせた譲渡書を盾に所有権を主張したのです」


 現皇帝は耀紀帝ようきていというようだ。よわい六十を超える老帝であり、政務のほとんどを重臣たちに任せ愛妾を可愛がる毎日を過ごしていた。


 それを聞いた俺は、顔をしかめた。

「もはや老害だな。働く気がないなら、息子にでも帝位を譲ればいいのに」

「あれほど大きな国でございますから、帝位を譲ると決めたとしても、大変なのでは?」

 イサカ城代が昔を思い出したように言う。


「俺がカイドウ郷を継いだ時の事を思い出したか? こんな小さなカイドウ郷でもいろいろ有ったのだから、巨大な帝国である桾国なら、想像以上に困難な問題があるのだろう」


 俺はカイドウ家を大きくするために、桾国が障害になる事があるだろうか、と考えた。桾国についての情報が少なすぎて分からない。


「ホシカゲ、影舞を桾国に送り、桾国の内情を調べる事はできるか?」

 その問いを聞いたホシカゲは厳しい顔となる。


「カイドウ家が建造している外洋帆船が完成し、桾国と自由に往復できるようになれば、可能だと思われます」


「そうか。ならば、準備しておいてくれ」

 外洋帆船というのは、サド島から曳航してきたキャラベル型帆船を真似て建造しているものだ。船員はタビール湖で帆船を運用している者の中から選抜し、海で訓練している。


「ムサシ郷の造船所で建造している帆船は、来月に進水式が行われます」

 フナバシがホシカゲに伝えた。

「ならば、桾国語を喋れるように、教育を急がせます」


 桾国人は顔や体形がミケニ島の住人と似ている。言葉さえ喋れるようになれば、桾国人に紛れて諜報活動をする事も可能だった。


 桾国の貿易湊はシャオポーだ。その湊からムサシ郷までの距離を、帆船で航海すると平均で十日ほど掛かる。桾国までなら、それほど日数を掛けずに往復できるのだ。


「殿、アシタカ府を呑み込むと言われておりましたが、いつ頃攻めるのでございますか?」

「野戦砲や火縄銃の数を揃えるのに、時間が掛かりそうだ。それにアシタカ府の状況を見極めたいので、しばらくは静観する」


 トウゴウが不満げな顔をする。

「攻めるのなら、一揆が頻発している、今が絶好の機会だと思うのですが」


「アシタカ府の最南端にあるミカグラ郡の郡監テライ・ショウゲンが、謀反むほんを企てているという情報をホシカゲから聞いた」


「謀反でございますか?」

「そうだ。カイドウ家が動かずとも、アシタカ府が弱体化する状況になった。少し待ってみようと思う」


「なるほど。今攻めれば、テライが謀反をやめて、アシタカ府が一つになるかもしれぬ、と考えた訳でございますね」


「待つ事で機が熟す戦もある」

 トウゴウも納得したようだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 内政に力を注いで一年と数ヶ月が経過。新年を迎えて、俺は十九歳となった。

 フラネイ府は大いに発展し、ムサシ郷で町の建設が始まった。同時に、新しい城の建設が開始され、その城下町はホクトと命名された。これは北の都という意味である。


 ムサシ郷の埋め立て事業は五万人ほどの住民が住めるほどの面積に達して、カイドウ家がホクトを新しい本拠地とする事が知れ渡るようになった。


 ホクトには湊も建設され、その湊にアムス王国の帆船が停泊するようになった。カイドウ家はアムス人の商人と取引するために、商館を建設した。


 商館というのは、外国人のための宿泊施設と倉庫などを含めた商業施設である。その湊と商館を囲むように、五百メートル四方の土地が塀で囲まれた。


 内部は交易区と呼ばれ、外国人が自由に歩き回れる地域となった。そして、外国人が交易区から外に出る場合は、カイドウ家の許可が必要だと決める。


 カイドウ家が外国船の停泊地を交易区に限定した事で、ナベシマ郷などの湊に停泊できなくなった。ナベシマ家の当主ヨリムネは抗議したが、俺は撥ね退けた。


 確かに外国船が停泊すれば利益となるのだが、問題も発生する。外国人と住民の間でいざこざが起き、喧嘩も発生していたのだ。


 それにナベシマ郷の商人にも、交易区に入り商売ができるように許可証を発行したので、ヨリムネは抗議を引っ込めた。


 アムス人の商人と取引しようと、各地の商人が埋立地に店を建設した。交易区で商売をする条件の一つに埋立地に店を構える事としたからだ。


 少しずつ人が集まるようになり、ホクトは賑やかになった。

 久しぶりにホクトを視察した俺は、整備され始めた町の様子を見て、満足そうに頷いた。


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